『透明人間』 遍在する恐怖

外国映画

監督は『アップグレード』などのリー・ワネル

原題は「the Invisible Man」

物語

セシリア(エリザベス・モス)は夜中にこっそり起き出して、恋人のエイドリアン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)が眠っている様子を確認すると豪邸から抜け出す。エイドリアンのセシリアに対する執着は異常なもので、その支配から逃れるために必要なことだったのだ。

妹の助けによりエイドリアンの追跡を間一髪でかわしたセシリアは、安全な場所に身を隠すようにして暮らしていた。しかし、ある日、エイドリアンが死亡したという連絡が入る。しかも彼はセシリアに多額の財産を遺していたことが明らかになるのだが……。

透明人間というモンスター

そもそもH・G・ウェルズが書いた『透明人間』では、主人公は透明人間のほうだった。主人公は透明になる方法は発見したものの、戻る方法がまだ見つかっていない。そうなると意外と厄介なことがわかったりもする。食べたものはすぐには透明にならず、胃の中のものだけが浮かび上がって見えてしまったりするのだ。

『透明人間』はもしも人間が透明になったらどうなるのかを描いたSF小説ということになるわけだが、透明になれば誰にも見られることがないわけで、恥も外聞もないことになる。姿が見えない人間は、その悪事を見咎められる心配がないために次第に増長していくことに。

このモンスターを主人公とした映画もこれまでに何度も製作されているが、1933年に撮られた古典的な『透明人間』(ジェイムズ・ホエール監督)でも、2000年のポール・ヴァーホーヴェンの『インビジブル』でも、透明人間となった主人公は透明になることで自分を見失い狂気に陥っていくように見える。欲望に駆られた人間の愚かさを描いているとも言えるだろうし、透明人間というモンスターが暴れまくるのが見どころだったと言えるかもしれない。

それから透明なものを映像化することはできないわけで、過去の作品もそれぞれに工夫を凝らしている。『透明人間』(1933年)の場合は、顔を包帯で巻いた透明人間がそれをほどいていくと中身が空洞になっているという、今では透明人間と言えば思い浮かぶであろう定番の演出がなされていた。また『インビジブル』では、主人公が次第に透明になっていく過程を、まるで「人体の不思議展」のような筋肉や骨が見える描写にすることでグロテスク感を出していた。

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今、透明人間を製作するならば同じことを繰り返してもあまり意味はないわけで、本作では見えない人間に怯える女性を主人公としている。透明人間を脇に追いやることで、新たな形の心理的スリラーとして生まれ変わることになったのだ。

(C)2020 Universal Pictures

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すべては妄想?

セシリアは初めから常に陰鬱な表情だ。丘の上に立つ豪邸から逃げ出して以来、見えない何かを恐れていて、身を寄せている家から一歩も出ることができないのだ。その様子は精神を病んでいるようにすら見える。だからセシリアの周囲の者たちと同様に観客すらも、もしかするとすべては彼女の妄想であって、狂気が見えない男を生み出しているんじゃないかという気にもなってくる。

冒頭にちょっとだけ登場するエイドリアンの存在が希薄なことも影響しているかもしれない。それによって本当にエイドリアンが実在するのかさえ疑問になってくる。世間では死んだことになっているエイドリアンは、実際には彼の光学博士としての研究の成果である光学迷彩スーツにより透明人間となってセシリアの近くに潜んでいる。しかし賢い男であるエイドリアンは一気に距離を縮めることはせず、じわじわとセシリアを追い込んでいくのだ。

セシリアの周囲には奇妙なことが頻発する。まるで誰かが彼女の生活のすべてを見ていて、こっそりといたずらをしているみたいに。そうなると見えない存在であるエイドリアンは、すべての空間に遍在するようにすら感じられてくる。だから何もない空間を映すだけで、そこに何かが潜んでいるんじゃないかという怖さを感じることになるのだ。このあたりの静かにじわじわと攻めてくるスリルが本作のうまさを感じさせるところだろう。

(C)2020 Universal Pictures

秀逸な演出

監督のリー・ワネルは観客を翻弄するのがうまい人だ。脚本を担当した『ソウ』のラストのアレに関しては、観客の誰もが驚かされたはずだ。

前作の『アップグレード』は、妻を殺された主人公が人工知能(AI)の助けを借りて復讐に立ち上がるという物語だった。AIによって自動的に動かされる身体が、悪党たちを次々となぎ倒していくという痛快なアクションとして進んでいくわけだが、ラストでは意外な展開が待っている。

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本作も透明人間を題材としていながら、その存在をまさに透明にしてしまうことで、どこにでもそれが存在するかのような恐ろしさを演出しているところが秀逸だった。

さらにセシリアの背後にこっそり忍び寄るように白い息が浮かび上がる驚愕シーンで、観客に透明人間の存在を示してからは、エイドリアンとセシリアの頭脳戦の様相を呈してくる(セシリアは犯罪者とされ、すべての権利を奪われてしまう)。前半部とは別のジャンルの作品になったかのような展開だった。

ラストで透明人間がプレデターのような暴れっぷりを見せるあたりはエンターテインメントとしては悪くないが、ツッコミどころも多いかもしれない。それでも前半部の見事な心理戦は観るべきものがあったし、やりつくされたようにも感じられた透明人間という題材を、これまでとは一味違う作品に生まれ変わらせたのは功績なんじゃないだろうか。

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