『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 敵は誰なの?

外国映画

監督・脚本は『エクス・マキナ』『MEN 同じ顔の男たち』などのアレックス・ガーランド

主演は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』などのキルステン・ダンスト。共演は『プリシラ』などのケイリー・スピーニー

物語

連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。「国民の皆さん、我々は歴史的勝利に近づいている——」。就任 “3期目”に突入した権威主義的な大統領はテレビ演説で力強く訴えるが、ワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていた。ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは、14ヶ月一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため、ホワイトハウスへと向かう。だが戦場と化した旅路を行く中で、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていくー

(公式サイトより抜粋)

もしもアメリカで内戦が…

本作はアメリカの内戦を描いた作品だ。「シビル・ウォー」というのはそもそも「内戦」を意味する言葉だが、アメリカでは内戦は一度しかないため、定冠詞をつけて大文字で「The Civil War」と表記される。この「内戦」は日本では「南北戦争」と呼ばれているものということになる。

本作は、「もしもアメリカで再び内戦が起きたなら?」という仮定の話だ。それでも大統領選の真っ只中の時期にそんなふうに言われると、もしかしたらそんなこともあるかもしれないと思う人もいるだろう。選挙戦で共和党と民主党に分かれて互いを罵倒しあっているようなニュースが報道されているところからすると、あり得ない話ではないという気もしてくるからだ。

ただ、実際の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を観てみると、分断とは言ってもちょっと事情が違うことがわかってくる。劇中で具体的に説明があるわけではないのだが、公式サイトを見ると設定としてアメリカが4つに分かれた形になっている。

その1つはワシントンD.C.を中心としたもともとの連邦政府で、そこを仕切っているのが大統領ということになる。アメリカ合衆国に残ったグループということになり、ここは「Loyalist States」と呼ばれるらしい。

アメリカは50州で構成されているわけだが、本作の設定では19の州がそこから離脱してしまったということになっている。そして、その19の州もさらに3つに分かれている。「New People’s Army」と「Florida Alliance」と「Western Forces」だ。

劇中で重要な役割を果たすのが「Western Forces(西部勢力)」なのだが、これがちょっと意外な勢力になっている。西部勢力というのはテキサスとカリフォルニアの同盟ということだが、これは現在の状況からすればあり得ない設定だからだ。

テキサスは保守的な地域で共和党支持者が多いとされ、一方でカリフォルニアはリベラル勢力が強く民主党支持者が多い。政治的に相容れないはずのふたつの州がなぜ手を組むことになったのか。劇中ではそのことに関しては何も触れていないわけで、ここが大きな引っかかりと感じられる人も多いんじゃないだろうか。

©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

誰と何のために戦うのか?

これに関しては、現実社会への何かしらの配慮がなされているということなのだろう。予告編などでは「あなたが目撃するのはフィクションなのか、明日の現実なのか」と煽っているにもかかわらず、連邦政府軍と西部勢力の戦いそのものが到底“明日”には起こり得ない感じがしてしまうところが、リアルからはほど遠いような印象を与えてしまっているのだ。

とはいえ、本作で描かれる内戦の状況を見ていると、何らかの主義・主張によって戦っているわけではないこともわかる。内戦によって何らかのタガが外れ、それぞれ好き勝手に殺し合っているだけにも見えるのだ。

地元の同級生を血祭りにあげている者もいるし、敵のことをまったく知らずに殺し合っている者もいる。相手が殺そうとしてくるから、こっちもそれに対抗しているだけで、一体、誰が敵で、何のための戦いなのかはよくわからないのだ。

その一方で平穏無事に暮らしている地域もある。そんなのに関わらなければという、「内戦などないフリ」をしている人たちだ。それでも実は屋上にはこっそりとスナイパーが配置されたりしていて、ちょっとしたことで平穏無事な生活が崩れる可能性も示唆されている。

国家というのは「幻想の共同体」だと言われることもある(たとえば吉本隆明『共同幻想論』など)。ひとつのまとまりがあるというのはフィクションであり、一種の幻想だということだろう。それでも幻想が成立していればこそ維持されるものがあるわけだけれど、それが崩れてしまうと一気にタガが外れてしまうことを明らかにしているのだ。

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どの種類のアメリカ人?

本作で一番怖いのは、ジェシー・プレモンスが演じた民兵だろう。赤いサングラスをして住民を好き勝手に殺している。プールほどの大きさの穴には、そこが一杯になるほどの死体が積み重なっている。そんな状態でも誰もそれを止めることはできないのだ。

捕まった主人公たちジャーナリストが「同じアメリカ人じゃないか」と言うと、赤サングラスは「どの種類のアメリカ人だ?」と訊き返してくる。彼の意図はどういうものだったのか。

彼はどの勢力に属する人間なのだろうか。それはよくわからない。しかしながら、彼と同じ勢力だったら助けられたのかどうかは謎だ。アジア人であるジャーナリストは、ただそれだけで呆気なく殺される。赤サングラスが何を敵視していたのかはわからないし、多分、彼の気分次第で誰もが殺される可能性があるということだろう。

国という幻想がなくなると、そんな連中が幅を利かせることになってしまうというわけで、教訓的ではあったと思う。

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ジャーナリスト賛歌?

本作の視点人物となるのはジャーナリストたちだ。戦場カメラマンのリー(キルステン・ダンスト)と同僚ジョエル(ワグネル・モウラ)は、内戦中ずっとインタビューを受けていない大統領に独占取材を敢行したいと思っている。

ワシントンD.C.側からすればジャーナリストたちは抵抗勢力扱いで、捕まればどうなるかはわからない。だからワシントンD.C.に近づくことはかなり無謀な行動だ。

それでも、その話を聞いた先輩ジャーナリストのサミー(スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン)と、リーに憧れている若手カメラマンのジェシー(ケイリー・スピーニー)もワシントンD.C.までの旅に加わることになる。

本作はジャーナリストを主人公としたロードムービーでもあるのだ。それからジェシーの成長の物語とも言えるし、先輩から後輩へ“何か”が受け継がれていく話とも言える。

ジェシーは最初は肝が座っておらず、内戦中に起きていることに衝撃を受け、嘔吐してしまったりする。人が当たり前のように殺されていく光景など、初めて見る現実だからだ。リーはそんなジェシーを導いていくことになる。

戦場カメラマンは武器ひとつ持たずに戦場を走り回る。信じがたいほどの胆力だ。そんなジャーナリストがいなければ、戦場の真実は世間に伝わることはない。本作はジャーナリズムの重要性を訴える映画でもある。

ただ、この部分はあまりにもヒロイック過ぎたようにも感じた。ジャーナリストは命を賭して使命を果たそうとする。そして、先輩は後輩のために、自らを犠牲にして道を示すことになる。

赤サングラスの狂気から逃れられたのは、サミーの命懸けの機転があったからだし、ワシントンD.C.攻防戦の最後の場面にジェシーがたどり着けたのは、リーが自らを犠牲にして彼女を救ったからだ。先輩が後輩にその未来を託していくというわけで、あまりに麗し過ぎるのだ。

一応はそんな大義名分だけではない、戦場そのものの興奮あるいは名声への興奮がジャーナリストを前に進ませることも描かれている。ジェシーは戦闘の最中に生命の躍動を感じるとも語る。そんな意味では狂気の沙汰とも言えるわけだけれど、それでもかなりジャーナリストに肩入れした描き方で、内戦の怖さよりもそっちに力が入っていたようにも感じられたのだ。

ラストの攻防戦なんかはとても金がかかっていて迫力があったし、決して退屈することもないのだが、うまく的が絞り切れてないようで「絶讃」とは言い切れない気がした。

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