『恋のいばら』 おとぎ話の新解釈

日本映画

監督は『アルプススタンドのはしの方』『愛なのに』などの城定秀夫

脚本には城定秀夫に加え、『愛がなんだ』『影裏』などの澤井香織も名前を連ねている。

本作は2004年の香港映画『ビヨンド・アワ・ケン カレと彼女と元カノと』(パン・ホーチョン監督)のリメイクとのこと。

物語

桃(松本穂香)は、図書館に勤務する 24 歳。最近、カメラマンの健太朗(渡邊圭祐)にフラれ、関係が終わったところ。会えなくなってからも健太朗のことが気になって、健太朗のインスタを見ていると、どうやら新しい恋人ができたらしい。そこから、今カノのインスタを発見。どんどん検索していくと、今カノは地味な自分とは対照的なイマドキの洗練されたダンサー・莉子(玉城ティナ)だと知る。桃は、インスタを頼りに莉子を調べ、直接会いに行ってしまう。そして莉子と対峙した桃は、ある”秘密の共犯”を持ちかける。

(公式サイトより抜粋)

今年の1本目の城定作品

昨年、城定秀夫の監督作品は4作品も公開されている。どれも手堅く作られているし、おもしろかったと思う。一番よかったのは今泉力哉とのコラボレーション企画の『愛なのに』かもしれないが、『ビリバーズ』も鮮烈な印象を残した。監督作品以外で脚本のみの参加だった『よだかの片想い』も、映画用の脚色がうまかったと思う。『女子高生に殺されたい』は時間がなかったりしてレビューはスルーしてしまったのだが、一番のエンターテインメント作品だった。まさに大活躍中で、今一番忙しい監督と言える城定秀夫の最新作が新年早々から公開されている。

『恋のいばら』は、最初から意味ありげに写真集の謎を提示し、それによって観客の興味を惹きつけていく。桃(松本穂香)は突然バスの中で莉子(玉城ティナ)に話しかける。そんなふうに突然近づいてくるようなあやしげな人のことを誰も信用しないと思うのだが、後日、なぜか莉子は桃と喫茶店で会うことになる。そこで桃が語り出すのがリベンジポルノの話だ。

桃は莉子の彼氏である健太朗(渡邊圭祐)とかつて付き合っていたのだが、あっさりとフラれたらしい。そのこと自体は気にしていないと桃は語る。しかし、以前撮られた秘密の写真があることが気になるという。「あれが流出したらどうなるか」と不安で眠れなくなってしまったという。莉子は「健太朗はそんなことしない」と否定するのだが、それでもなぜか桃に協力してくれることになる。

(C)2023「恋のいばら」製作委員会

偽りの理由

二人は探偵の真似事をして健太朗のことを調べ始める。そして、健太朗が部屋に居ない時にこっそりと忍び込み、懸案となっている写真をPCから削除するという計画を立てる。元カノだった桃は合い鍵を持っているから、簡単に片が付きそうな仕事とも思えるのだが、何度もトラブルに見舞われる。

健太朗は桃のストーキングを心配したのか鍵は新しいものに変っているし、こっそりと合い鍵を作る作戦を実行したものの、家の中で寝ているはずのおばあちゃんに内側からチェーンをかけられてしまう。そんなわけで桃と莉子はリベンジポルノ対策のために何度も無駄足を踏むことになる。

それでも計画の立案者である桃はのん気なもので、リベンジポルノを恐れているという割にはあまり真剣味が感じられない。これには訳があって、桃にとってリベンジポルノ対策というのは偽りの理由でしかなかったからだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2023「恋のいばら」製作委員会

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結論を先延ばしに……

先ほども記したように、本作は最初にうまく謎を提示しておいて観客を引っ張っていく。莉子はなぜか健太朗の部屋から写真集を盗み出し、それをゴミとして捨てることになる。これは一体どんな意味があるのかわからないまま映画は進んでいくのだが、この場面は繰り返し登場することになる。少しずつ情報を小出しにして、結論を先延ばしにするのは、桃がやっていることと同じなのかもしれない。

桃にとってリベンジポルノ対策は、莉子と一緒にいるためのエサであって、そのことがあっさりと解決してしまうとマズいのだ。一方で莉子の側にもリベンジポルノ対策に付き合う理由があることがわかってくる。ようやく忍び込んだ健太朗の部屋では、桃がリベンジポルノ対策という嘘をつく理由と、莉子の側の思惑が複雑に絡み合って展開する。

突然帰宅した健太朗に対し、莉子はサプライズと称してベッドに誘うことになり、桃はそれをクローゼットの中で目撃してしまうことになる。実は、かつて莉子は桃とニアミスしていたことがあり、桃の前で健太朗と抱き合う姿を見せたのは、その“意趣返し”だったのかもしれない。

ところがそれは意外な方向へと進む。桃が莉子と健太朗が抱き合う姿を見て涙を流したのは、健太朗に対して執着していたからではなく、実は莉子のほうにこそ執着していたからであり、そのことを示すために桃は莉子にキスをすることになるのだ。

(C)2023「恋のいばら」製作委員会

『眠り姫』の新解釈

そもそも本作では最初のほうで、桃が『眠り姫』(別名として「眠れる森の美女」とか「茨姫」とも言われるらしい)の絵本を読んでいるシーンがある。おもしろいのは桃の『眠り姫』に対する目のつけどころだ。桃が気にしているのは『眠り姫』の冒頭のエピソードだ。

劇中の『眠り姫』には13人の魔女が登場するのだが、王様のお城には食器が12セットしかなかったため、王様は12人の魔女しかパーティーに招待しなかった。それが13人目の魔女の怒りを買い、王様の娘である姫は成長した後に呪いによって長い眠りにつくことになってしまう。

その問題のパーティーでは、魔女たちは生まれたばかりの姫に対し様々な贈り物を捧げる。世界で一番の美しさとか、天使のような歌声とか、そういう誰もが欲しがるであろう天分だ。のちに“眠り姫”となる姫はすべてを持って生まれてきたということになるのだが、桃はそれに対して疑問を感じる。桃は「自分がなりたいと思うものになりたい」と考えるのだ。

世間で素晴らしいと思われているものではなく、自分がなりたいものになるほうがいいんじゃないか。こんな桃の考え方は今風だろう。桃が莉子にキスしたのも、百合的な接触というよりは、浮気者の男性に対抗するためのシスターフッド的な連帯だったのだろう。

ちなみにオリジナルの『ビヨンド・アワ・ケン』には、『眠り姫』の要素はないらしい。古臭いおとぎ話を導入しつつも、それを今の若者の感覚で解釈し、現代風の作品に仕立て上げているのだ。

(C)2023「恋のいばら」製作委員会

桃にとっての莉子

莉子が捨てた写真集の中に入っていたのは、莉子の眠っている姿を捉えた写真だ。莉子はもともと健太朗のことを疑っていたということなのだろう。だから突然現れた桃の企みにも加担することになる。莉子がわざわざ写真を捨てたことを知っていたからこそ、桃もリベンジポルノ対策というもっともらしい理由を考えついたのだろう。

桃は“眠り姫”のような莉子の写真を見て、突然、悟ることになる。自分がなりたいのは莉子のような女性なのだと。ただ、桃の場合、本当に莉子に成り代わりたいというよりも、莉子のことをそばで見つめていたいということだったのだろう。だから桃が最初に莉子に接近したバスの中でも、桃は間近から莉子を凝視しすぎて不審者だと思われている。莉子は桃にとっての憧れであって、彼女を見つめていることが桃にとっては限りなく至福な時間ということらしい。

このことは健太朗のおばあちゃん(白川和子)のエピソードともつながっているのかもしれない。おばあちゃんは道端でガラクタを拾ってきて、自分だけの美しい城を築き上げる。桃と莉子もその城を褒め讃えるのだが、一方でそれは単なるガタクラの寄せ集めでしかない。

それでもおばあちゃんにとってはその城は最高に美しいものであり、自分にとって美しいと感じるものがあれば、その人は幸福になれるということを示していたのかもしれない。玉城ティナが演じた莉子は誰が見ても美しいのでガタクタとは到底言い難いのだけれど、桃にとっての莉子はおばあちゃんにとっての城みたいな存在だったということなのかもしれない。

ここ最近の城定監督の活躍ぶりには目を見張るものがあるわけだが、それもピンク映画やらオリジナルビデオなどで腕を磨いてきたという過去があるからなのだろう。私も最近になって配信サービスなどで『18倫』『18倫 アイドルを探せ!』『悦子のエロいい話~あるいは愛でいっぱいの海~』などを観た。どれもエロ作品なのだが、それなりに“いい話”になっていてちょっと感動的ですらあった。『恋のいばら』はエロは控えめだけれど、やはりとても“いい話”だったと思う。

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