『ファースト・カウ』 ドーナツで一攫千金?

外国映画

監督・脚本は『リバー・オブ・グラス』などのケリー・ライカート

原作はケリー・ライカート作品でいつも脚本を担当しているジョナサン・レイモンドが発表した小説「The Half-Life」で、ジョナサン・レイモンドは本作の脚本も担当している。

ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品。

物語

物語の舞台は1820年代、西部開拓時代のオレゴン。
アメリカン・ドリームを求めて未開の地にやってきた料理人のクッキーと、中国人移民のキング・ルー。
共に成功を夢見る2人は自然と意気投合し、やがてある大胆な計画を思いつく。
それは、この地に初めてやってきた“富の象徴”である、たった一頭の牛からミルクを盗み、ドーナツで一攫千金を狙うという、甘い甘いビジネスだった――!

(公式サイトより抜粋)

一風変わった西部劇

アメリカのインディペンデント映画作家としてとても評価が高いとされる、ケリー・ライカートの日本における初の劇場公開作。とはいえ、すでに特集上映なんかはされていて、U-NEXTで配信もしているから一応一通りの作品は観ている。しかしながら、家でのんびりとレア作品を観ているという感覚だったこともあり、それほど詳しく覚えているわけではない。

ちなみにケリー・ライカートはすでに西部劇を撮っていて、それが『ミークス・カットオフ』という作品だ。これは一風変わった西部劇であり、女性が主人公となっている。何かが起こりそうな雰囲気に満ちているのだが、結局何も起きない。ケリー・ライカートは、そんな感じの作品が多いのかもしれない。

『ファースト・カウ』も西部劇だが、『ミークス』と同じように、西部劇らしい西部劇とは異なると言えるかもしれない。というのは無法地帯である西部劇には荒くれ者は付き物だけれど、本作の主人公のひとりクッキー(ジョン・マガロ)はとても優しい心の持ち主だからだ。

©︎ 2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

銃ではなくフライパンを

料理人であるクッキーは、荒くれ者たちのグループに雇われている。どうにもタイプが異なるからか、クッキーは彼らに気に入られてないらしく、散々罵倒を浴びせられたりしている。荒くれ者たちはビーバーの皮を狙っているらしい。この時代はゴールドラッシュ前で、一攫千金を狙う者たちのターゲットはビーバーだったのだ。クッキーの役割はそんな荒くれ者たちを食わせることで、そのために彼らと一緒に旅をしているのだ。

クッキーの仕事は料理をすることよりも、食材を探すことのほうが大変そうだ。長い旅では持ち歩ける食材は限られているわけで、現地で何かを調達するほかない。そうなると山に入ってキノコを採るとか、森の中で動物を狩ったり、川で魚を獲るほかないということになるのだ。

クッキーは山の中でひっくり返っているヤモリを見つけると、それを優しく元に戻してやったりする。そんなクッキーだからこそ、夜中に森の中で遭遇したキング・ルー(オリオン・リー)を助けたのだろう。真っ裸で暗闇の中に潜んでいる男は、どう見ても尋常ではない。それでもクッキーは警戒心よりも優しさのほうを優先し、ルーを助けてやることになるのだ。

クッキーは暴力ではなく優しさを尊び、銃ではなくフライパンを持っている。こんな登場人物が出てくる西部劇はあまり観たことがなかった気がする。『ゴールデン・リバー』という作品も、口臭を気にして歯磨きをする男が登場したりしていたけれど、最近は西部劇も様変わりしつつあるのかもしれない。

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ドーナツで一攫千金?

二人には夢がある。ルーの夢は商売して金を稼ぐことだ。クッキーは料理人だけにベーカリーとかで働くことを夢見ている。そんな時、二人はその町で初めての牛がやってきたことを知る。仲買人(トビー・ジョーンズ)の男がサンフランシスコからわざわざ船に乗せて連れてきたらしい。

おもしろいのは一攫千金を狙うとするならば、牛泥棒でもするのかと思っていると、こっそりと乳絞りをするのだ。クッキーはその牛に対して優しく話かける。その牛は旦那を失い、子どもまで失ってその土地にたどり着いたのだ。クッキーはそんな牛の境遇に同情し、優しく声をかけ、こっそりと乳を絞り、それで二人はドーナツを作ることになる。

町にはウイスキーはあるけれど、甘いお菓子などなかったらしい。珍しいものにみんなが群がることになり、二人のドーナツは評判を呼ぶことになる。イギリスからやってきたらしい仲買人も、その味が「ロンドンを思い出す」などとご満悦だ。仲買人はそのドーナツが自分の飼っている牛の乳から作られたものであることに気づくことはないのだが……。

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友情か? あるいは……

本作の始まりでは「鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情」というウィリアム・ブレイクの詩が引用されている。そんな意味では本作はクッキーとルーの友情の物語とも言える。ただ、それだけだとするとちょっと物足りない気もする。

というのは、『オールド・ジョイ』『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(特に本作にも顔を出しているリリー・グラッドストーンが出ているエピソード)などでは、同性同士の友情あるいはその終わりが描かれることになるけれど、過去作品のほうがもっと繊細なものを感じさせなくもないからだ。

一方でクッキーとルーの間にあるものは単純と言えば単純で真っ直ぐであり、複雑な綾は感じさせないのだ。とはいえ、本作には友情だけでは終わらない部分もある。

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まず、冒頭に驚かされるだろう。予告編からして西部劇だと思っていたら、いきなり巨大なタンカー船が出てくる。次に登場する女性の格好もダウン・ジャケットで、どう見ても現代風だ。『ファースト・カウ』は現代の場面からスタートするのだ。そして、その女性の飼い犬が見つけたものは、仲良く二人並んだような骸骨だった。

そこから場面は変わり、クッキーが登場してくるわけで、本作の結末は冒頭から大方予想がつくことになる。クッキーとルーは二人仲良く並ぶようにして息絶え、それから約200年もの間、誰にも知られずに眠っていたということだ。

『ファースト・カウ』はそんなふうに現代とのつながりを意識させることになる。クッキーが作ったドーナツは古臭いものだ。何かに似ていると思っていたのだが、サーターアンダギーに似ている。昔ながらのやり方で作られているということだろう。今のドーナツの姿は様変わりしている。CMなんかで見かけるドーナツは、カラフルなチョコなんかでデコレーションされたものばかりで、クッキーが作ったものとはまるで別物だ。

そして、様変わりしているのは人間も同じだろう。冒頭では女性が登場するだけで、描かれているのは「いつの時代」なのかを示すことになる。さらには商売のやり方も変わっている。冒頭に出てきたタンカー船と、牛が連れられてきた小さな船ではその規模は大違いだからだ。もしかしたら自然だって変わっていると言えるかもしれない。ラストで二人が横たわるのは鬱蒼とした森の中だったが、冒頭の場面で女性が散歩している場所は、樹々はかなり伐採されて拓けた場所になっていたのだ。

本作は、現代と約200年前の西部開拓時代の差異を見せることになるわけだけれど、ひとつだけ変わらないものが登場する。それは犬だ。現代の場面で骸骨を見つけたのは女性の飼い犬だが、200年前のクッキーのそばにも同じように犬が登場する。

現代の場面に登場した犬と、西部開拓時代の犬はまったくの別の犬だけれど、それを交換したとしても何の問題もない。人間や船を入れ替えたならばまったく成り立たないことになるけれど、犬は入れ替え可能だ。これは犬が200年前と何も変わっていないからだろう。

そんな意味では牛だって同じなのかもしれない。動物が何も変わっていないのだとしたら、人間だって裸にすれば同じと言えるかもしれない。とはいえ、人間が作る社会の姿はまったく様変わりしてしまっているわけで、やはり今は昔ほど単純ではないのかもしれない。

本作はそのアートワークが印象的でもあった。普段、映画館のチラシなどはそんなに集めないのだけれど、『ファースト・カウ』の牛型のチラシはつい珍しくて手に取ってしまった。牛がこちらを見つめている感じがとても秀逸だったのだ。

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