『PITY ある不幸な男』 “悲劇の主人公”は気持ちいい?

外国映画

脚本は、『籠の中の乙女』『ロブスター』などのヨルゴス・ランティモス作品の脚本を書いたエフティミス・フィリップ

監督は新鋭のバビス・マクリディス

昨年10月に劇場公開され、今月になってソフト化された。

“悲劇の主人公”は気持ちいい?

名前を与えられていない主人公の弁護士(ヤニス・ドラコプロス)は、朝から声を上げて泣いている。というのも、彼の妻(エヴィ・サウリドウ)が不慮の事故によって病院で昏睡状態にあるからだ。

弁護士は仕事が終わると病院へと駆けつけ、妻に優しく語りかける。その姿はとても真摯なものに映る。本作では弁護士とその妻との過去が明かされることはないのだが、二人はとても愛し合っていたんだろうと思わせるような態度にも見える。

ところが話が進んでいくにつれて、次第にそれは否定されることになるとも言える。弁護士は昏睡状態にある妻に尽くしているし、妻を襲った不運な出来事を悲しんでいる。それは確かだと思えるのだが、それ以上に、彼は“悲劇の主人公”になることに快感を抱いていることがわかってくる。弁護士にとっては涙を流すことこそが快感になっているのだ。

(C)2018 Neda Film, Madants, Faliro House

普通とはかけはなれた感覚

いかにも実直そうで、堅物とも見える弁護士は、世間的には成功者なのだろう。海辺の瀟洒な家からは、すぐそばに海の風景が広がっている。わざわざバカンスに出かけなければ見られないような、素晴らしい風景が見える場所に居を構えているのだ。そして彼には美しい妻がいて、ひとり息子(ニコス・カラタノス)にも恵まれている。傍から見れば何の問題もない弁護士の生活だが、それでも彼はどこか病んでいるのだろう。そのことが泣くことへの執着につながっている。

人の不幸は蜜の味」とも言うけれど、この言葉は自らも不幸を抱えている人だけに当てはまるものなのかもしれない。自分が恵まれた環境にいる時には、周囲の人の不幸はかえって気まずい要素になるからだ。主人公の弁護士も独白するように、不幸に遭遇した当人に対し、他人が言えることは限られている。「何と言っていいのか」とか、うやむやにやり過ごすのが普通だろう。

だから、弁護士の階下に住む奥さんはちょっと変わった人なのかもしれない。もしかすると人がいいのかもしれないけれど、階下の奥さんはオレンジケーキを焼いて毎朝届けてくれる。そんな彼女の優しさにやられたのか、弁護士は彼女の同情を待ちわびることになる。

こうした感覚も普通とはかけはなれているようにも感じられる。自らの不幸に関して、あまり親しくもない人から慰められたりするのは、「面倒だし、イヤだ」という感覚のほうが一般的とも思えるのだが、弁護士は同情を買いたくてたまらないのだ。

いつも彼のことを気をかけてくれるクリーニング屋では、弁護士はわざわざ喪服らしき黒いスーツをクリーニングに出す。「昏睡状態の妻はまもなく死のうとしている」ということを仄めかせ、店主からさらに同情を買おうとしているのだ。弁護士にとっては、悲しみに浸り、他人からの同情を集めることが快感となっているのだ。

(C)2018 Neda Film, Madants, Faliro House

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幸福は苦痛?

本作は前半と後半の2部構成になっている。作品冒頭でも部屋の雨戸(?)が自動で開き、海と青い空の風景が広がるシーンがあり、それは後半の最初でも繰り返される。前半と後半での違いは、弁護士の妻が昏睡状態にあるか否かという点だ。

作品冒頭では青い海が見える風景の中で、弁護士はひとりで泣き咽んでいるわけだが、後半になると奇跡が起きて妻があっさりと自宅に戻ってきてしまい、弁護士は自分が泣けなくなってしまったことに愕然としているのだ。

前半で明らかになったように、弁護士はちょっと変わっている。というよりもほとんど異常者と言ってもいいのかもしれない。そんな弁護士にとって、妻が快復してしまったことは逆に好ましくないことなのだろう。なぜなら泣けなくなってしまうから。

弁護士にとっては不幸こそが快感であり、幸福は苦痛なのだから。それにしてもこの感覚を理解できる人はいるのだろうかとも思う。これは“悲劇の主人公”という境遇に酔うというレベルを超えていて、理解不能にも感じられるからだ。

弁護士は演技について語っている。『チャンプ』と思しき映画の子役だけは例外的によかったという話は、どんな役者の演技も泣きの演技となると嘘っぽくなるということだろう。逆に言えば、本当に悲しければ、悲しい演技も可能になるということでもある。となると、泣けなくなった弁護士が泣けるようになるためには、本当に悲しいことを引き起こせばいいということになる。

というわけで、ラストでは悲劇が起きることになるけれど、前半部ですでに弁護士の異常さを感じている観客としては、そのラストの出来事も当然のものと見えてしまって面白みが感じられなかった。

(C)2018 Neda Film, Madants, Faliro House

堅物男は実は……

注目点としては、ヨルゴス・ランティモスの作品『籠の中の乙女』、『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』の脚本家が脚本を担当しているというところだろう。『聖なる鹿殺し』の時も「笑えないコメディ」と書いたのだが、本作もコメディを狙っているのだとしてもちょっとハズしている。

弁護士は危篤状態にある妻に対して歌をつくりそれを朗々と歌い上げるのだが、それを聴かされる息子と同様に、観ている側もそれを笑っていいのか戸惑うことになる。ヨルゴス・ランティモス作品もそうだけれど、『PITY ある不幸な男』も悪趣味な部分があるから、あまり人にお薦めできるような作品ではないと言えるかもしれない。

いかにも堅物に見える本作の主人公を見て、何となく思い浮かべたのは『コントラクト・キラー』だった。この映画ではジャン=ピエール・レオがいかにも憂鬱そうな男を演じているわけだが、その後の展開は憂鬱そうな男の意外な側面が見えてくるところがよかった。それと比べると、本作は堅物に見える男が、そのまま堅物だったというもので、あまり意外性がなかったかもしれない。

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