『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』 曰く言い難し

外国映画

監督は『スイス・アーミー・マン』のダニエル・シャイナート

原題は「The Death of Dick Long」。

物語

バンド仲間が集まって羽目を外し過ぎた夜、ある事故が起きディック(ダニエル・シャイナート)はケガをして瀕死の状態に。ジーク(マイケル・アボット・Jr.)とアール(アンドレ・ハイランド)はディックを救急病院の前まで運び、そこに置き去りにすることになるのだが……。

警察はディックの傷を見て、暴力を受けレイプされ殺されたものと推測する。一方でジークはその夜のことをなかったことにしようと隠蔽工作を図るのだが……。

人には言えない秘密

「知らない方がいいこともある。」というのが本作のキャッチコピーなのだが、確かにそうかもしれないと思わせるところが本作にはある。誰にも人には言えない秘密が抱えているのかもしれないが、その秘密にも種類があるのだろう。バレたら法の裁きを受けることになるというのも秘密だが、違法にはならなくても恐らく他人からはまったく受け入れられず、人としての面目を失うような秘密もあるのだ。

本作はアメリカのテレビドラマ『ブレイキング・バッド』のことが念頭にあったらしい。『ブレイキング・バッド』では、主人公は家族に言えない秘密を抱えていた。しかし、それは主人公が化学の知識によって生み出したドラッグのことであり、ほかの誰にも作れないドラッグを作ったことは主人公にとっては誇りにもなっていた。秘密にしなければならないのは、それが違法だからということになる。

それに対して『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』におけるバンド仲間三人の秘密は、違法ではないのだが、それを知られることは死にも値するほど恥ずかしいことなのかもしれない。家族がいないアールが家財道具をまとめて逃げ出そうとしていたのも、バレたらとてもその土地では生きていけないと感じていたからだろう。

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下ネタ満載の前作

監督のダニエル・シャイナートは、ダニエル・クワンと組んで「ダニエルズ」という名義で『スイス・アーミー・マン』を撮った人だ。その前作を観た人ならば、『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』も不謹慎な下ネタ満載の映画になることは推測できただろう。

そもそも「ディック」とは男性のアレのことで、「ディック・ロング」となると「チン○デカイ」的な意味合いにもなってくるわけで、タイトルからしてふざけている。ちなみにディックの本名は、リチャード・ロングらしいのだが、愛称はなぜか「ディック」となるらしい。英語の愛称は日本人には不思議に思えることもある。ウィリアムがビルとなり、エリザベスがリズとなるのと同様の、ちょっと日本人にはわかりづらい愛称の一つがディックということなのだろう。

前作『スイス・アーミー・マン』は、無人島で出会った死体がなぜかスイス・アーミー・ナイフ(十徳ナイフ)のような万能性を発揮して主人公を助けてくれるという話だった。死体がボートになったり、ライターになったり、はたまた銃になったりするという荒唐無稽さはともかくとして、この作品は誰にも相手にされない変人(weird)が、もうひとりの変人と出会う話でもある。

『スイス・アーミー・マン』は無人島から始まるのだが、そこから抜け出したふたりはなぜか故郷に戻ると片想いの人の裏庭に辿り着くことになるわけで、無人島というのはある種の心象風景ということなのだろう。誰からも相手にされない変人である主人公は、独り死のうとして誰もいない場所を彷徨ううちに、同じように死んでしまったもうひとりと出会う。そして、その死体への同情を伴う不思議な連帯によって、もう一度文明社会へと戻ってくる。そんな感動的な(?)話になっていたのだと思う。

変人たち再び

『ディック・ロング』でバンド活動をしている三人は、それぞれ結婚したりパートナーもいたりして、普通に暮らしているわけだが、家族には言えない秘密を抱えている。バンド活動というのは名目だけで、三人でその秘密の活動をするための隠れ蓑となっているのだ。そして夜も更けて奥さんや子供も寝静まった頃、三人のお楽しみの時間が始まることになるわけで、言ってみれば三人はやはり人からは理解されにくい変人たちということになる。

舞台となっているのはアメリカのアラバマだ。アラバマはアメリカ南部に位置し、人種差別を扱った『アラバマ物語』の舞台にもなった場所で、保守的な土地柄であることが推測される。それでも本作では、事件の捜査に当たっているふたりの女性警察官の片割れが、刑事コロンボの口癖のように「うちののキッシュがね」と自然に語っていて、彼女が同性愛者であることをすでにカミングアウトしていることを示している。つまりは同性愛はすでにアラバマでは隠すべきことではないわけだが、ディックたちが抱えた秘密はさすがに言いかねたということらしい。

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笑うべきか怒るべきか

ジークは秘密を守るためにその夜の出来事を隠蔽しようとするが、嘘がことごとくヘタで、かえって自分の首を絞めることになる。その間抜けぶりが本作をコメディにしていて、亡くなったディックの妻と警察官の前で嘘が露呈してしまうあたりは、そのジークのうろたえぶりがたまらなくおかしい。

ただ、その秘密が明らかになると、それがあまりにも唖然とすることだけに、ジークの間抜けぶりを笑っていいのかどうかという不思議な感覚にもなってくる。ジークの奥さん(ヴァージニア・ニューコム)はほとんど顔芸でそれを示すことになる。笑っていいのか怒っていいのか測りかね、目の前にいる男が本当に自分の知っている旦那なのか疑っているかのような、何とも言い難い表情となっているのだ。

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その秘密を聞かされた観客としては、怒る筋合いはないわけだけれど、笑えるかと言えばそんなことはないし、もしかすると生理的な拒否反応を起こす人もいるかもしれない。

『スイス・アーミー・マン』では死体がオナラで動き出すという設定になっていた。オナラは普段人に隠れてすることだが、社会性を失っている死体はオナラを連発する。この設定は、主人公が人前では自分を取り繕い、自分を出すことが出来ないでいたからだろう。ここではオナラは肯定的に捉えられ、もっと自分を曝け出すことが肯定されているのだ。とはいえ『ディック・ロング』で明かされる秘密もそれと同様かと言えば、そんなことはないだろう。やっぱり打ち明けられても困ってしまう秘密もあるようだ。

本作は中盤あたりでその秘密について明らかにされることになるのだが、その後も映画は続いていく。また、ジークたちのしたことを糾弾するような色合いはなく、その間抜けぶりを愛らしく描いてもいる。とはいえやはり奥さんがジークを突き放すようになったように、受け入れがたい気持ちもあるわけで、何とも言い難い複雑な後味を残すのが本作のオリジナリティなのかもしれない。

ただ、驚かされるのは本作が実話を元にした映画だということだろうか。劇中で警察官がもらしたように「人間って計り知れない」ものだなあと改めて思う。ネタバレを避けるために一応その事件のことも伏せておくことにするが、本作のチラシはよく見るとネタバレになっている。だから劇場で衝撃を受けたい人は、チラシもあまりじっくりとは見ないほうがいいかもしれない。

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