『3つの鍵』 時の功罪

外国映画

原作はイスラエルの作家エシュコル・ネヴォ『三階-あの日テルアビブのアパートで起きたこと』

監督・脚本は『息子の部屋』などのナンニ・モレッティ

カンヌ国際映画祭ではコンペティション部門に出品された。

物語

ある夜、建物に車が衝突し女性が亡くなる。運転していたのは3階に住む裁判官夫婦の息子アンドレアだった。2階のモニカは夫が長期出張中のため一人で出産のため病院に向かう最中で、1階の夫婦は仕事場が崩壊したので娘を朝まで向かいの老人に預けることにした。小さな選択の過ちが、予想もしなかった家族の不和を引き起こし、彼らを次第に追い詰めていく。

(公式サイトより抜粋)

派手な導入部

冒頭、いきなり交通事故が起きる。暴走した車は路上で女性をなぎ倒し、そのまま建物の壁を突き破って止まる。事故を起こしたのは3階に住む裁判官夫婦の息子だった。激突された部屋に住んでいたのはルーチョ一家。そして、出産のために病院へ向かう際に、たまたま事故を目撃していたのは、やはり同じ建物に住むモニカだった。

本作は同じ建物に住む3つの家族が描かれることになる。実際には3つの家族が密接に交わるということはないのだが、同じ場所を共有する3家族の出来事が並列で描かれていくことになる。

しかも本作はその出来事があってから5年後、10年後と進んでいき、それぞれの家族の行く末を見つめていくことになる。冒頭からして派手な入り方だし、それぞれの家族が問題を抱えていることもあって、エピソードは満載だ。

(C)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

それぞれが抱えた問題

裁判官夫婦の場合

裁判官夫婦の問題は息子だろう。冒頭の事故で飲酒運転の上で人を轢き殺してしまったアンドレア(アレッサンドロ・スペルドゥティ)は、それでも自分はどうにかなると考えている。両親共に裁判官だから裁判でうまく判決を操作できるなどと考えているほど甘ちゃんなのだ。

当然ながらそんなことはできるわけもなく、厳格な父親(ナンニ・モレッティ)がアンドレアを突き放すと、逆ギレした彼は父親に暴力をふるうことになる。本当にどうしようもない呆れるほどのバカ息子なのだが、母親のドーラ(マルゲリータ・ブイ)はそんな息子のことが心配でたまらないのだ。

(C)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

ルーチョの場合

ルーチョ一家の問題は、まだ幼い娘フランチェスカのことに関わってくる。ルーチョ(リッカルド・スカマルチョ)も奥さんのサラ(エレナ・リエッティ)も忙しくフランチェスカを面倒を見てくれる人が必要で、ルーチョはその役割をお向かいのおじいさんに頼むのだが、そこである問題が生じる。おじいさんは認知症気味で、ある夜、フランチェスカと一緒に迷子になってしまうのだ。

結局、ふたりは近所の公園で発見されることになるのだが、その時の様子がちょっと変で、ルーチョはおじいさんがフランチェスカにいたずらをしたのではないかという疑心暗鬼に駆られることになる。

モニカの場合

モニカ(アルバ・ロルヴァケル)はその建物に独りで住んでいる。というのも旦那(アドリアーノ・ジャンニーニ)は単身赴任でいつもどこかに行っているからだ。冒頭の交通事故の後、モニカは無事に出産し、娘と一緒にその建物に戻ってくる。それでも忙しい旦那はなかなか戻って来れず、モニカは独りで娘を育てていくことになる。

モニカの問題はそうした孤独感に加えて、母親の病気のことがある。母親は精神的に病んでいて、モニカは自分も母親と同じようになるのではという不安に駆られているのだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

(C)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

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10年の月日が導くのは?

原作では同じ建物に住む人々の“ある1日”だけが描かれているらしい。映画ではそれに前日譚や後日談を加える形で10年の月日を描いていくことになる。

10年という時間は長い。子供もあっという間に大人びてくるし、亡くなる人も出てくることになるし、建物には改修が必要になってくる。その間に問題も色々と様変わりすることになる。

ルーチョが隣人のおじいさんに抱いていた疑惑は、別の問題へと発展する。おじいさんの孫娘シャルロット(デニーズ・タントゥッチ)が登場し、ルーチョが抱いている疑惑の解明を匂わせて接近してくるからだ。これは昔からルーチョのことが好きだったシャルロットの嘘だったのだが、“あの夜”に娘に何が起きたのかを知りたいルーチョはその誘惑に乗ってしまう。しかし、そのことは隣人家族にとっては“あの夜”の出来事の仕返しのように見え、ルーチョは未成年と性交渉を持ったということで告訴されることになってしまうのだ。

(C)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

また、裁判官夫婦と息子アンドレアの問題は、アンドレアが逮捕され刑務所に入っている間に別の形になっていく。バカ息子の存在が問題なのは明らかなのだが、あまりに厳格すぎて息子に歩み寄ろうとしない父親の方にも問題はある。父親は自分の進むべき道があり、そこから離脱することは許せないという堅物なのだ。

奥さんのドーラとしては旦那を取るか、息子を取るかという判断を迫られることになる。とはいえ息子は刑務所だから旦那を取るほかないのだが、その旦那は10年の間に亡くなってしまう。そうなるとドーラが旦那から精神的に自由になれるか否かに論点が移行していく。ドーラは亡くなった旦那と留守番電話を通して会話をすることになる。

とにかく盛りだくさんでここですべてを追うことはできないのだが、10年の時間をかけてようやく解決することがあるということだろうか。ドーラは旦那の支配から解放され、息子アンドレアとの関係にもわずかによい兆しが見えてくることになる。

ルーチョはシャルロットとの裁判沙汰もあって、奥さんとは離婚することになりつつも、フランチェスカのことは見守っている。そして、フランチェスカがスペインへの留学で家を離れることになって、ようやく“あの夜”の出来事について本人に聞くことができる。フランチェスカは笑ってそれを否定することになるのだが、ルーチョはそれを聞くまでに10年の時間を要したということになる。

それに対してモニカの場合は、10年という長い年月をかけ、孤独感は大きくなっていく。モニカは娘から自分が“未亡人”と呼ばれていることを知らされる。旦那はそれほどモニカを独りにしているということだ。

5年後の場面だったか、旦那の兄貴(ステファノ・ディオニジ)が詐欺の容疑で指名手配されるということがあり、モニカの家に忍び込んでくるというエピソードがある。多分、これはモニカの妄想だったのだろう。旦那の話と食い違うところがあったのは、モニカが妄想の中で話を構築しているからなんじゃないだろうか。しかし、そんな犯罪者でも誰かがそばにいて欲しいという思いが妄想を育んだということだ。

モニカは2人目の子供を産んだにも関わらず、最終的には狂気に陥りすべてを放り出して家を飛び出していくことになる(狂気のアルバ・ロルヴァケルが赤毛を風をなびかせて歩いていくラストは印象深い)。「時が解決する」こともあるけれど、モニカの場合は時はゆっくりと精神を蝕んでいくことになったのだ。

(C)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

らしくない?

ナンニ・モレッティの作品はいくつかしか観ていないのだけれど、パルムドール受賞作の『息子の部屋』は悪くはなかったけれどパルムドール作品としてはそれほどインパクトがなかったとも言えるかもしれない。

世評ではナンニ・モレッティは「イタリアのウディ・アレン」と呼ばれているらしい。私がたまたま観た『ナンニ・モレッティのエイプリル』という作品はまさにそんな感じで、映画監督であるナンニ・モレッティという登場人物がのべつ幕なししゃべり続ける。ミュージカルを撮るとか言いながらそれを果たせずに、イタリア政治のドキュメントを撮ると言い出し、ところが私生活では子供が産まれるとそっちのほうに付きっ切りで仕事にならなくなっていく。

カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『親愛なる日記』という作品は観ていないけれど、似たような作品なのかもしれない。『ナンニ・モレッティのエイプリル』も特段筋らしい筋もなく、日記風にゆるく展開していく。そんな感じがナンニ・モレッティの味なのかもしれないのだが、『3つの鍵』は初めての原作物だったらしく、色々と詰め込み過ぎて、自由にやっている部分がなく、“らしさ”を消していたような気もする。決してつまらないわけではないのだけれど……。

とはいえ、役者陣の顔ぶれはアルバ・ロルヴァケルを除いてほとんどが新鮮で、そのあたりは楽しめる。メグ・アイアン風(?)に見えなくもないドーラ役のマルゲリータ・ブイも良かったし、青いギョロ目のルーチョ役リッカルド・スカマルチョの濃い顔もいい。そんなルーチョを誘惑することになるシャルロットを演じたのはデニーズ・タントゥッチ。ルーチョに拒否されそうになると「私が魅力的じゃないからダメなのね」みたいにごねることなるのだが、誰が見ても若くて魅力的な女性だったと思う。

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