『パリ13区』 リアルなキャラクターが織りなす恋愛模様

外国映画

監督は『預言者』などのジャック・オーディアール

脚本はジャック・オーディアールのほかに、『燃ゆる女の肖像』セリーヌ・シアマと新進監督レア・ミシウスも参加している。

原作はエイドリアン・トミネのグラフィック・ノベル。

物語

コールセンターでオペレーターとして働く台湾系フランス人のエミリーのもとに、ルームシェアを希望するアフリカ系フランス人の高校教師カミーユが訪れる。二人は即セックスする仲になるものの、ルームメイト以上の関係になることはない。同じ頃、法律を学ぶためソルボンヌ大学に復学したノラは、年下のクラスメートに溶け込めずにいた。金髪ウィッグをかぶり、学生の企画するパーティーに参加した夜をきっかけに、元ポルノスターでカムガール(ウェブカメラを使ったセックスワーカー)の“アンバー・スウィート”本人と勘違いされ、学内中の冷やかしの対象となってしまう。大学を追われたノラは、教師を辞めて一時的に不動産会社に勤めるカミーユの同僚となり、魅惑的な3人の女性と1人の男性の物語がつながっていく。

(公式サイトより抜粋)

純粋な恋愛映画?

パリと言えば、エッフェル塔やシャンゼリゼ通りみたいな絵葉書に出てきそうな場所しか知らない者としては、素っ気ない数字を付して「パリ13区」などと言われても何のイメージも湧かないのだが、パリの人にとってはそんなこともないのだろうか。というのは「パリ〇区」とタイトルに掲げた映画は結構あるからだ。

『パリ3区の遺産相続人』『パリ17区』『パリ、18区、夜。』『パリ20区、僕たちのクラス』など(残念ながらどれも観てないのだが)。東京の人間が「新宿」や「渋谷」と聞いて思い浮かべるそれぞれのイメージのようなものが、「パリ〇区」という言葉にもあるということなのかもしれない。

公式サイトによれば、「舞台となる13区は、高層住宅が連なる再開発地区で、アジア系移民も多く暮らす。古都のイメージとはまったく違う独創的で活気に満ちた、まさに現代のパリを象徴するエリア」とのこと。確かにいつも見かけるパリとは違うパリの姿がある。本作はモノクロで撮られていて、それも違ったパリを見せることになっている。

ジャック・オーディアールの作品を丹念に追っているわけではないけれど、前作『ゴールデン・リバー』は西部劇という男臭い映画だったし、『君と歩く世界』は「恋愛もの」だったけれどほかに障害という要素があったわけで、本作が純粋な恋愛映画であったことは意外なものに感じられた。

(C)ShannaBesson (C)PAGE 114 – France 2 Cinema

スポンサーリンク

セックスは始まり?

カンヌのパルム・ドールを受賞した『ディーパンの闘い』は、フランスにやってきたスリランカ移民の話だったが、本作で描かれる「パリ13区」も多様な人種が入り交じる場所らしい。本作の主人公のひとりエミリー(ルーシー・チャン)は台湾系、カミーユ(マキタ・サンバ)はアフリカ系、ノラ(ノエミ・メルラン)はいかにもフランス人という感じの白人だ。

『パリ13区』は「恋愛もの」だと先ほどは書いたわけだが、エミリーとカミーユは出会ってすぐにセックスしてしまう。これは恋愛なのかどうか疑うような展開だが、ふたりの関係は様々に変化しながらも腐れ縁のように続くことになる。

もうひとりの主人公ノラは、エミリーと別れて不動産屋で働き始めたカミーユと出会うことになるが、ノラはカミーユの性的な視線を一度は拒絶する。モテモテのカミーユも出会ったその日にブロックされたものだから、ふたりは仕事だけの関係がしばらく続く。それでも職場ではいつもふたりだけだから、次第にふたりは打ち解けて、ノラとカミーユもセックスする間柄になっていく。

ノラとカミーユは恋人同士と言っていい関係となるわけだが、ノラはそれと同時に自分が大学を追われるきっかけとなったカムガール(ウェブカメラを使ったセックスワーカー)のアンバー・スウィート(ジェニー・ベス)にも興味を抱いている。

また、カミーユのほうはカミーユで、エミリーと再会し、エミリーにノラのノロケ話を聞かせたりもしている。そして、カミーユと別れてフリーだったエミリーは、マッチング・アプリで手軽なセックスを楽しんだりもしている。

(C)ShannaBesson (C)PAGE 114 – France 2 Cinema

片割れ探しというゴール

本作ではセックスは単なる楽しみであり、相手をよく知るための行為のひとつでしかないのかもしれない。最終的なゴールではなく、ありふれた行為として描かれているのだ。だから本作では裸もセックスも度々登場することになるわけだけれど、そこに生々しさはない。それは本作ではモノクロが選択されているからなのだろう。

実はワンシーンだけカラーの場面があり、それはアンバー・スウィートが最初に登場する場面だ。このシーンは煽情的なキスをするアンバーが描かれるのだが、それはやはり生々しいものがあるわけで、一方でモノクロで描かれたそれは乾いたクールなものに感じられるのだ。

(C)ShannaBesson (C)PAGE 114 – France 2 Cinema

では、セックスがゴールでなければ、どこにゴールがあるのかと言えば、片割れを見つけ出すことにあるのだろう(これは「真実の愛」とも言える)。プラトン『饗宴』という本の中で展開した「人間球体説」というやつだ。

プラトンによれば原初の人間には3種類の形があったのだという。「男と男」、「女と女」、「男と女」という3つの組み合わせだ。それぞれは自らのパートナーと背中合わせにくっつき合い、完全な身体を持っていた。ところがゼウスの怒りを買い、人間は背中から切り離されてしまう。だからそれ以降の不完全な人間は、自分の片割れを探して旅をすることになる。

本作の主人公たちの紆余曲折というものも、最終的に自分の片割れを見つけ出すためにあったということなのだろう。Netflixで配信されている『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』でもこのプラトンの挿話が引用されており、町山智浩によればこのタイトル「The Half of It」は自分の片割れのことを指しているとのこと(『町山智浩のシネマトーク 恋する映画』より)。

ノラはカミーユとセックスしつつも、何かしらピッタリと来ないものを感じていた。これは彼女の片割れが異性ではなく同性のアンバーだったからだろう。そして、カミーユは自分の片割れがエミリーだったとようやく気づくことになるのだ。自分の片割れに出会うことができたからこそ、本作のラストにはある種のカタルシスがあったというわけだ。

(C)ShannaBesson (C)PAGE 114 – France 2 Cinema

リアルなキャラクター造形

本作の原作はエイドリアン・トミネという人の短編漫画であり、それにかなりの改変を加えているらしい。その脚本に参加しているのが、『燃ゆる女の肖像』セリーヌ・シアマと新人のレア・ミシウス。レア・ミシウスは『アヴァ』という長編デビュー作品で、カンヌ国際映画祭のカメラ・ドールを含む4部門にノミネートされたらしい。

そんな才能あるふたりの女性の力もあるからか、本作はまもなく70歳になるというジャック・オーディアールが撮ったとは思えないような若々しい感覚に満ちた作品となっていたんじゃないだろうか。エミリーが雨の中を疾走したり、突然職場の中華料理屋で踊り出したりするというイメージシーンみたいな部分にそれは表れていたように思う。

また、登場人物はダメな部分も含めて描かれていて、そのあたりがリアルだった。特にエミリーの造形は魅力的(新人らしからぬ新人のルーシー・チャンがとてもいい)。エミリーは医者の姉からはパーソナリティ障害を疑われ、夜中に姉を電話で叩き起こしてみたり、コールセンターでは客に失礼な言葉を吐きクビになったりするトラブルメーカーだ。しかしその一方で、職場で率先してマッチングアプリを活用し、みんなの中心となるようなムードメーカーでもあるのだ。そして、カミーユみたいに、そんな女性に振り回されたいと無意識的に感じている人も少なくないわけで、そんな人にとってはエミリーはとても魅力的なのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました