『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』 架空の世界に無国籍な美女が集う

外国映画

『ツバル』『世界でいちばんのイチゴミルクのつくり方』などのファイト・ヘルマー監督の最新作。

原題は「the bra」。邦題はドリカムの曲にでもかけたんだろうか?

ガラスの靴ではなくて青いブラジャー

貨物列車の運転士ヌルラン(ミキ・マノイロヴィッチ)が青いブラジャーの持ち主を探すというのが本作の大筋。

シンデレラのガラスの靴の代わりになっているのが、青いブラということになる。さらに本作が独特なのは登場人物たちが台詞を発しないところ。無声映画とは違って声を出したり笑ったりはするのだが、意味のある言葉は発せずにコミュニケーションをしているのが妙なのだ。

だからヌルランが女性たちに青いブラを差し出すと、「私の物ではないですよ」と否定したりはせずに、そのブラを身に着けてみて確認してみせることになる。これもシンデレラ的な確認作業なのだけれど、本作にはそれによって王子様と結婚して幸せになったりするわけではない。主人公のヌルランはリタイア間近の普通のおじさんなのだから。

(C)VEIT HELMER FILMPRODUCTION

ファンタジーの世界

青いブラがヌルランの手に渡ったのは、彼の運転する貨物列車にそれが引っかかっていたから。この貨物列車は雄大な草原のなかを走っていくのだが、一部は江ノ電のようにほとんど民家すれすれのような場所を突っ切っていく。

住民たちは線路を憩いの場として使っていて、テーブルを置いてゲームに興じてみたり、洗濯物を干す空間にもしている。そのままだと列車は通れないわけで、信号が変わるとある少年が笛を吹きつつ線路を走り、住民たちに危険を知らせることになっているのだが、色々な物が引っかかるのは日常茶飯事になっているのだ。

『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』が撮影されたのはアゼルバイジャンらしいのだが、本作を観ていると架空の世界の出来事に感じられる。誰もが禁欲的なまでに言葉を発しないところも変だし、見知らぬおじさんが下着を持って現れてもすんなりと受け入れられてしまったりもするからだ。線路から人払いをする仕事を担っている少年は、犬小屋のなかに住んでいるというのもファンタジーの世界だからこそだろう。

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寂しいおじさんが得たものは?

ヌルランが青いブラに執着しているのには理由がある。ヌルランは運転士の仕事を新人運転士(ドニ・ラヴァン)に引き継いでいて、生き甲斐のように感じていた仕事がなくなることに寂しさを感じているように見える。これがあくまでも推測なのは、本作は説明的な台詞が一切ないために、心情は勝手に推し量るしかないからだ。

そんなころヌルランは近所に住む女性を嫁にもらおうと、家電製品なんかを贈答品として持っていくのだが、嫁取りは失敗してしまう。そんな傷心のときに列車のなかからたまたま覗いてしまったのが、顔の見えない青いブラの女性の姿だったのだ。

だからそれを手に入れたヌルランは、その持ち主と結婚したかったのかもしれない。ただ、最終的にはそれはあきらめて、犬小屋に住んでいた少年と一緒に家へと帰っていく。ふたりは一緒に暮らすことになるのだろうし、それでヌルランの引退後の寂しさも紛らされるんじゃないだろうか。

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ファイト・ヘルマーという監督

本作はほとんどひとつのアイディアで引っ張るところで無理やり感は否めないのだが、ほのぼのしていてところどころでクスッとさせる。個人的にはファイト・ヘルマー監督の長編デビュー作『ツバル』は、独創的で美しい世界を造形している傑作(それでいてとても楽しい作品)だと思っているので、その出演者でもあるドニ・ラヴァンとチュルパン・ハマートヴァがゲスト的に顔を出しているだけで嬉しくなった。

ファイト・ヘルマーの作品は現実世界とはちょっと変わった架空の世界を舞台にしていて、そこに集う人々も無国籍感が漂う。たとえば『ゲート・トゥ・ヘヴン』は、ドイツの空港が舞台となるわけだが、主役はインド人女性で、その相手役はロシア人の不法入国者という組み合わせで、ドイツ映画とは思えない無国籍感だった(ファイト・ヘルマー自身はドイツ人)。『ブラ!ブラ!ブラ!』に登場する美女たちもスペイン、フランス、ルーマニア、ブルガリアなど多彩な面々が揃っていて賑やかだった。

ファイト・ヘルマーは乗り物が好きなんだろうと思う。『ツバル』では蒸気船が登場し、『ヘヴン』では飛行機そのものが舞台となっていたし、『世界でいちばんのイチゴミルクのつくり方』では子供たちが清掃車やトラクターを暴走させる話だった。本作でも緑色の貨物列車がとても丁寧に撮られていたのが印象に残る。

都内の単館上映という公開だけれど、もっと知られてもいい人なんじゃないかとも思う。とりわけ『ツバル』は一度観てみても損はない。

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