『戦争と女の顔』 ふたりは一心同体?

外国映画

原案はスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』

監督・脚本はカンテミール・バラーゴフ。本作は長編2作目とのこと。

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でプレミア上映され、国際映画批評家連盟賞と監督賞をダブル受賞した。

原題は「Dylda」で、英語のタイトルは「Beanpole」となっている。

物語

1945年、終戦直後のレニングラード。第二次世界大戦の独ソ戦により、街は荒廃し、建物は取り壊され、市民は心身ともにボロボロになっていた。史上最悪の包囲戦が終わったものの、残された残骸の中で生と死の戦いは続いていた。多くの傷病軍人が収容された病院で働く看護師のイーヤ(ヴィクトリア・ミロシニチェンコ)は、PTSDを抱えながら働き、パーシュカという子供を育てていた。しかし、後遺症の発作のせいでその子供を失ってしまった。そこに子供の本当の母であり、戦友のマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)が戦地から帰還する。彼女もまた後遺症や戦傷を抱えながらも、二人の若き女性イーヤとマーシャは、廃墟の中で自分たちの生活を再建するための闘いに意味と希望を見いだすが

(公式サイトより抜粋)

原案となった本は?

本作には原案とされているものがあって、それが『戦争は女の顔をしていない』という本だ。不勉強で知らなかったのだが、この本を書いたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチという女性は、ジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞したとのこと。

『戦争は女の顔をしていない』という本は、アレクシエーヴィチが第二次世界大戦に従軍した100万人の女性のうちの500人以上から聞き取りを行って書いた証言集のようなものらしい。この本は日本でも漫画化されてみたり、NHKの「100分で名著」という番組で取り上げられたりして、とても話題となっていたらしい。

『戦争は女の顔をしていない』は、個人の証言集であって物語性はないものなのだろう。この中のエピソードでは、戦争で一番恐ろしいのは何かという問いに対して、ひとりの女性は「死ぬこと」ではなくて「男物のパンツをはいていること」だと答えたとか。女性ならではの目線で戦争が捉えられているということなのだろう。映画『戦争と女の顔』はこの本を原案として、ふたりの女性の物語が描かれることになる。

のっぽさんとマーシャ

冒頭は主人公のイーヤ(ヴィクトリア・ミロシニチェンコ)が固まってしまうところだ。これは彼女が戦争で受けたケガの後遺症らしい。その発作が起きるとイーヤはその場で固まってしまう。その時、イーヤの中では何かしらのノイズによって外部が遮断される。そうすると彼女は何もできず、ただ動けずに時を過ごすしかなくなってしまうのだ。

この冒頭シーンでは中心にイーヤがいて、周囲では病院の看護師たちが忙しなく働いている。イーヤはその中心で動けなくなって固まっているわけだが、その位置関係がおかしくも感じられる。イーヤの顔の位置からすると、周囲の看護師たちがやけに遠くに見えるのだ。これは単純にイーヤがほかの女性たちと比べるとずば抜けて背が高いということを示しているのだが、ちょっとシュールな画にも見える。イーヤはその体格から“のっぽさん(Beanpole)”と呼ばれているのだ。

イーヤにはパーシュカという子供がいるのだが、子育て中に例の発作が起きるという事故によってパシューカは亡くなってしまう。そこへ戦友であるマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)が戻ってくる。実はパシューカはマーシャの息子であり、イーヤは彼女からパシューカを託されていたのだ。

不思議なのは、マーシャが自分の息子パシューカが死んでしまったことに対し、その後触れることがないところだろう。それどころかマーシャはイーヤに踊りに行こうと言い出し、マーシャは声をかけてきたサーシャ(イーゴリ・シローコフ)という若者と車の中でセックスをすることになる。

(C)Non-Stop Production, LLC, 2019

それぞれが抱えるPTSD

最初はマーシャのこの態度に腑に落ちないものを感じていたのだが、この時点ではマーシャも何かしらのPTSDを抱えているということがわからなかったからだろう。

『戦争と女の顔』では、第二次世界大戦後のソ連が描かれる。ソ連は攻め込んできたドイツと激戦を交えた。それに関しては映画『スターリングラード』に詳しく描かれていたが、ソ連は何とか勝利したものの、すぐに普通の生活が戻ってくるわけもない。本作では戦場は一切描かれないのだが、戦場も地獄だったのかもしれないけれど、戻ってきてもそれとはまた別の地獄が待っていたという状況なのだ。

印象的なのは戦争の英雄として戻ってきたステパン(コンスタンチン・バラキレフ)のエピソードだ。彼は武勲を立てて英雄となったものの、戦闘の中で傷を負い四肢麻痺の状態にある。自分では動くことすらできないのだ。

ステパンには3人の子供がいたが、その中のひとりは亡くなったらしい。昨今のウクライナの情勢なんかを見ていると、一般市民が空爆で家を破壊され避難を余儀なくされるような状況が当たり前のように起きているわけで、独ソ戦においてそうした悲劇が起きたとしても何の不思議もないだろう。そして、ステパンは家族の重荷になることを避けるために、自ら死を選択することになる。

ステパンは自らの力では自殺することも叶わないわけで、それを誰かに依頼するしかない。その際、それを依頼された院長(アンドレイ・ヴァイコフ)の言葉も残酷だ。医者が患者を殺すわけにはいかないということもあるが、院長はステパンの奥さんに枕で口元を押さえればその望みは叶うなどと突き放すのだ。そういうことはこれまでにも度々起きていたということなのかもしれない。最終的には院長は死の薬を用意し、イーヤがそれをステパンに注射することになる。

劇中ではそのほかにも、路面電車に轢かれて自殺する人が続出していることも描かれている。戦争は終わっても戦争によって生じた傷跡はその後もずっと続いていくということが示されているのだ。イーヤはわかりやすい病気を抱えているけれど、マーシャは普段は見えないけれど、何かしらPTSDを抱えているということなのだろう。それがパシューカの死に対する無反応となったりもするし、時に急に暴力的になったりする異常さに表れているのだろう。マーシャがドレスを着てクルクルと回る姿は最初は微笑ましいのだが、それが度を越して異様にはしゃぎまわることになると、何かしらの狂気さえ感じられるようになるのだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

(C)Non-Stop Production, LLC, 2019

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ふたりは一心同体?

後になって振り返れば、マーシャがパシューカの死を知った後にセックスを求めたのは、新しい子供が欲しかったからだとわかる。戦場でマーシャに何があったかはわからないけれど、マーシャは何かしらの空虚を抱えて戻ってき、それを埋めるために子供を求めたのだ。しかし、マーシャは戦争中に爆撃を受け、子供が産めない身体になってしまったらしい。そのことがマーシャにある企みを抱かせる。

マーシャは自分の代わりにイーヤに子供を産ませようと考えるのだ。イーヤはパシューカを殺してしまったという負い目を抱えているから、マーシャから子供を産んでほしいと言われた時、それを受け入れざるを得なくなる。

ふたりの関係はちょっと不思議だ。ふたりは別々の人間でありながら一心同体のようでもある。イーヤはマーシャの子供であるパシューカを自分の子供のように育てていたし、子供を産んでほしいと言われた時も「独りで?」と返していて、ふたりで一緒に育てるならばそれを受け入れてもいいと言わんとしているかのようだ。

イーヤはもしかするとマーシャに対して同性愛的な感情があったのかもしれないし、「主人になりたい」と言っているところからすると家族を求めていたということでもあるのかもしれない。子供を授かるための手段としてのセックスの場に、イーヤはマーシャがいてくれることを望んだ。このシーンはふたりが一緒になって種馬代わりの院長に抱かれることになるわけで、どこかでイーヤはマーシャと一体化したいとでも感じているようでもあった。

(C)Non-Stop Production, LLC, 2019

結局、イーヤが子供を授かることはなかったけれど、ラストはふたりが改めて絆を確認する形で終わる。マーシャにはお坊ちゃまであるサーシャと結婚するという未来もあったはずだ。ところがサーシャの家でのマーシャに対する態度は酷いものだった。“戦地妻”となったマーシャに対し、サーシャの母親は差別的な意識で接するのだ。マーシャは戦場から生きて帰るためにそうした手段を選んだわけだけれど、それは銃後の世界にいた人には理解されないということなのだろう。

監督のカンテミール・バラーゴフが公式サイトの「反戦メッセージ」のページに寄せているように、「戦争より悪は存在しない」ということは大前提だ。それを最初に断っておくとして、どこで読んだのか忘れてしまったけれど、ベトナム戦争で唯一いいことがあったとすれば、それは戦地ではみんなが平等で、黒人も白人も一緒に戦って仲間意識を持つことができたことだったとか。

戦争なんてことはしないに越したことなないのだけれど、戦地で戦うことで生まれた副産物として、そうしたいい面がなかったわけではないということらしい。

本作のイーヤとマーシャの関係もそうしたものだということだろうか? ふたりのその後がどうなるかはわからないけれど、互いに助け合う関係が続いていくであろうことは見てとれるわけで、そこにはわずかに希望を感じさせるのだ。

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