原作は『荒野にて』のウィリー・ヴローティン。
監督は『Sharper 騙す人』のベンジャミン・カロン。
主演は『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』のヴァネッサ・カービー。
原題は「Night Always Comes」。
Netflixにて8月15日より独占配信中。
物語
一晩で2万5000ドルをかき集めなければならなくなった女性は、自分の家と家族、そして未来を守るために次々と危険な選択を迫られていく。先の読めない展開にハラハラするノワールサスペンス。
(公式サイトより抜粋)
物価の高騰で……
テレビで日本に旅行に来ている外国人観光客の姿を見ていると、とても気前よくお金を使っているようで、そんな余裕のない日本人としては「羨ましい限り」とも思えたりする。そんな観光客を見ていると、景気が悪いのは日本ばかりで、諸外国はまったく別なのかとも想像してしまう。
しかし、本作を観ていると、それはある一面でしかないのかもしれないとも感じた。外国人なら誰でも景気がいいのかというとそんなことはないわけで、海外旅行に行くような余裕のある人は限られていて、そうじゃない人のことは単によその国からは見えてこないだけなのかもしれない。
『それでも夜は訪れる』で描かれるのはアメリカのポートランドだ。冒頭からニュースの音声として流れてくるのは、物価の高騰で多くの人が経済的な困難を抱えているといった話だ。家を確保できた1人に対し、4人が家を追い出されているとも言われているのだ。
主人公のリネット(ヴァネッサ・カービー)は、母親と障害を持つ兄と3人で暮らしている。しかしながら、その家は売りに出されていて、その日に契約を交わし家を買い取らなければ、3人は追い出されることになってしまうのだ。
ところがリネットの母親(ジェニファー・ジェイソン・リー)は、その大事な日に家の頭金を車を買うことにつぎ込んでしまう。リネットが心配しているのは、家を失うと、障害者認定されている兄(ザック・ゴッツァーゲン)を福祉局に連れていかれてしまうからだ。それを避けるためにも何とかその家を買う算段をしていたにもかかわず、母親はその約束を反故にするのだ。そんなわけでリネットは一晩で2万5000ドルをかき集めなければならなくなってしまう。

『それでも夜は訪れる』 Netflixにて独占配信中
ジェントリフィケーション?
リネットのような状況を端的に示す便利な言葉があるのだそうだ。劇中では、リネットによって面倒に巻き込まれることになる黒人男性のコーディ(ステファン・ジェームズ)が「ジェントリフィケーション」という言葉を使っていた。
字幕では「家賃の高騰で」というふうに訳されていたけれど、あまり馴染みのない言葉だけれど、アメリカではごく日常的に使われる言葉なのだろう。それだけリネットのような人たちが多いということを示しているのかもしれない。
「ジェントリフィケーション」というのは、ネット上のAIによる要約では「都市部において、比較的低所得者層が住む地域が再開発や文化的活動によって活性化し、地価や家賃が上昇することで、中・高所得者層が流入し、結果的に元々住んでいた住民が立ち退きを余儀なくされる現象」ということになる。
コーディは職場からバスで2時間もかかる場所に住んでいるらしいし、リネットも家を追い出されようとしているわけで、薄給の人は今まで住んでいた場所から立ち退きを余儀なくされるようなことが普通に起きているのだ。
日本に来ている外国人は、当然ながらある程度の金銭的な余裕がある人たちであって、結局のところ貧富の差が拡大するばかりで、富める人はより豊かになり、一方で貧しい人はさらに貧困に喘ぐことになっているというのは、どこも大して変わらないのかもしれない。

『それでも夜は訪れる』 Netflixにて独占配信中
過去をたどる旅
最初、リネットの母親のやっていることは、まったく理解できないことに思える。母親の狂った行動によって、リネットは一晩で2万5000ドルの金を集めなければならなくなったわけだが、この金額は日本円にするとおよそ360万円くらいの大金になる。それを一晩にどうやって手に入れることができるのか。普通のやり方をしていては到底間に合わないわけで、リネットはヤバいことをやらかすほかなくなる。
リネットは今ではパン屋でバイトみたいなことをしているのだが、以前は荒れていた時期があったらしい。リネットは真っ当に金を作ることは難しいと判断したのか、過去の危なっかしい人たちに頼ることになる。ある人には「思い出をたどる旅か?」などと言われていたけれど、リネットは金策のために夜のポートランドを駆けずり回り、自分の「過去」と向き合う形になるのだ。
リネットのやっていることは犯罪だ。売春相手に融資を断られるとその男の高級車を盗み、かつての仲間の家に行けば政治家の彼氏の金庫を持ち出してしまう。さらにはその中にあった麻薬を売り払うことになり、どんどんヤバいところへ迷い込んでいく。
そして、最終的にたどり着いた「過去」というのが母親ということになるのだろう。本作は「ジェントリフィケーション」の問題を扱ってはいるけれど、それよりも家族の問題に収斂してくるのだ。

『それでも夜は訪れる』 Netflixにて独占配信中
見どころは?
リネットの母親は単なる毒親に見えなくもない。やっていることはリネットのことを邪魔しているだけだからだ。しかしながら、ラスト近くの二人の会話からすると、リネットも「問題なし」とは言えない気もしてくる。
リネットは家族のために戦ったつもりだった。しかし、その夜の行動は兄のことをも危険にさらす行動だったとも言える。リネットはかつては荒れていた。「今はそうではない」と彼女自身は考えているけれど、結局、金のためとはいえ見境なく犯罪にも手を染めることになってしまった。そのことは褒められることではないだろう。
リネットの父親は家族を捨てて出ていったらしい。それもあってかリネットはトニーという男に入れ込み、それによって売春をさせられていた過去も明らかになってくる。リネットはそんな時に母親に助けて欲しかったけれど、母親のほうは荒れていたリネットにうんざりしていたということかもしれない。
ただ、そんなラストの二人の会話だけで結末が説得的なものになったかというと、私にはそんなふうには思えなかった。母親は「言うべきことは言った」とでもいうようにリネットに頷いてみせる。それに対して、リネットは「聞きたいことは聞けた」とスッキリした表情で去っていく。
二人がなぜ袂を分かつことになったのか、そして、それがなぜか希望に満ちたかのようなラストになっているのかが私にはよくわからなかった。
奴隷解放前の黒人たちの姿を描いた『それでも夜は明ける』という作品があったけれど、本作の邦題はそれを意識しているのだろう。“夜”が意味するものは、違うのかもしれないけれど、タイトルが意味することもピンと来なかった。
主演のヴァネッサ・カービーは最近あちこちで見ている気がする。『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』でも『ナポレオン』でも綺麗どころといった役柄だったけれど、本作は汚れ役と言ってもいいかもしれない。今までとは違うヴァネッサ・カービーの姿が見られるという点では、貴重な作品かもしれない。




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