『ブラックアダム』 肉体こそがヒーローの証

外国映画

『ジャスティス・リーグ』などのDCエクステンデッド・ユニバースの第12作。

監督は『エスター』などのジャウム・コレット=セラ

主演は『ワイルド・スピード』シリーズなどのロック様ことドウェイン・ジョンソン

物語

5,000年の眠りから目覚めた破壊神ブラックアダム。かつて彼の息子は、自らの命を犠牲にして父を守り、その力を父に託した。息子の命と引き換えに手に入れた”呪われた力”。ブラックアダムは苦悩と悔恨に苛まれながらも、息子を奪われた復讐心から、その強大な力を使い、現代の地球で破壊の限りを尽くす。そんな彼を人類の敵とみなし立ち向かうのは、スーパーヒーローチーム”JSA”!果たしてブラックアダムは人類の敵なのか!?彼が現代に蘇った本当の理由とは?

(公式サイトより抜粋)

肉体こそがヒーローの証

DCコミックのことはまったく知らないし、もっと言えば“ロック様”というニックネームを持つドウェイン・ジョンソンの映画もほとんど観たことがない(『レッド・ノーティス』くらいかも)。それでもあの肉体の充実ぶりを見ているとワクワクしてくる気もする。

アメコミのヒーローはなぜかみんな体に密着したスーツを着ることになっているらしい。スーパーマンにはスーパーマンの、バットマンにはバットマンの誰でも知っている独自のスタイルがあり、極端な話、衣装こそがヒーローの証みたいにも感じられる。

そんな意味ではほかのキャラクターは世間的にはあまり知られていないわけで、ヒーローとしてはちょっと分が悪い気もする。しかしながら、たとえば『アクアマン』はそのキャラクターのことはまったく知らなかったけれど、それを演じたジェイソン・モモアの肉体の凄みがあったからこそ、それだけでヒーローと感じられたように思う。正装なんかしなくても肉体こそがヒーローの証になってしまうのだ。

『ブラックアダム』のドウェイン・ジョンソンの肉体もそれと同じだろう。というか、それ以上の凄みがある。とにかくその筋肉の充実ぶりは異様なくらいで、黒いスーツに身を包んだドウェイン・ジョンソンが登場するだけでとても絵になる。そんな姿が拝めるだけで“ロック様”ではないけれどありがたい感じすらしてくるし、ブラックアダムが大暴れするだけで単純にスッキリする映画になっているんじゃないだろうか。

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

シャザムの宿敵?

原作のコミックでは『シャザム!』のヴィランとされているらしいブラックアダム。「シャザム!」というのは呪文の言葉で、それによって変身したり、その変身を解いたりすることになるらしい。『シャザム!』の場合は、その呪文によって少年がシャザムというヒーローに変身することになり、『ブラックアダム』の場合はその呪文によってブラックアダムに変貌を遂げることになる。

普通だったら変身後のほうをCGで作りそうなものだ。というのも、変身したほうは誰もが恐れるような力を持つ破壊神なのだから。ところが本作の場合、変身が解けた痩せた姿のほうがCG処理されていて、ブラックアダムの時の肉体は掛け値なしのドウェイン・ジョンソンの肉体となっている。やはりCGではどこか作り物めいた感があるわけで、ドウェイン・ジョンソンの肉体の凄まじさがあればこそのキャラクターとなっているのだ。

ちなみに『シャザム!』には、魔術師の「過去に間違った者に力を与えてしまって……」という台詞があったらしい(もう忘れてしまったけれど)。それがブラックアダムのことで、シャザムのほうは正義の味方ということになるのだろう。今後の作品ではシャザムとブラックアダムが対決することになるかもしれないけれど、シャザムはかなり子供っぽかった印象だし、コメディ寄りでそれほどの強さを感じられなかった。シャザムはブラックアダムに対抗するほどのキャラクターなのだろうかとかえって心配になってしまうくらい、ブラックアダムは凄みのあるキャラクターになっている。

ブラックアダムは、彼を眠りから覚ました考古学者アドリアナ(サラ・シャヒ)の息子アモン(ボディ・サボンギ)の部屋で大暴れすることになり、その部屋をほとんど破壊することになる。そこにはスーパーヒーロー好きのアモンが飾っていたDCコミックのヒーローたちのポスターが並んでいるわけだけれど、そんなヒーローたちをブラックアダムが一掃する。スーパーマンもバットマンもアクアマンもワンダーウーマンも一気になぎ倒すことになるのだ。MCUの大成功から比べるとなかなか分が悪いDCエクステンデッド・ユニバースだが、ほかのヒーローたちをなぎ倒してブラックアダムがDCを引っ張っていくということなのかもしれない。

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

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お節介なヒーローチーム?

ブラックアダムは凄い力は持っているけれどヒーローなんかになるつもりもない。かといって、世界征服を企む悪というわけでもない。久しぶりに眠りから覚めてみたらなぜか攻撃されたからやり返したというだけ。それがあまりに規格外の強さだったから、世界の警察官を自認する某国としては放ってはおけないということになる。

ブラックアダムの国カンダックは、現在、ギャングたちによって支配されているという設定だ。一般市民はそれによって不自由な目に遭っている。それでもそこには誰も助けに来てくれない。ところがそこにブラックアダムが現れると、どこからともなくJSA(ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ)というヒーローチームがやってくる。

一般市民からすればブラックアダムはギャングたちと闘ってくれる救世主みたいに見えたわけだが(本人はそんなつもりはないのだが)、それに横槍を入れることになるJSAはヒーローチームなのにかえって邪魔者になってしまう。正義を気取っているくせに、「今まで何もしてこなかったはどういうことだ」ということになるわけだ。これはもちろん現実世界のアメリカの姿が反映しているということだろう。

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

それでもJSAはヒーローを名乗るだけあってさすがにまったくの素人ではなく、特殊な力を持つ存在だ。というかキャラクターとしてはとても古くて由緒ある存在らしいのだが、今ではMCUのキャラと被ってしまうところがあるとも言える(真似したのはマーベルのほうみたいだが)。

リーダーのホークマン(オルディス・ホッジ)という正義漢はファルコンみたいだし、ドクター・フェイト(ピアース・ブロスナン)はドクター・ストレンジとそっくりだ。巨大化するアトム・スマッシャー(ノア・センティネオ)はアントマンに似ているし、紅一点のサイクロン(クインテッサ・スウィンデル)はストームに見えてしまう。サイクロンを演じたクインテッサ・スウィンデルはビジュアル的にはカッコ良かったのだが、活躍する場面がほとんどなかったのはちょっと残念なところ。

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

強さとおもしろさ

ブラックアダムは自分の力の使い道を見出せずに、途中でその能力を一度捨て、自ら力を封印することになる。個人的にはその段階で終わり、続編に引き継いでも良かったような気もした。その後のラスボスとの闘いは、最強と最凶の闘いといった感じで、どちらも強いのだけれどあまりおもしろみはないのだ。

あまりに強すぎるキャラというのはちょっと扱いに困るのかもしれない。ブラックアダムはほぼ弱点がなく何をやっても死にそうにないし、どれだけの敵と闘ったとしてもハラハラ感には欠けてしまうのだ。アモン少年を守るためにブラックアダムとJSAが力を合わせた場面が本作のハイライトとなったのは、アモンが殺されてしまうかもというサスペンスがあったからだろう。それに対してラスボスとの闘いは、ブラックアダムはほとんど失うものがないのだ(ドクター・フェイトは犠牲になったけれど)。

ドウェイン・ジョンソンは元プロレスラーだが、プロレスはエンターテインメント・ショーではあるけれど、相手を力でねじ伏せる“強さ”を求めるものでもある。その“強さ”という観点から言えば、ジュニア・ヘビー級のレスラーは力自慢の猛者ばかりのヘビー級のレスラーには敵わないだろう。

それでも観客の側からすれば、ジュニア・ヘビー級の試合のほうがおもしろみがあったりする。ヘビー級から比べたら“強さ”としては落ちるかもしれないけれど、ジュニアのほうが多彩な技があり派手な見せ場もあったりするからだ。

プロレスの観客が見たいのは“強さ”以上におもしろい試合なんじゃないだろうか。そして、それは映画だって同じことだろう。“強さ”は大事なのかもしれないけれど、おもしろみがなければエンターテイメントとしては物足りないのだ。

もちろんドウェイン・ジョンソンが演じたブラックアダムのキャラクターは魅力的だ。それでもその“強さ”をうまく活かせるような設定がなければ、“強さ”ということを強調するばかりの派手な破壊行為のような装飾が増えていくばかりなのかもしれない。最後にサプライズで顔を出す“あの人”も強いけれど、今後の作品で単に“強さ”だけで張り合うことにならなければいいのだけれど……。

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