『世界の涯ての鼓動』 生と死の距離を越えて

外国映画

『ベルリン・天使の詩』などのヴィム・ヴェンダース監督の2017年の作品。
原題は「Submergence」で、「潜水」とか「没入」という意味。

物語

ダニー(アリシア・ヴィキャンデル)とジェームズ(ジェームズ・マカヴォイ)は、ノルマンディーの海辺のホテルで出会う。すぐに恋に落ちたふたりは、5日間を一緒に過ごすことになる。しかし、ダニーは仕事でグリーンランドの海に行く必要があったし、ジェームズはMI-6 の諜報員としての仕事をダニーに説明することもできない。結局ふたりは別れ、それぞれの仕事に戻ることになる。

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ダニー/海の底に生命誕生の秘密が?

ダニーの仕事は生物数学者。その学問が何をするのかはわからないのだが、生命誕生の秘密について探っているらしい。ビル・ゲイツがお薦めしている『生命、エネルギー、進化』という本によると、生命の誕生は深海のアルカリ熱水孔付近で起きたということらしい。私には化学的な説明は難しかったが、地球のエネルギーが持続的に供給される場所だからこそ、最初の生命が誕生したということらしい。

ダニー曰く、海のなかはいくつもの層に分かれていて、最初は陽の光が差し込み生命にあふれる層があるのだが、それより下に潜ると暗闇の層がある。そこは真っ暗で何も見えず、「ハデス」とも呼ばれる場所だ。つまりは「冥界」であり、死者たちの世界ということになる。

しかし、それを越えた層に行くと別世界が開ける。そこは砂漠のなかのオアシスのような場所で、アルカリ熱水孔の周囲には様々な生命が蠢いている。ダニーはそこに生命誕生の秘密を見出し、その証拠を手に入れようとしていたのだ。

ジェームズ/死と隣り合わせの世界に生きる

ジェームズは諜報員として爆弾テロを阻止するためにソマリアに渡ることに。しかし、イスラムのジハード戦士に捕らえられ、処刑寸前の危機に陥る。

ダニーが生命の誕生を探るのに対し、ジェームズは自らが死と隣り合わせの場所に居ることになる。ジェームズは常に死を意識しているのか、ダニーにも深海に潜ることの恐怖を訊ねる。深海において潜水艦がトラブルに遭遇すればゆっくりと死に向かうしかないからだ。

死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。

上記は村上春樹『ノルウェイの森』で記した言葉だが、『世界の涯ての鼓動』の生と死もそういったイメージで捉えられているようだ。ダニーが生命誕生の秘密を探るのは、「ハデス」を越えた深海に存在しているし、ジェームズがわざわざ死と隣り合わせの場所に行くのは、爆弾テロを防ぎ誰もが安心して生きていける世界をつくるためだからだ。

(C)2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE

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絵画と詩の引用

ジェームズが最初に登場する場面で美術館で展示されているのは、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『海辺の修道士』 。この絵が何を意味しているのかは詳しくはわからないが、自然の崇高さのようなものを感じさせる。中央にいる修道士はそんな自然のなかに一体となっているようでもある。広がる海と空を前にしてひとりの人間が佇んでいるという風景は、そのままそっくりジェームズが処刑されるときに体験することになる風景でもある。

さらに劇中で引用されるジョン・ダンの詩「誰がために鐘は鳴る」も似たようなことを語っているようでもある(こちらのサイトから引用)。

人は離れ小島ではない

一人で独立してはいない

人は皆大陸の一部

(中略)

誰かが死ぬのもこれに似て

我が身を削られるのも同じ

なぜなら自らも人類の一部

人は自然と一体となっているというのが『海辺の修道士』 であるならば、ジョン・ダンの詩はさらに人類も一体だということを謳っているからだ。

ジハード戦士は狂信者ではない?

人類が一体だとすればなぜ宗教的な対立などが起きてしまうのか。本当は相手のことをきちんと知ればそんなことは起きなくなるのかもしれない。ダニーが誰も注目していない深海世界を人々に知らせることに意義を見出したように、ジェームズはテロに関する情報を人々に知らしめてテロをなくすために誰もが行動をするべきだと語る。これは監督であるヴェンダースの思いでもあるようだ。

だから本作ではイスラムのジハード戦士も狂信者としては描かれていない。ジェームズを拘束したイスラムの指導者は彼に慈悲をもって接し処刑を中止することになるし、その後に会った医師は職業倫理とジハードの重要性との間で葛藤しているのだ。こうした姿を広く世間に知らしめることができれば、イスラム教もキリスト教も関係なく、人類ということだけで分かり合えるのかもしれない。

生と死の距離を越えて

ラストではダニーもジェームズも生と死の境をさまようことになるのだが、ダニーは生還しジェームズは死の淵に佇んでいるように見える。ただ、死の間際にジェームズはダニーの面影を見つめている。これはある意味ではハッピーエンドとすら言えるかもしれない。
生と死という途方もない距離を越えて結びつくのは、たとえば新海誠監督の『君の名は。』とか『ほしのこえ』などを思い浮かばせなくもない。ただ新海作品にあったようなカタルシスには欠ける。というのは、ふたりが別れてからがほとんど物語が展開していかないからだ。
ダニーはジェームズからの連絡を待っているが、ジェームズは拘束されていて何もできない。この段階ですでにたどり着くところはわかっているのに、どこまでもそれが引き延ばされているかのようにも感じられた。

ヴェンダースはふたりの結びつきをとても思い入れたっぷりに描いていくのだが、ラストに至るまでのタメが長過ぎるのだ。とはいえ、主演ふたりのラブシーンは眼福だし、ノルマンディの掩蔽壕のある風景など見どころももちろんある。

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