『夜を走る』 あるいは狂って極楽へ

日本映画

監督・脚本は『教誨師』などの佐向大

本作は『教誨師』(2018年)の前から企画されていたもので、本来はこちらが大杉漣初のプロデュース作品となるはずだったとのこと。

物語

郊外のスクラップ工場で働くふたりの男。
ひとりは40歳を過ぎて独身、不器用な性格が災いして嫌味な上司から目の敵にされている秋本。
ひとりは妻子との暮らしに飽き足らず、気ままに楽しみながら要領よく世の中を渡ってきた谷口。
退屈な、それでいて平穏な毎日を過ごしてきたふたり。しかし、ある夜の出来事をきっかけに、彼らの運命は大きく揺らぎ始める……。

(公式サイトより抜粋)

ふたりの主人公

主人公は秋本(足立智充)という冴えない男なのだろうと思っていたのだが、映画が終わってみるともうひとりの谷口(玉置玲央)のほうも同等の存在であり、洗車シーンから始った映画が洗車シーンで終わり、それに乗っていたのが谷口だったところからすると、視点は谷口のほうにあるとも言えるのかもしれない。

ふたりは正反対のように見える。秋本は不器用だが、谷口は世渡り上手だ。秋本はいつも本郷(高橋努)という上司からキツく当たられているのだが、谷口はその本郷をうまくなだめて、秋本に助け船を出したりもする。しかしながら、ふたりがそんな日々に退屈している点は共通しているのだろう。佐向大の前作『教誨師』に倣えば、ふたりは空虚を抱えていると言ってもいいのかもしれない。谷口が秋本のことを気にしているようにも見えるのは、どこかで自分と似たものを感じているからなのだろう。

本作では、秋本と谷口のふたりがある事件を引き起こすことになるのだが、そのことは郊外のスクラップ工場という狭い世界を一変させることになる。しかし、その中で唯一変わらなかったのが谷口であり、一番変化していくのが秋本と言える。

洗車機に入ると周りが動き出して車を洗ってくれることになるが、内部から見ていると周囲が動いているから自分が動いているようにも見える。しかし、実際には車は停まったままだ。これと同様に、スクラップ工場は一変してしまうから何かが変わったようにも思えるのだが、谷口は変わらずに同じところにいるのだ。

(C)2021「夜を走る」製作委員会

異様な後半部

事件は職場にやってきた営業の女性・橋本理沙(玉井らん)とのトラブルから生じる。秋本と谷口はこの理沙を殺してしまうことになる。最初に理沙を殴ったのは秋本だが、恐らく殺したのは谷口なのだろう。谷口には浮気相手もいてそれなりに遊んでいるのだが、それでも何かしらの鬱屈を抱えている。それが谷口自身も拒絶された理沙を殺してしまうことにつながっているのだろう。

そして、ふたりはその罪を逃れるため、死体を上司の本郷の車へ乗せ、自分たちの罪を他人になすりつけることになるのだ。本作はこの出来事をきっかけにして、かなり趣きを変えていくことになる。

本作はかなり以前から企画されていたようだが、後半部分はまるごと変更されたのだという。この変更された後半部分が本作を異様なものにしている。その展開はなかなか突飛なものだ。というのは、秋本はこの事件をきっかけにして社会から離脱していき、映画の中で描かれていることが現実なのか夢なのかわからないような展開をしていくからだ。

前半部の秋本は自信がなくて常にオドオドしているようでもあった。それが後半の秋本は一変する。ここには狂気が関わっているだろう。殺人という罪を犯してしまったふたりだが、その心理的負担をもうまくやり過ごすことのできる谷口に対し、秋本はそれに押しつぶされる。それが秋本を壊すことになるのだが、その壊れかけの秋本にある要素が加わり、秋本は生まれ変わることになるのだ。

(C)2021「夜を走る」製作委員会

新しい自分に生まれ変わる

秋本を変えるのは「ニューライフスタイル研究所」という場所だ。ここは一種の新興宗教で、そこでは自己啓発セミナーのようなものが展開されている。社会をうまく生きられない人の受け皿になっているのがこの研究所であり、そこでは教祖とも言える美濃俣有孔(宇野祥平)によって、誰もが優しく受け入れられることになる。社会において鬱屈を抱えていた人たちはその場所でそれを吐き出し、そうした負の感情もすべて受け入れられ、自分たちを肯定されることで居場所を見出すことになる。

秋本もそこで教祖の美濃俣と出会い、自分を肯定することができるようになる。おもしろいのはこの後で、秋本はその研究所からも占め出されることになってしまう。そこも結局は誰もが受け入れられる場所ではなかったということだ。社会からこぼれた人の受け皿だった研究所だが、秋本はそこにも馴染むことができず、独自の世界へと突き抜けていくことになる。

そうしてわけのわからない自己肯定感を抱くようになった秋本は、なぜか女装をし始め、奇妙なダンスを披露するかと思えば、教祖を銃撃するなど、完全に狂ったようになっていく。ただ、この狂気は本人にとっては幸福なのかもしれない。かつては常にマスクをして暗い表情だった秋本だが、後半になるとヤクザの前でもヘラヘラ笑っていられるほど多幸感に支配されているからだ。

(C)2021「夜を走る」製作委員会

生き永らえて地獄を見るか

そもそも秋本を「ニューライフスタイル研究所」へと導いたのは、秋本のドッペルゲンガーだった。そのことだけでも異常だが、後半の狂った秋本はもはや非現実的な存在とも言える。

ラスト近くで、秋本は谷口の家に入り込み、その家族の風景をベランダから覗くことになる。そして涙を浮かべることになるのだが、その後、夜が明けたベランダには秋本はいない。カメラはそのまま外に進み、ベランダの向こうの様子を窺うことになるが、このシーンでは飛び降りた秋本の死体を見せてくるのかと私には思えた。実際には秋本はベランダから消えてしまっただけだが、このシーンは秋本が非現実的な存在となっていることを示しているのだろう。

本作はそのあたりは曖昧にしている。秋本が教祖を襲撃した時の弾痕は残っているから現実とも言えるのだが、一方で秋本の狂い方は現実離れしているわけで、そんな秋本が生きていける場所はこの世に存在しないようにも感じられるのだ。

(C)2021「夜を走る」製作委員会

事件のおかげで谷口の職場のスクラップ工場は一変する。秋本は早々に仕事を辞めるし、本郷は逮捕される(ついでに言えば、社長はカツラだったことがバレてしまう)。そうした中でも谷口は未だに仕事を続けているし、警察からの嫌疑も乗り切ることになる。周囲は一変してしまったけれど、谷口自身は少しも動いておらず、何も変わらないのだ。だから、元から抱えていた空虚も変わっていないと言える。もしかすると谷口は変わることのできた秋本を羨んでいるかもしれない。

警察の事情聴取から帰ってきた谷口が妻・美咲(菜葉菜)から言われたことは、「わたしが(あなたを)裏切ったことがあった?」ということだった。実際には美咲が浮気をしていることを谷口は何となく知っているのだろう。しかしながら「娘を守る」という点では美咲の言うことに真っ当な部分があるからだろうか、谷口は欺瞞の夫婦生活を続けることを同意することになる。ラストはサービスエリアでのありふれた家族の団欒風景なのだが、それは谷口にとっては生き地獄のようなものだろう。

本作は閉塞感に満ちた日本の社会を描いているが、その対処法として谷口と秋本のふたつの方法が挙げられることになる。つまりは谷口のように生き永らえて地獄を見るか、あるいは秋本のように狂って極楽へと至るか。どちらにしても夜明けが来るのはまだまだ先になるということなのかもしれない。

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