『哀れなるものたち』 人類の進化の過程?

外国映画

原作はアラスター・グレイの同名小説。
監督は『ロブスター』などのヨルゴス・ランティモス
ヴェネチア国際映画祭では金獅子賞を受賞した。
原題は「Poor Things」。
先日、一部劇場で行われた先行上映にて鑑賞したもので、劇場公開日は1月26日から。

物語

天才外科医によって蘇った若き女性ベラは、未知なる世界を知るため、大陸横断の冒険に出る。時代の偏見から解き放たれ、平等と解放を知ったベラは驚くべき成長を遂げる。

(公式サイトより抜粋)

女性フランケンシュタイン

以前、『女王陛下のお気に入り』の監督・主演コンビが、“女性版フランケンシュタイン”などと言われる本を原作にした新作映画に着手したなどとニュースになっていた。何となくそれは覚えていたのだが、それが本作『哀れなるものたち』のことだったようだ。

原作は読んでいないので、原作が“女性版フランケンシュタイン”的な話なのかどうかはわからないけれど、確かに映画『哀れなるものたち』は、小説『フランケンシュタイン』と似ている部分がある。

小説『フランケンシュタイン』は、創造主であるヴィクター・フランケンシュタインに対する、被造物である怪物の反乱の話だ。しかしそれと同時に、怪物が世界について学んで成長していく話でもある。『哀れなるものたち』に関して言えば、ベラが冒険に出て世界のすべてについて学んでいく部分に多くの時間が割かれていて、その点が『フランケンシュタイン』とよく似ている気がした。

物語については以降で詳しく触れるつもりだけれど、本作は全編に渡って映像も劇伴(担当はJerskin Fendrix)も衣装も独特なものがあったし、さらにはオープニングやエンドロールのデザインまで凝っていて、細部に至るまで作り込まれた世界が見事な作品になっていたと思う。

ヨルゴス・ランティモス作品は、その独特な設定におもしろいところはあったのだけれど、いまひとつその先に突き抜けていなかったような気もしていた。本作は原作の力もあるとは思うけれど、前作『女王陛下のお気に入り』で使っていた魚眼レンズ的な奇妙な映像も効果的で、今まで培ってきた技術が見事に結実した傑作になっていたんじゃないだろうか。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

見た目は成人、中身は子供

本作の主人公であるベラ(エマ・ストーン)は、一度死ぬものの天才外科医ゴドウィン(ウィレム・デフォー)によって蘇ることになる。ビジュアル的にはゴドウィンのほうが、“フランケンシュタイン(の怪物)”的な見た目をしたキャラとなっている。ゴドウィンはなぜか顔がつぎはぎだらけになっているからだ。

ゴドウィンは父親から様々な実験的な手術を受けさせられたらしい。現在では食事は胃液を作る装置を取り付けないと食べられない状態で、食後にはシャボン玉のようなゲップを出す。彼は自身も父親と同じようなマッド・サイエンティストとなり、自宅の庭には鳥の胴体に犬の頭がくっ付いた“鳥犬”というクリーチャーがいたりもする。

そして、主人公ベラも奇妙な存在だ。最初に登場するベラはなぜか白痴のようでもあり、ゴドウィンのことを「ゴッド」と呼びかけたりはするものの、ほとんど言葉を発することもない。ベラのやっていることはまるで子供なのだが、見た目は成人女性だ。観客としては、なぜそんなギャップがあるのかと疑問を抱くことになるだろう。

※ 以下、ネタバレもあり!

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ベラは「一度死んで蘇った」とされていたけれど、実はもっと複雑な事情があったことが明らかになる。ゴドウィンは自殺した女性を発見し回収すると、身籠みごもっていた女性から胎児を助け出すと、すでに亡くなっていた母親の頭になぜかその胎児の脳を移植したのだ。

そんなふうにして蘇ったベラは、身体は成人女性なのに、頭の中身は胎児ということになる。だから未だに自分のことをコントロール仕切れておらず、世の中のことは何も知らないということになる。ベラが非常識なことをしてしまうのも、頭の中はまだ子供でしかなく、何も学んでいないことが原因ということになる。

ベラはアンバランスな状態だ。通常の子供は長い時間をかけて世の中のことを学んでいく。ところがベラは身体だけは一人前だから、順序良く物事を学んでいくことにはならず、欲望の赴くまま行動だけ先走ってしまう。

何も知らない大人というのは普通はいない。記憶喪失の人間がいたとしても、ある程度の常識というものはすでに刷り込まれているわけで、ベラのように何も知らないわけではない。ベラは突然大人になってしまったわけで、身体と中身のバランスがおかしくなっている。だから羞恥心というものを知る前に、性的な関心を抱き、その快楽を何の躊躇ためらいもなくむさぼってしまうことになる。

ベラ本人にとっては、それで何の問題もないのだが、周囲のほうは戸惑ってしまう。周囲は性的な欲望を満たす行為は「秘すべき行為」だということを、改めてベラに教えてやらなければならないことになるのだ。こんなふうにベラは何も知らない状態から始まり、急激に成長していく。その成長を辿るのが本作ということになる。

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女性の自立プラス……

本作はフェミニズム的に女性の自立を描いた作品として見ることもできる。ベラは何物にも囚われない自由さを持っていて、それによって男性たちを翻弄していくからだ。ベラを誕生させたゴッド(=神)であるゴドウィンは、彼女に婚約者マックス(ラミー・ユセフ)をあてがい、自分の傍に置いて彼女を庇護していくつもりだったのだが、ベラは外の世界を望むことになる。

その夢を叶えることになるのが弁護士のダンカン(マーク・ラファロ)で、彼は軽い遊びのつもりでベラを旅に連れ出すことになるのだが、いつの間にかにベラに惚れてしまうことになり、彼女を束縛しようとする男になっていく。

とにかくベラの成長は著しい。一時はセックス三昧の日々を送るものの、すぐにそんな状況を脱して、ほかの世界へと目を向けていくことになり、ダンカンはベラに見限られることになってしまうのだ。それから最後に登場することになるベラの過去を知るアルフィ(クリストファー・アボット)のエピソードでは、ベラは自身の過去を知ることになるものの、ベラとして生きることを選択することになり、アルフィの支配からも脱却したことを示すことになる。

ちなみにそもそもの元ネタになっている小説『フランケンシュタイン』も、フェミニズム的な文脈で読むことも可能となる作品だった。それは『フランケンシュタイン』を書いたメアリー・シェリーを主人公とした映画『メアリーの総て』にも詳しく描かれていた。

ただ、本作はそれだけでは終わらないところがある。ベラの成長は人類の進化の過程を一気に凝縮したような形になっているところがあり、そこが素晴らしかったのだ。

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人類の進化の過程?

ベラは豪華客船での旅の最中に出会った人の薫陶によって、哲学を学びさらに見識を深めていくことになる。ベラはアレクサンドリアで貧しい人々の姿を目撃することになると、それに激しく動揺し涙を見せることになる。こうした世界の現実を目の当たりにさせたのはハリー(ジェロッド・カーマイケル)という皮肉屋で、ベラはそれでも希望を捨てることはない。そして、ダンカンが持っていた大金を貧しい人のために投げ出してしまうことになる。

冒頭でほとんど白痴のようにも見えたベラは、旅に出て甘い物の快楽や性的快楽に存分に耽ることになる。これは「自分が良ければいい」という考え方だろう。しかしベラはその先に進む。自分の幸せのみを求める考えを脱し、人のために生きることになるのだ。

ベラは急激に世の中のことを学んで成長していった。これは人類の進化の姿を辿るようなものにも見えた。こうした変遷を自分なりに表現するとすれば、小乗仏教から大乗仏教への展開のようなものにも感じた。自分が悟ればいいという考えから、より普遍的に誰もが救われるような道を探そうという進化ということになる。人類の英知を凝縮したようなものを感じたのだ。この“たとえ”自体はあまり的確ではないのかもしれないけれど、それでもベラの成長は感動的なものに思えたのだ。

何かうまい言い方がないものかと探してみたら、本作に関する町山智浩藤谷文子の対談動画では、ベラのこうした姿を「woke」と表現している。この言葉はスラングで、直訳すれば「目覚めた/悟る」という意味らしく、「社会問題に強い関心を持ち様々な人の立場などに理解があること」を指すのだという。こっちの言い方のほうがスマートかもしれない。

ベラはほとんど動物的な粗野な存在から、様々なことを学び、最後には気品ある美しさを兼ね備えた女性になり、他人のために医者を目指すことになる。物語としても感動的だったし、先にも記したけれど映像も音楽も独特なものがあって、見どころ満載の映画となっている。

プロデューサーも兼任しつつもすべて開けっぴろげでベラを演じたエマ・ストーンの頑張りも凄かったし、あの奇妙にギクシャクしたダンスシーンは何度見てもおかしいものがある。ランティモス作品ではお馴染みの性的表現の過激さがネックとなる部分もあるのかもしれないけれど、個人的には様々な点で「どストライク」な作品になっていて、もしかしたら正式に劇場公開が始ったらまた観に行ってしまうかもしれない。

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