『CLOSE/クロース』 表情だけで伝える感情

外国映画

監督・脚本は『GIRL/ガール』ルーカス・ドン

カンヌ国際映画祭コンペティション部門ではグランプリを獲得した(最高賞のパルム・ドールは『逆転のトライアングル』)。

物語

花き農家の息子のレオと幼馴染のレミ。昼は花畑や田園を走り回り、夜は寄り添って寝そべる。24時間365日ともに時間を過ごしてきた2人は親友以上で兄弟のような関係だった。
13歳になる2人は同じ中学校に入学する。入学初日、ぴったりとくっついて座る2人をみたクラスメイトは「付き合ってるの?」と質問を投げかける。「親友だから当然だ」とむきになるレオ。その後もいじられるレオは、徐々にレミから距離を置くようになる。
ある朝、レミを避けるように一人で登校するレオ。毎日一緒に登下校をしていたにも関わらず、自分を置いて先に登校したことに傷つくレミ。二人はその場で大喧嘩に。その後、レミを気にかけるレオだったが、仲直りすることができず時間だけが過ぎていったある日、課外授業にレミの姿はなかった。心ここにあらずのレオは、授業の終わりに衝撃的な事実を告げられる。それは、レミとの突然の別れだった。
移ろいゆく季節のなか、自責の念にかられるレオは、誰にも打ち明けられない想いを抱えていた…。

(公式サイトより抜粋)

名付けられない二人の関係

主人公であるレオ(エデン・ダンブリン)は、レミ(グスタフ・ドゥ・ヴァール)とほとんど兄弟のように育っている。いつもレミの家でレミと一緒に過ごしていて、夜は同じベッドで寝ている。二人は小学生を卒業したところで、一緒に中学へと進学することになるのだが、そうすると二人の関係性は変わっていくことになる。

クラスメイトの女の子は二人に尋ねる。「付き合ってるの?」と。レオはそれを否定することになるのだが、そこで初めてレオは他人の目というものを意識したのかもしれない。兄弟みたいに仲がいいから、距離感もごく近く(CLOSE)なる。二人にとってはそれがごく自然であり、それを特別なものとは意識していなかったけれど、ほかの人をそれを「付き合っている」みたいに受け取ることになる。

ルーカス・ドン監督のインタビューを読むと、ある種の社会規範のようなものが、二人の関係を決めつけてしまっていると感じているようだ。つまりは二人にとって距離が近いのはごく自然なものだったけれど、周囲はそれを「性的なもの」と捉えてしまうのだ。

実際の二人の関係がどんなものなのかは、その当人たちも理解していないだろう。これはルーカス・ドンの前作『GIRL/ガール』の主人公が、自分の性的指向についてはまだよくわかっていなかったのと同じだろう。

ルーカス・ドンは『CLOSE/クロース』の二人の関係について問われることも多かったようだ。先ほどのインタビューでは、「登場人物たちはゲイなのかと聞かれることが多いのですが、私はいつも『わからない』と答えています。私にはわからないし、どうでもいいことなんです。なぜなら、ここで描かれているのは、彼らの間に存在する名前など必要のない愛だから。誰かとつながりを感じるのはとても自然なことで、必ずしもそこにレッテルを貼る必要はないのです」と答えている。

(C)Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

学校での距離感

レオはレミに対して兄のように振る舞っているようにも見える。冒頭、廃墟のような場所で二人は遊んでいる。鎧を着た“何か”が迫ってくるという“ごっこ遊び”だが、それを主導しているのもレオだし、夜に寝付けないレミを優しく気遣うのもレオだ。

これはレオには優しい兄(イゴール・ファン・デッセル)がいるからだろうか。兄から気遣われてきたことを、同じようにレミにもしてやっているようにも見えるのだ。

一方でレミは繊細な子で、オーボエ奏者としてソロパートを任されたりしている。そんなレミの才能を、レオはこれまた兄のように微笑ましく見守っている。そんな二人の関係は中学へ入ると一変していく。

クラスメイトの目を気にして学校では距離を取ろうとするレオに対して、レミはそのあたりは鈍感でレオの気持ちには気づいていない。レオは男の子たちのグループと仲良くしたくてアイスホッケーを始めたりし、二人の間にはズレが生じてくる。そして、そんなズレが決定的な出来事を引き起こしてしまう。

そもそもレミはちょっと甘えん坊で、レオとケンカしただけで気分が悪くなり、朝ごはんも喉を通らずに涙を流してしまうような子だ。いつも一緒に自転車で登校していた二人だが、レオが先に学校へ行き、レミはそれを「置いていかれた」と感じる。そのことが決定的なケンカにつながってしまうのだ。

※ 以下、ネタバレもあり! 『怪物』の内容についても触れているので要注意!!

(C)Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

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表情だけで伝える感情

前作『GIRL/ガール』は、トランスジェンダーの主人公がある決断をすることになるまでを描いていたわけだが、映画ではその感情の動きを言葉で説明することはない。バレエダンサーとしての動作と、その表情を延々と追い続けることで、その感情を示そうとするのだ。

CLOSE/クロース』ではレミの自殺というショッキングな出来事が起きる。そこから先はレオの感情の動きを描くことになるわけだけれど、『GIRL/ガール』と同様に本作もそれを言葉で説明することはない

本作のタイトルは「CLOSE/クロース」だが、それはレオとレミの「近しい」関係を示すと同時に、カメラがレオの表情に「クローアップ」していくことをも示しているのだろう。日本語では被写体を拡大して映すことをカタカナで「クローズアップ」と表現するけれど、そもそもの英語では「Close-up」と書き、「クローアップ」と読むわけで、本作はそんなレオとカメラとの関係性もタイトルに示されているとも言えるのかもしれない。

たとえばアイスホッケーのシーンでも、カメラが追うのは防具越しのレオの表情だからその場の全体像やレオの位置関係はよくわからないし、何かのコンサートに行った際も舞台で何が行われているのかは示されずに、レオの表情ばかりが示されることになる。レオの行動とその表情だけが追われることになるわけだ。

この間のレオの感情の動きを言葉で整理してみれば、次のようになるかもしれない。レオは最初はその悲劇を信じられないという状況だっただろう。それから自分がレミを突き放してしまったことに対して罪悪感を覚えただろう。それがレミが何かを書き残していなかっただろうかという恐れにもつながってくるし、アイスホッケーで無茶をして何度も壁にぶつかったりケガをしたりすることにもつながってくる。

そうしたことが混乱した時期が一段落してから、レオはようやくレミがいないという事実に気づいていく。それからレオの関心は、レミを失ったその母親ソフィ(エミリー・ドゥケンヌ)へと向かい、あちこちでソフィの姿を探すことになる。その後にようやくレミーに「会いたい」と感じる段階が来て、それから初めてソフィに何が起きたかを告白することになる。

この間、レオが台詞で自分の感情を漏らしたのは、兄に対して自分が感じている不安を語った時くらいだろうか。それ以外はほとんどすべてレオの行動と、その表情だけで示されることになる。最終的には、レオの告白を聞き一度は怒りを露わにしたソフィが、レオの自責の念に気づくことになる。赦しを与えるようにソフィがレオを抱きしめる瞬間は、涙なしには見られないシーンだった。

こんなふうに感情移入できたのは、本作のレオが「すでにやってしまった」立場だったからかもしれない。一方で前作の主人公はあることをする前の段階だったわけで、その決意に至るまでの感情を読み取ることはなかなか難しい。それから比べると、レオがやってしまったことは観客にも共有されているわけで、表情だけでもレオの感情を追いやすくなっていたんじゃないだろうか。

(C)Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

『怪物』との類似と差異

CLOSE/クロース』は『怪物』が公開された時にも、その類似性が噂されていた。改めてそれを念頭に本作を観ると、本作の冒頭でレオとレミが花畑を突っ切って走っていくというシーンは、まるで『怪物』のラストシーンから始ったかのようにも感じられた。

『怪物』のレビューでは、湊と依里という二人の少年の関係性については触れなかったけれど、湊と依里は『CLOSE/クロース』の二人よりもその関係性に自覚的だったのかもしれない。『怪物』の湊と依里は、学校と放課後では付き合い方を変えていた。ここで周囲の目が意識されているのは『CLOSE/クロース』と同じだ。

依里はちょっと女の子っぽいところがあり、クラスの男の子たちからいじめの対象にもなっていて、湊としては学校で依里と仲良くすることは都合が悪い。そのことを湊は仄めかすことになるし依里もその事情を理解していたから、二人の関係性は学校では秘密となっていた。二人の振る舞いは大人びているところがあるし、もっと言えば小学生なのにスレているとも言えるかもしれない。その一方で『CLOSE/クロース』の二人は、より純粋だったということなのかもしれない。

ルーカス・ドンの前作『GIRL/ガール』も、主演のヴィクトール・ポルスターの魅力があったからこそ成功したと言えるところがあるわけだが、本作でレオを演じたエデン・ダンブリンもとても魅力的だ。しかも彼のことを見つけてきたのも監督のルーカス・ドンらしい。エデン・ダンブリンがその大きな目が何を見つめているのかが気になってくるわけで、本作のように表情を追っていく場面が多い作品では効果的だったんじゃないだろうか。

本作では、そんなレオとソフィの対峙がラストの山場となるわけだが、この重要な役ソフィを演じていたのが『ロゼッタ』エミリー・ドゥケンヌだ。『ロゼッタ』は日本では2000年の公開だった。『ロゼッタ』は大好きな作品で何度も観ているのだけれど、その『ロゼッタ』でエミリー・ドゥケンヌはデビューし、それから20年以上が経っているわけだけれど、彼女が役者を続けていることすら知らなかった。本作で久しぶりに再会できたのは嬉しいことで、その点も個人的には評価アップの要素になっている。

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