『クーリエ:最高機密の運び屋』 その心意気に惚れた?

外国映画

監督は『追想』ドミニク・クック

原題の「The Courier」とは「運び屋」のこと。

物語

東西冷戦下、米ソ間の核武装競争が激化。世界中の人々は核戦争の脅威に怯えていた。そんな時、CIAMI6のエージェントが一人の英国人に目を付けた。その男、グレヴィル・ウィンは東欧諸国に工業製品を卸すセールスマンだったが、彼が依頼された任務とは、販路拡大と称してモスクワに赴き、GRUのペンコフスキー大佐から受け取ったソ連の機密情報を西側に持ち帰ることだった。あまりに危険なミッションに恐れをなし、ウィンは協力を拒否するが、世界平和のために祖国を裏切ったペンコフスキーに説得され、やむなくモスクワ往復を引き受ける。だが、政治体制を超えた友情と信頼で結ばれた男たちは、非情な国家の論理に引き裂かれ、過酷な運命をたどることに―。

(公式サイトより引用)

キューバ危機における裏舞台の話

キューバ危機は人類が第三次世界大戦に一番近づいた時だとされているのだとか。ということは核戦争に近づいたということであり、つまりは人類滅亡の危機だったとも言えるのかもしれない。

表舞台ではケネディとフルシチョフという米ソの代表が神経戦を繰り広げることになったわけだが、それに関しては『13デイズ』に詳しい。『13デイズ』はアメリカ側からキューバ危機を描いており、物語の発端はアメリカの偵察機がキューバにおいてソ連がミサイルを配備している証拠写真を撮影したことだった。『クーリエ:最高機密の運び屋』では、『13デイズ』の発端へとつながる情報をもたらすことになったスパイ活動が描かれる。誰もが知っている表舞台の戦いに隠れてしまった裏舞台の話ということになる。

主人公のグレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)はイギリス人セールスマンだ。ウィンはもともと東欧諸国では商売をしていたから、モスクワに販路を拡大しても不自然にならず、そこにMI6が目をつけたらしい。政府と関わりのない人物のほうが疑われないという判断もあり、まったくの素人のウィンがその仕事を請け負うことになったのだ。

(C)2020 IRONBARK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

4分前の警報

ウィンには最初詳しい事情は知らされない。ただ、ソ連でビジネスをしてほしいと言われ、その際にある人物と接触し頼まれたものを運ぶ仕事をする。最初は問題なく“運び屋”の仕事をこなしていたわけだが、そのうちそれが核兵器に関する情報だと知ることになる。

となると、それはソ連にとっての最高機密情報となるわけで、バレた時に自分がヤバいことになるのは素人にでもわかることだろう。ウィンは妻(ジェシー・バックリー)と息子のことを思い一度は仕事を断ろうとするのだが、ヘレン(レイチェル・ブロズナハン)と呼ばれているMI6の女性エージェントが語る言葉によって翻意することになる。

4分前の警報は無意味」。そんなふうにヘレンは語る。キューバから核兵器を乗せたミサイルが発射されたとしたら、アメリカに着弾するまでには4分しかないのだ。アメリカ側もそれを察知して警報を発することはできる。それによって大統領や政府の要人は助かるだろう。政府が持つ頑丈な核シェルターによって。

しかしそれ以外の人たちはどうなるのか。ウィンがスパイをやめることで必要とされる情報が手に入らず、万が一核戦争が始まることになってしまったのだとしたら、ウィンが守ろうとしていた妻と息子は結局守れなくなってしまうわけだ。4分前に警報でミサイル発射を知ったとしても、ウィンができることは、つながらない電話をかけ続けることぐらいしかできないのだから。これはほとんど脅しなのだが、ウィンはそれによって決意をひるがえし、自らの意志でスパイ活動に巻き込まれていくことになる。

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その心意気に惚れた?

ソ連の情報を外に持ち出そうとしたオレグ・ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)は、そもそもどういう意図だったのか。ペンコフスキーには最高指導者であるフルシチョフが危なっかしい人間に見えていたようだ。そんな信用できない人物が核のボタンを握っていては世界の破滅につながるかもしれない。そういった警戒心がペンコフスキーをソ連という国を裏切らせることになる。

元軍人のペンコフスキーは人一倍の愛国者でもあったはずだが、それ以上に世界を滅亡に近づけるかもしれない核戦争の脅威を恐れたのだ。ペンコフスキーには妻と娘がいて、さらに新しい命も授かったばかり。本作においては、それでも危険を冒してペンコフスキーが西側に情報を流そうとするのは、私利私欲ではなくもっと崇高な目的を抱いたものだとして描かれることになる。自分のことだけで精一杯という人間にとっては信じがたいこととも思えるのだが、そういう人たちによって歴史は作られるということだろうか。

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ドミニク・クック監督のインタビューでは、ペンコフスキーとウィンの関係が秘密のロマンスのようにも見えると語っている。もちろんそれは性的なものではないわけだけれど、ウィンがペンコフスキーの自己犠牲とも言える心意気に惚れていたということはあるだろう。そうでなければウィンはわざわざペンコフスキーを救出する無茶な作戦に参加しようなどとは思わないはずだから。『ブリッジ・オブ・スパイ』とか『工作 黒金星と呼ばれた男』でもそんなものを感じたのだが、スパイというものには裏切りはつきものだから、その中で培った関係は余計に強固なものになるのかもしれない。

バレエ『白鳥の湖』を見ながらふたりが涙する場面が印象に残る。ここではふたりは『白鳥の湖』のクライマックスを見ているわけだが、すぐにも自分たちのその後の人生を左右するクライマックスが待ち受けている。ふたりはバレエを見つつも、頭の中では予測がつかないその後の出来事が巡っていたのではないだろうか。スパイ映画としての派手さはまったくないのだが、なかなかハラハラさせるところもあるし、男が惚れる男の心意気を感じさせてちょっと熱くさせるものがあったと思う。

ウィンを演じたベネディクト・カンバーバッチにとっては、製作総指揮も兼務している分気合いが入ったのか、かなり追い込んだ役作りをしていて、それも本作の見どころとなっている。ウィンはソ連の監獄で約1年半も過ごすことになり、ようやくイギリスに戻ってきた時には、以前着ていたシャツの首回りがスカスカになるほどまで体重が落ちてしまっている。カンバーバッチはMCU作品なんかで忙しい中、ここまで体重を変化させるのは大変だったんじゃないだろうか(ラストに登場するグレヴィル・ウィン本人の姿よりもやつれて見えるほどだった)。それからウィンが飛行場でソ連側に拘束される時の演技もすごい。眼球をグルグルさせてビビっているのだが、役者はそんなことまでコントロールできるんだろうか。

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