アカデミー賞の外国語映画賞を獲得した『イーダ』のパヴェウ・パヴリコフスキ監督の最新作。
2018年のカンヌ国際映画祭では監督賞を受賞した。
日本では昨年6月に劇場公開され、今年に入ってソフトがリリースされたもの。
物語
1949年の冷戦時代のポーランド。民族歌謡を調査していたヴィクトル(トマシュ・コット)は、音楽舞踏団の養成所でズーラ(ヨアンナ・クーリグ)という女性に出会う。ズーラは問題児で「父親を殺した」などと噂されていたのだが、ヴィクトルはズーラに惹かれ、恋に落ちる。
時は流れ、ポーランドではヴィクトルたちの舞踏団は自由な活動ができなくなってくる。民族歌謡のために集められた歌い手たちにもスターリン礼賛の歌を強制するようになり、ヴィクトルは西側へ亡命することを決断するのだが……。
ポーランドの現代史
パヴリコフスキ監督の前作『イーダ』は、1960年代初頭が舞台となっており、修道院で育ったイーダは自分がユダヤ人であることを知らされ、おばと共に自分の出生の秘密を探る旅に出る。ポーランドは西側をドイツと接し、北東はロシアに接しているために、歴史上他国の支配下に置かれることが多かったようだ。
そして『COLD WAR あの歌、2つの心』では、冷戦下で翻弄される男女の姿が描かれていくことになる。
もうひとりの主人公
監督自身がヴィクトルとズーラ以外のもうひとりの主人公と呼ぶのが音楽だ。本作ではポーランドの民族歌謡「2つの心」が印象的に使われる。
2つの心と4つの瞳
昼も夜もずっと泣いている
黒い瞳を濡らすのは
一緒にいられないから
2人が一緒にいられないから
この歌詞は西側に亡命していくヴィクトルと、ポーランドに留まることを選択するズーラのことを歌っているようにも聴こえてくる。この曲はのちにジャズ・バージョンとして披露されたり、フランス語で別の歌詞となってリニューアルされたり、何度も登場することになる。
本作はポーランドの田舎からはじまり首都ワルシャワへ、さらにドイツやフランスやユーゴなど舞台が移動していくにつれ、音楽もそれに合わせて変化していく。民族歌謡はスターリン礼賛の歌になり、ヴィクトルはフランスでジャズを演奏することを楽しみ、時が進みズーラも西側へと渡ると「Rock Around the Clock」に合わせて踊り出し憂さ晴らしをすることになる。
向こう側へ
本作は1949年から始まり、1964年までの15年間が追われることになるのだが、上映時間はわずか88分だ。それだけ大胆に省略がなされていることになる。音楽がもうひとりの主人公だというのも、使用される曲を知っている人が観れば、その曲が登場してきた時代を想起させるからだろう。とはいえ、ポーランドの歴史や文化についてさほど詳しいわけでもない者としては、ふたりの行動について疑問を感じる部分がないわけでもない。
ピアニストであるヴィクトルにとって、自由な音楽が妨げられるポーランドは耐え難い場所となってきたことはわかりやすい。しかし、結婚して合法的に西側へと渡ったはずのズーラが、一度手にした自由を放棄してまでポーランドへと戻ったのはなぜだろうか。
ヴィクトルは国を捨ててもジャズを演奏することを楽しんでいるように見えるのだが、ズーラはどこかで祖国を愛していてそれを捨てることはできなかったということなのだろうか。フランス語版の新しい歌詞をつけられた「2つの心」をズーラが嫌うのは、その歌詞を書いたのがヴィクトルの元恋人の詩人だったからでもあるわけだが、それ以上にポーランド語の語感を愛しているようにも感じられた。
「2つの心」は、ポーランド語の歌詞で歌われる時、その語尾が「オヨヨーイ」という響きになるのが印象的だからだ。そんなズーラにとってはフランスで歌手として成功することよりも、祖国に戻ることが魅力的だったということなのかもしれない。
ふたりが一緒になるためには、どちらかが犠牲にならなければならない。祖国を愛するズーラにとってフランスに居ることは耐え難いことだし、亡命者であるヴィクトルはポーランドに戻れば裏切り者として処分されることになる。冷戦下という状況では、ふたりが共に満足することができる場所はないわけで、「向こう側」と称する場所へと旅立つしかなかったということになる。メロドラマと言えばそうだが、とても抑制が効いていて美しいラストだったと思う。
その他の追記
主役のズーラを演じたヨアンナ・クーリグは、監督のお気に入りなのか『イーダ』にも、その前の『イリュージョン』にも登場している。どちらでも歌うシーンがあるのはヨアンナ・クーリグが歌手でもあるからだろうか。
本作では満を持してヨアンナ・クーリグが何度も歌声を聴かせてくれることになるのだが、暗転する度に時が流れるこの作品で、登場するごとに変貌を遂げていく捉えどころのない感じも魅力的だったと思う。
ちなみに前作の『イーダ』は未見だったので、一度はソフトの購入も検討した。というのも本作のモノクロ・スタンダードという形式からして、『イーダ』との関わりも強いと雑誌などで読んでいたからだ。ところがマイナーな動画配信サイトで配信しているのをようやく見つけ、今回はそれで鑑賞することができた。
Beautiesという動画配信サイトがそれで、1本350円という良心的な価格で提供されている(2日間で10回まで再生可能)。レンタルビデオ店などでは扱っていない作品を取り上げているらしい。もちろんアマゾンなどで正規ソフトを買えるならば一番いいのだが、節約したい人にはこちらのほうがお薦めかも。ほかにも『グッバイ・ファーストラブ』(ミア・ハンセン=ラヴ監督)など気になっていた作品もあったりしたので、また利用してみたいと思う。
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