『草の響き』 不思議な解放感

日本映画

原作は『そこのみにて光輝く』などの佐藤泰志の同名短編(短編集『きみの鳥はうたえる』所収)。

監督は『空の瞳とカタツムリ』『なにもこわいことはない』などの斎藤久志

目的地はどこ?

人生の踊り場」みたいな言い方がある。これは誰が言い出したのかはわからないし、うまい言い方とも思えないけれど、自分のキャリアについて悩んだ時のことを指すものらしい。上の階と下の階の合い間にある“踊り場”という中途半端な場所は、人生のある段階で立ち止まってしまったところにも見えるということだろうか。

自分の目標がしっかりと定まっていて、それに向って突き進んでいる人はそんな曖昧な場所をウロチョロしたりはしない。そんな場所に立ち止まってしまうのは、行き先が見えずにどちらに向かうべきか決めかねている人なのだ。本作で描かれるのは、そんな「人生の踊り場」的状況にある人たちの話だ。物語らしき物語というものがないのも、登場人物がどこへ向かうか悩んでいる状態だからだろう。

主人公である和雄(東出昌大)はかつては出版社に勤めて懸命に働いていたらしい。ところが無理がたたったのか精神的に参ってしまい、故郷の函館へと戻ってくる。医師(室井滋)の判断によれば、病名は自律神経失調症だ。よく聞く病気ではあるが実際の症状は知らなかったのだが、この病気は軽症うつ病のような症状を含むものなんだとか。

和雄は医師の勧めで、運動療法としてランニングをすることになり、毎日同じルートを走る。その日の限界まで達したら、引き返してくる。そんなふうにして少しずつ距離を延ばしていくのだ。

それから、後に和雄と一緒にランニングをすることになる彰(Kaya)も似たような境遇かもしれない。彰も函館に越してきたばかりで友達がいない。かつていじめに遭い不登校だったという弘斗(林裕太)と知り合い、一緒になって人工島「緑の島」でスケボーばかりしている。この島は何もないだだっ広い空間で、彰と弘斗は何となくそこで時間を潰しているのだ。

和雄は同じルートを延々と走り続け、彰もスケボーであてもなく滑っている。どこかに目的地があるわけではないのだ。和雄は心と体の調整のために走り続け、彰は将来への展望もなく何となくスケボーを乗っているのだ。そして、暇を持て余した彰と弘斗は、和雄のランニングに同行して一緒に走るようになる。

(C)2021 HAKODATE CINEMA IRIS

コントロール不能?

佐藤泰志の小説の映画化は、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『きみの鳥はうたえる』についで、これが5作目。『オーバー・フェンス』では精神的に不安定な女性が登場していたが、原作者である佐藤泰志も精神的な病によって若くして自ら命を絶ってしまったとのこと。『草の響き』の和雄の姿も、佐藤泰志自身がモデルとなっているようにも見える。実際に佐藤泰志は、和雄と同じように自律神経失調症にかかり、運動療法としてランニングをしていたらしい。その意味で本作は佐藤泰志の体験がかなり反映された作品なのだろう。

それでもこの映画では自殺してしまう人の内面が追われるわけではない。どちらかと言えば登場人物の姿を遠景から捉えることも多く、和雄のランニングする姿や彰がスケボーで滑っていく様子を追っていくだけで、その内面に踏み込むことはないのだ。だから中盤あたりで彰がバスケ部の仲間の挑発に乗るような形で自殺めいた死に方をした時も、それがなぜなのかはよくわからない。

さらに和雄が一度は調子を戻した矢先に、いかにも唐突というタイミングで自殺を図ることもよくわからない。しかしこれは和雄本人すらわかっていないからなのかもしれない。本作では、和雄は病のせいで自分のしていることがわからなくなってしまうことがあると示されている。最初に和雄が医師の診断を仰いだのも、自分ではわけがわからなくなって、昔からの友人である佐久間(大東駿介)に頼んで病院に連れて行ってもらったからだった。

一度回復してからの自殺未遂も、決意を持ってやったという感じはしない。だから和雄はその後に病院で目が覚め、身体中を拘束されているのを知り驚いている様子でもあった。原作を書いた佐藤泰志からすれば、精神的な病はコントロールできないものというのが偽らざる気持ちだったのだろうか?

(C)2021 HAKODATE CINEMA IRIS

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不思議な解放感

本作は精神的な病を抱えた男の闘病を描くわけだが、目も当てられないといった重苦しさはない。函館の緑を背景にしたランニングやスケボーの疾走感があったからかもしれないし、あるいは原作には存在しない妻・純子(奈緒)がいたからだろうか。

たとえば『死の棘』『生きてるだけで、愛』のように、精神的な病を抱えた者とその家族の日常は地獄のような日々になりがちだ。観ている観客すらキツい感じになってくるほどに。もちろんこういう病は本人が当然一番キツいわけだが、それだけでなく周りも巻き込んでいく。和雄に合わせて東京から知らない土地に引っ越すことになった純子もそうだろう。たとえば身重の純子が外出していても、和雄は狂ったようにランニングをするばかりで家のことをやってくれるわけではないからだ。

それでも純子の告白によれば、和雄はかつては職場の先輩であり、純子にとっては頼りになる男性だったようだ。だから純子が和雄を献身的に支えるのは、和雄がまた元に戻ってくれることを信じているからなのかもしれない。この純子の告白シーンだけは印象的なクローズアップで撮られていて、その表情は精神的な病との闘いを忘れさせるほど穏やかなものだった。だからだろうか、ラストで和雄が何かに操られるみたいに病院を脱走していくシーンは、その行動だけを見たらバッドエンドとも思えるわけだが、なぜか不思議に解放感もあるのだ。

(C)2021 HAKODATE CINEMA IRIS

縁のない話?

和雄のような精神的な病は、ともすれば自分とは縁のない話とも思えるのだが、実際にはそんなことはないのだろう。和雄のかつての姿が描かれることがないのだが、佐久間が語るところによれば人を見下すようなところがあったとのこと。それだけデキる人間だったということだろう。

和雄を演じている東出昌大は、たとえば黒沢清『予兆 散歩する侵略者 劇場版』の異星人のように人間離れした役柄を配される人だ。それは東出昌大がどこか得たいのしれないところがあり、人よりずば抜けているところがあるからだろう。そんな東出がこういう弱味を持った役柄を演じているのは、そんな人でも心の病にかかることがあるということを示すためなのだろう。和雄にすら起きたことは誰にでも起こり得るということなのだ。

普段とは違う役柄に挑戦している東出昌大だが、走っている姿は様になっていたし、精神的に崩れていく部分も違和感なくこなしていたんじゃないだろうか。やはり華がある役者なのだと改めて感じた。本作は『寝ても覚めても』以来3年ぶりの主演作ということ。私生活の問題でいらぬバッシングを受けたりもしていたようだが、この作品で完全復帰ということだったのだろう。ところが、このレビューをアップしようとしていたらまたゴシップ記事が話題になってしまったようで、役者の仕事に影響がないといいのだけれど……。

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