『ヒンターラント』 以前と違う歪んだ世界

外国映画

監督は『ヒトラーの贋札』などのステファン・ルツォヴィツキー

ロカルノ国際映画祭では観客賞を受賞した。

原題は「Hinterland」で、「ヒンターラント」と読むらしい。

日本では2023年9月に劇場公開され、今月22日にソフト化された。

物語

第一次世界大戦終結後、長く苦しいロシアでの捕虜収容所生活から開放され、ようやく故郷にたどり着いた元刑事ペーターとその戦友たち。しかし帰国した彼らを待ち受けていたのは変わり果てた祖国だった。敗戦国となり皇帝は国外逃亡。愛する国と家族を守るために戦った彼ら兵士たちに対するねぎらいの言葉すらない。そして帰宅した家に愛する家族の姿はなく、行き場をなくすペーター。そんな最中、河原で奇妙な遺体が発見される。被害者はペーターのかつての戦友だった。遺体には相手に苦痛を与えることを目的に仕掛けられた拷問の跡、そしてその痕跡は、犯人もペーターと同じ帰還兵であろうことを告げていた。ペーターは自身の心の闇と向き合うために、自らの手で真相を暴くべくボロボロの心身に鞭打って動き始めるのだが……。

(公式サイトより抜粋)

以前と違う歪んだ世界

主人公のペーターたちは第一次世界大戦からの帰還兵だ。彼らはロシアで長い間捕虜として囚われた状態にあり、戻ってきた時には祖国のオーストリアはまったくの別世界となっている。皇帝はいなくなり、見たこともない共和国の旗が掲げられている。かつて知っていた祖国とは別世界がそこにあったのだ。

『ヒンターラント』は、その感覚を異様なビジュアルで見せようとしている。そこは背景が歪んでいるような妙な世界なのだ。建物は真っ直ぐには立っておらず、壁は地面と垂直になっていない。そんなふうに世界そのものがおかしくなってしまっているような感覚があるのだ。本作のことはほとんど何も知らずに観たので、そのに驚かされることになった。

多分、本作は『カリガリ博士』に代表される“ドイツ表現主義”と呼ばれる作品を意識しているのだろう。『カリガリ博士』の場合は、セットそのものが歪んだ形に作られていたということらしいのだが、『ヒンターラント』はそれをCGでやってみたということなのだ。新時代の『カリガリ博士』というわけだ。

もともと本作のウリはそこにあったらしく、公式サイトなどでも最初からブルーバックで撮影された作品だということを謳っている。作品内の世界をすべてCGで製作しており、どこかアニメの世界の中に人間たちが入り込んで動いているようなシュールな感じがしないでもないわけで、そんな映像が見どころとなっている。

©FreibeuterFilm / Amour Fou Luxembourg 2021

戦争の傷跡

そんな映像面の奇抜さからすると、物語はそれほどの驚きはないとは言えるもしれない。一応はミステリーの形式となっていて、凄惨な連続殺人事件が起き、元刑事だった主人公のペーター(ムラタン・ムスル)が犯人を捜していくことになる。

殺されたのはペーターと一緒に祖国に戻ってきた戦友たちだ。彼らは何者かに次々と殺されていく。しかもなぜか残酷な方法で拷問されているのだ。最初の犠牲者は全身に杭を撃ち込まれていて、次の犠牲者は片手の親指以外を切断されている。さらに次の犠牲者は下半身をネズミたちに食い荒らされて死んでいる。一体なぜ帰還兵たちがそんな目に遭わなければならないのか?

この謎に関しては最後に丁寧に説明されるわけで、ミステリーとしてはそれほどおもしろみがあるわけではない。それよりも戦争が人を変えてしまうということのほうが重要なのかもしれない。

©FreibeuterFilm / Amour Fou Luxembourg 2021

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変わらざるを得ない人々

このことはたとえば日本を舞台にした『ほかげ』でも丁寧に描かれていた。戦争はすべてを奪い去ることになり、戦場に行った兵隊たちはもちろんのこと、祖国に残った女性たちや子供までがその犠牲となることになった。

本作でもそれは共通していて、ペーターたちが参加した第一次世界大戦では多くの兵隊が死ぬことになり、また戻ってきた兵隊はみんな精神を病んでいるような状態だ。ペーターも自宅に戻っても、夜は戦争の悪夢にうなされることになる。そして、離ればなれになった奥さんと子供に会いに行くこともできないような精神状態なのだ。

それというのも奥さんは旦那が何年も音信不通という状態で、そのままでは飢え死にするという貧困の中でペーターの同僚でもあった刑事のレンナー(マルク・リンパッハ)に身を任せるほかなかったからだ。

戦場に行ったペーターも、祖国に残った奥さんも、どちらも戦争によって変わらざるを得なかったということになる。そして、ラストで明かされる犯人の姿も、戦争によって人が変わってしまうということを如実に示すことになるというわけだ。

©FreibeuterFilm / Amour Fou Luxembourg 2021

ヒンターラントとは

さらに酷いのはそんな地獄のような場所から帰還した兵隊たちを待っていたのが、国民たちの感謝の念ではないところだろう。祖国を守るために戦いに参加したはずが、その祖国が戦場になったこともあり、兵隊たちが戦争をやらかした張本人であるかのように忌み嫌われてしまうことになるのだ。

本作の原題は「Hinterland」は、そんな意味を含んだ言葉ということになる。帰還兵のひとりが殺人犯と疑われてレンナーに撃ち殺された時の台詞は、「後方から卑怯だぞ」というものだった。この「後方」という言葉が「ヒンターラント」なのだ。

兵隊たちからすれば、敵と戦うために前進していったら、なぜか後方から味方によって撃ち殺されることになった。そんな感覚ということなのだろう。兵隊にとっては散々な話というわけだ。

そう言えば『ゴジラ-1.0』でも、戦争から戻ってきた主人公が近所のおばさんに残酷な非難を浴びせられていたわけで、そういうことは戦争においてはどこでも起き得る事態なのかもしれない。

連続殺人事件の謎解きに、戦争の傷跡、さらには家族の再生など、なかなかの盛りだくさんの割には99分という上映時間だし、とにかく歪んだ世界を描く映像には一見の価値があるんじゃないだろうか。

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