『ザ・ハント』 どっちもどっち

外国映画

監督は『コンプライアンス 服従の心理』『死の谷間』クレイグ・ゾベル

製作は『パラノーマル・アクティビティ』『透明人間』などのジェイソン・ブラム

物語

ある場所に拉致された男女12名。彼らは眠らされてそこに連れて来られ、猿轡を噛まされた状態で目を覚ます。近くには大きな箱があり、それを開けてみると中から一匹の子豚と大量の銃器が。

全員がわけがわからぬまま猿轡を外し、銃器を手に取ると、どこからともなく銃声が……。狙われているのはその12人だった。その場は“人間狩り”のフィールドとなっていたのだ。

アメリカでは公開中止に

本作はアメリカでは一時公開中止に追い込まれたのだとか。というのはトランプ大統領がこの作品の噂を聞いて(恐らく映画そのものは観ていない)、トランプ支持者の保守層がリベラルエリートに殺されていく話だとして、ハリウッドを批判するコメントをツイートしたからだ。そのコメントでは「リベラルなハリウッドは怒りと憎しみに満ちたひどいレイシストだ!」などと罵っている。

ただ、実際に『ザ・ハント』を観てみると、ちょっと違うことがわかる。確かにリベラルエリートが庶民たちを狩るのだが、それによってどちらかの陣営を批判するというよりは、両者ともかなりのアホに描かれていてどっちも揶揄されているのだ。

主役風の女性(『パロアルト・ストーリー』などのエマ・ロバーツ)とか、その相手役風のイケメンが呆気なく死んでいくあたりも、その死がえげつないくらいグロテスクな描写なのも、本作は政治的な作品というよりは笑いながら楽しむホラー映画の類いの娯楽作なんじゃないだろうか。

(C)2020 UNIVERSAL STUDIOS All Rights Reserved.

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陰謀論を現実に

『ザ・ハント』では「マナーゲート」という陰謀論が登場する。それがリベラルエリートが庶民たちを拉致し、自分の領地内で“人間狩り”を楽しんでいるというものだ。どこからそんな話が出て来たのかはわからないが、一部の保守層はそれを信じていて、それをバカにしたリベラルエリートたちが冗談のつもりでSNSでマナーゲートに関するコメントをしていたところ、それが流出して職場で問題になってしまう。

エリートたちは単なる冗談だと言い訳するわけだが、不謹慎な発言そのものが問題とされ、エリートたちは失職することになってしまう。“人間狩り”などが本当に行われるはずがないことなど、常識的な人間ならわかるはずだろうと思うのだが、陰謀論を信じる庶民はそれを理解しない。冗談を本気にされ、エリートたちは騒ぎ立てた庶民たちを逆恨みすることになる。

そんなに陰謀論が信じたいなら、実際に“人間狩り”を実現させてしまおうというのが、逆ギレしたエリートたちの考えで、それによってSNS上で目立つ発言をしていた庶民たち12人が集められることになったのだ。

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どっちもどっち

本作では「エリートvs.庶民」という対立となっているが、これはアメリカの「民主党vs.共和党」の対立にも見える(実際にはそんな単純な図式ではないだろうが)。庶民の支持者が多い共和党は陰謀論を信じていて、エリートが多い民主党は逆ギレしてその陰謀論を現実化してしまう。現実には両者ともそれほどアホではないはずだが、本作においてはどっちもどっちのアホになっているのだ。

ただ、アメリカでは一部で陰謀論が信じられていることは確からしい。マナーゲートという陰謀論はフィクションだが、実際に似たような陰謀論は存在する。「ピザゲート」という陰謀論では、ヒラリー・クリントンがワシントンD.C.のピザ屋を拠点にして人身売買に関わっているというもので、実際にそれを信じた男がピザ店に押し入り発砲する事件を起こしたのだとか。

また、現在のトランプ大統領の支持者の一部は「アノン」という陰謀を信じていると言われている。これによればアメリカは闇の政府に牛耳られていて、トランプ大統領はそんな悪と闘っているヒーローということになるらしい。

そんなわけだからマナーゲートのような陰謀論があってもそれほどおかしいとは言えないのかもしれない。それを現実化してしまおうとするほどのアホがいるのかどうかはわからないけれど……。

『動物農場』と「ウサギとカメ」

本作ではジョージ・オーウェル『動物農場』が下敷きにされているらしい。町山智浩によれば、登場人物の台詞にはそこから引用されているものがいくつもあるようだ。そして主人公クリスタル(ベティ・ギルピン)のニックネームのスノーボールもそこから採られている。

そのほかにもクリスタルが語る「ウサギとカメ」の話もある。この話には通常の「ウサギとカメ」の後日談のようなものがついている。余裕をかましてカメに負けてしまったウサギが、その後にカメを虐殺するという結末になっていて、「強い者はいつでも強い」という話になっている。

作品のテーマと関わってくると思われる『動物農場』や「ウサギとカメ」のエピソードだが、実際の「エリートvs.庶民」の構図とうまく当てはまるのかと考えるとよくわからない。庶民のひとりとして集められたクリスタルは実は人違いだったことも示されていて、その構図も崩れてしまうことになるわけで、単純にアクション映画として楽しむのが一番なのかもしれない。

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ファイナル・ガールは?

ホラー映画で生き残る女性のことをファイナル・ガールと呼ぶらしい。本作では最初はあまり目立つ感じはなかったクリスタルが生き残る。たとえば『ハロウィン』でのファイナル・ガールであるジェイミー・リー・カーティスはスクリーミング・クイーンなどとも呼ばれるほど絶叫していたが、クリスタルは冷静沈着でほとんど表情すら変えず、逃げることもなく敵に立ち向かっていく。加えて、その戦闘技術の凄さからするとほとんどランボーのようにすら思えてくる。そんな女ランボーが傲慢なエリートたちを一掃していくところが見せ場となる。

特に計画の立案者であるアシーナ(ヒラリー・スワンク)との一騎打ちは盛り上がる。闘いそのものも派手だったし、合い間に挟まれるユーモアにもくすぐられる。最後にアシーナのドレスを身にまとって現れたクリスタルの姿は、それまでとは見違えるようなゴージャスさだった。

クリスタルを演じたベティ・ギルピンは初めて見たが、テレビドラマシリーズ『GLOW:ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』(Netflixにて配信中)では女子プロレスラーを演じているそうで、アクションができる女優さんらしい。政治風刺としては首をかしげることになるかもしれないが、ランボーシリーズのようなアクション作品として見れば、それなりに毒も効いているし、主演女優も意外なカッコよさを見せることになるし、なかなか拾い物なんじゃないかと思う。

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