『ラストレター』 秘めたる想い?

日本映画

『リップヴァンウィンクルの花嫁』などの岩井俊二監督の最新作。

音楽は『スワロウテイル』にも参加していた小林武史が担当し、主題歌「カエルノウタ」は出演者のひとり森七菜が歌っている。

物語

若くして亡くなった未咲の葬式が終わった後、妹の裕里(松たか子)は未咲の元に届いていた同窓会の手紙を受け取る。後日、裕里は未咲が亡くなったことを知らせるために同窓会へと出向くのだが、裕里は学校のマドンナだった未咲と勘違いされ、姉の死を言い出すことも出来ずに帰ってきてしまう。

同窓会の場にいた乙坂鏡史郎(福山雅治)は、実は裕里の初恋の人。裕里は未咲と勘違いされたまま鏡史郎とあいさつを交わし、メールアドレスなどを交換することに……。

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『Love Letter』から『ラストレター』へ

本作はプロデューサーの川村元気が語るように、岩井俊二ベスト盤風の趣きの作品。

『Love Letter』の主役のふたり(中山美穂と豊川悦司)は本作にも顔を出すことになるし、本作の主演・松たか子は中編『四月物語』の主人公でもあった(松たか子が傘をさして登場するのも『四月物語』を意識しているのだろう)。それから庵野秀明監督の『式日』で主演を務めた岩井俊二は、その返礼なのか本作の脇役の一人として庵野秀明を登場させている。

タイトルからして初の長編作品『Love Letter』を想起させるように、『ラストレター』は『Love Letter』の二番煎じとも言える。本作の乙坂鏡史郎が賞を受賞した処女作の二番煎じばかり書いている小説家だというのは、本作に対する自嘲気味な言及なのだろう。

(C)2020「ラストレター」製作委員会
裕里(松たか子)と鏡史郎(福山雅治)のふたり

手紙は誤配され正しい人には届かない

『Love Letter』はそのタイトルにも関わらず、手紙をやり取りするのは恋人同士ではなかった。中山美穂が演じる渡辺博子は亡くなった藤井樹という恋人に向けて手紙を出す。それは天国へ向けての手紙だったはずなのに、その町には実はもうひとりの藤井樹という同姓同名の別人が居て、手紙は女性の藤井樹(中山美穂の二役)に届いてしまう。『Love Letter』は同じ顔をしたふたりの女性の手紙のやり取りが中心となっていたのだった。

E-mailであれば間違ったアドレスにそれが届くことはないだろう。しかし、手紙は郵便局員が配達することになるわけで、アドレスが間違っていても届けてくれる場合もある。『Love Letter』の場合は、誤配され別人の藤井樹に届くことになるわけだ。

1995年の『Love Letter』では手紙を書くことはそれほど珍しいことではなかったはずだが、2020年の『ラストレター』ではやや強引に手紙が活躍することになる。裕里のスマホに届いていた、鏡史郎の「君にまだずっと恋してるって言ったら信じますか?」というメッセージを旦那(庵野秀明)が発見してしまい、スマホを水没させたからだ。

仕方なく裕里は名刺に書いてあった住所へと手紙を送ることになる。しかし旦那に気を使って、自分の住所は書かずに送ることになり、裕里からの手紙は一方通行のものになる。

そんな一方通行の手紙を受け取っていた鏡史郎は、卒業アルバムから過去の住所を探り出し、そこへ手紙を返信することになるのだが、そこに居たのは未咲の娘である鮎美(広瀬すず)だった。裕里の手紙を鏡史郎が受け取り、その返信は鮎美に届くという奇妙な三角関係が構築されることになる。

(C)2020「ラストレター」製作委員会
鮎美(広瀬すず)と裕里の娘颯香(森七菜)

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間違えることは正しい振る舞い?

『Love Letter』では手紙は誤配されることになり、『ラストレター』でも手紙は正しい相手には届かない。しかも、そもそもの最初から鏡史郎は未咲のフリをした裕里に気づきながら、それに乗っかって手紙をやり取りを続けていたことも明らかになる。途中から手紙の相手が未咲のフリをした裕里から、別の誰か(未咲のフリをした鮎美)に代わったことにも気づいていたはずだが、それにも関わらず不思議な関係を維持している。

また、裕里は同窓会で未咲のフリをしてもほとんどみんなが騙されるというあり得ない展開をしていくわけで、本作では間違えることのほうが正しい振る舞いなのかもしれない。だからこそあえて間違った解釈を恐れずに以下を展開してみようと思う。

本作は小さな滝の流れから始まり、最後も水の流れを映して終わる。舞台は岩井俊二監督の故郷である宮城県(白石市と仙台市)となっている。そして廃校となり打ち捨てられたような校舎が何度も登場し、手紙のやり取りは亡くなった未咲とのあり得ない対話となっている。こうしたあれこれを見ながら思い浮かんだのが東日本大震災のことだったのは、ちょっと前にようやく岩井監督の『friends after 3.11劇場版』を観たからかもしれない。

本作では未咲という女性が旦那の阿藤(豊川悦司)からのDVに遭ったりして自殺したという設定になっている。妹の裕里は「あなたが結婚してくれていたら」と鏡史郎に語る。もし未咲が鏡史郎と結婚していたら、現実は別の在り方をしていたのかもしれないと悔しがるのだ。

震災という出来事もそれがなかったかもしれない可能性だってあったはずだけれど、実際にはそれは起きてしまった。未咲が出会ってしまった阿藤という男も、そうした不可抗力的な“何か”にも感じられたのだ。不可抗力的な“何か”には遭遇しないに越したことはないわけだが、現実にはそれが避けがたい時もあるということだろう。

(C)2020「ラストレター」製作委員会
回想のなかの鏡史郎(神木隆之介)と裕里(森七菜の二役)

未咲が遺したラストレター

ただ、本作では未咲が残した遺書というラストレターに、前向きなメッセージが示される。未咲という名前は「未だ咲かず」という意味であり、若くして亡くなってしまうわけだけれど、本作では広瀬すずが「回想の未咲」と「現在の鮎美」の二役を演じることで、未咲は別の形で再生しているようにも感じられるのだ(鏡史郎が死んだはずの未咲の生き写しのような鮎美を発見する場面は鮮烈だった)。

未咲が鮎美に遺すことになったは卒業式での答辞の文章だが、それは未咲が書き鏡史郎が添削したものだった。それに書かれていたのは、夢を叶えることができる人もいるだろうし、それが叶わない人もいるという内容だった。

未咲は夢を叶えることができなかったのかもしれないけれど、鮎美には無限の可能性が拓かれているわけだ。付け加えておけば、裕里の義理の母は、老いても英語の文章を書くという目標を持っていて、日々を有意義に生きている。若者だけに未来が拓かれているわけではなく、それは年齢に関係ないということも示されてもいるのだ。

さらに死者に対する想いは裕里の言葉に表れていた。裕里は未咲のフリをし続けて手紙を書いているうちに、亡くなった姉がまだ生きているような気持ちになっていくのだ。これと同じように小説家の鏡史郎は、今後も小説のなかに未咲を書いていくことで亡くなった人を蘇らせる行為を続けていくことになるのだろうと思う。

本作が宮城県という場所を舞台にしていることは、監督の故郷であると共に震災で多くの被害者を出した場所でもあるからであり、本作で未咲という亡くなった女性について描くことは、震災で亡くなった人への想いも込められているように感じられたのだ。

岩井俊二は震災復興ソング「花は咲く」の歌詞を書いていて、本作の内容がその歌詞と重なっているとインタビューでも語っている。本作では表立っては震災のことは登場しないわけだが、冒頭と最後に登場する水の流れは津波を想起させないわけではないし、廃校の様子も津波によって破壊された学校へと関連づけるのもあながち間違いではないような気もしたのだ。監督自身が二番煎じとも感じられる本作に取り組んだのには、そんな隠された意図があったと考えるのは勘違いだろうか?

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