『端くれ賭博人のバラード』 不安と共に

外国映画

監督は『教皇選挙』エドワード・ベルガー

主演は『イニシェリン島の精霊』コリン・ファレル

原題は「Ballad of a Small Player」。

Netflixオリジナル作品として10月29日から配信中。

物語

きらびやかなマカオのカジノに流れ着いたギャンブラー。自らの過去からも借金からも逃げ続ける男は、バカラのテーブルで出会った謎めいた女性に心を奪われていく。

(公式サイトより抜粋)

ギャンブラーの破滅

よくある話だ。ギャンブル依存症らしき男が破滅に向かって一直線というわけだ。あちこちで見てきた物語とも言えるし、現実世界でもたまにはニュースで話題になったりもしている。ギャンブルにハマる人は少なくないし、そんな人には必ず破滅が待っている。

そんなわけで『端くれ賭博人のバラード』は、ありきたりでわかりきった話とも感じられるからか、あまり評判はよくないようだ。確かに話の展開は予想通りだ。だから目新しいものはあまりないことになる。それが本作の評判を下げているのだろう。

それは確かにそうだろう。しかしながら、個人的には他人事とは思えないようなところがあって身につまされるような感覚で見てしまった。

それがなぜかは後で記すとしても、とりあえずはコリン・ファレルのあの困り顔が好きなら楽しめるとは言えるかもしれない。2023年のマイベスト10にも入れた『イニシェリン島の精霊』も、あの顔がツボだったのだ。本作はコリン・ファレルが出突っ張りで様々な表情を見せてくれることになり、そこが見どころだろう。

Netflixオリジナル作品 『端くれ賭博人のバラード』
10月29日(水)より独占配信

逃げ出す唯一の方法は?

コリン・ファレルが演じる主人公は、ドイル卿を名乗って貴族のフリをしている。それがマカオの街でどんな役に立つのかはわからないけれど、本名を名乗るとマズいことがあるのだ。

彼の本名はライリーだ。ライリーはある老婦人の金を盗んだらしい。その金でマカオで豪遊をしているのだ。ただ、ライリーはギャンブル依存症で、すでに盗んだ金のあらかたはスッてしまったらしい。ホテルからも宿泊料金や高級料理の代金を請求され、もう後がない状況だ。

しかも被害者の老婦人の差し向けたベティ(ティルダ・スウィントン)も追ってきている。彼女はライリーをイギリス警察に引き渡そうとしているらしい。

ともあれライリーはすぐにでも大金を用意しなければならない。そのためにはやはりギャンブルしかないということになる。そして、ライリーはますますドツボにハマっていくことになるのだ。

彼がそこから抜け出す唯一の方法は、自殺することだろう。ライリーは最初からそれを意識している。冒頭近くの自己紹介めいた独白のシーンで、ライリーは「あと数日でこの人生は終わるだろう」と予想しているのだ。自殺して問題を解決することが常に頭をよぎっているのだ。

※ 以下、ネタバレもあり!

Netflixオリジナル作品 『端くれ賭博人のバラード』
10月29日(水)より独占配信

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大逆転の奇跡?

ところがライリーには救い主のような女性ダオミン(ファラ・チェン)が現れる。ダオミンは金貸しをしているらしい。ライリーが初めてダオミンに会った夜も、彼女の客がホテルの屋上から飛び降りて死ぬことになる。ライリーはその男の二の舞になると恐れつつも、ダオミンに近づくのだ。

ダオミンは金の問題で父親を殺してしまったとも感じていて、彼女とライリーは同類だと語る。もしかすると何かしらの罪悪感が彼女を支配し、それがライリーへの同情へと結びついたということなのかもしれない。

そんなわけでライリーの絶体絶命のピンチに、一度は姿を消したダオミンが現れ、ライリーを助けてくれることになるのだ(ダオミンに再会した安堵で目に涙を浮かべるコリン・ファレルの顔が絶品だった)。

ところが、このダオミンは実在していなかったらしいことが後で明らかになる。ダオミンは幽霊なのかもしれない(あるいは単にライリーの幻想か)。彼女の霊が憑いたのか、ライリーは連戦連勝を重ね、借金を返しても使いきれないほどの大金を手に入れるのだ。

冒頭近くの独白ではライリーは「奇跡を信じない」と言っていたけれど、その奇跡が起きたのだ。彼は自殺することもなく自分の問題を解決する。そして、ライリーは残った大金をダオミンのために焼き尽くすことで、ギャンブル依存症からも抜け出すことになるのだ。

Netflixオリジナル作品 『端くれ賭博人のバラード』
10月29日(水)より独占配信

不安を抱えて生きる

自らの破滅を予測しながら生き続け、最後は奇跡的に生き延びてしまう。そんなライリーの姿に、私は『リプリー』の主人公を重ねて見ていたのかもしれない。

ちなみにパトリシア・ハイスミスの原作『リプリー』の映画化である『太陽がいっぱい』アラン・ドロン主演)の場合は、ラストでリプリーの悪事がバレてしまうことになる。しかし、原作では彼は運良くピンチを脱することになる。その点ではマット・デイモン版の『リプリー』のほうが原作に沿っている(リプリーを主人公としたシリーズはその後も続くことになる)。

リプリーは詐欺師であり警察に追われている。その後は人も殺すことになるわけで、さらに彼の置かれた立場は悪くなる。リプリーは常に不安に駆られている。明日にでも自分は逮捕され、不自由な身になってしまう。そんな不安を常に抱えながら生きているのだ。

ライリーが自らの破滅を感じながらもギャンブルをやり続ける姿が、リプリーに似たようなものに感じられたのだ。そもそもライリーは何のためにギャンブルをしているのだろうか。どうもライリーは大金を盗んだものの、その使い方を知らないようだ。

ライリーはベティに対して、大金を差し出して買収を図る。金があれば何でもできる。好きに楽しめばいいというわけだ。しかし、そんなライリーは金を稼いで楽しんでいるようには見えないのだ。

高級ホテルに泊まり、シャンパンを飲みながら満漢全席を味わい、葉巻を吹かす。いかにも金持ちがやりそうなことをやりつつも、ライリーはそれが特段好きではないのだ(逆に「嫌い」なのだとか)。何のためにギャンブルをしているのかということになるだろう。尤も、ギャンブル依存症なんてものはそんなものなのかもしれない。

私自身はギャンブルにハマったことはない。それでもなぜかライリーの姿には身につまされるところがあった。というのは多かれ少なかれ、人は何かしらの不安を抱えているからなんじゃないだろうか。

ライリーもリプリーと同じように、自らの身の破滅を予測して常に不安に駆られている。私自身はライリーのようなギャンブル依存症でもないし、リプリーのような犯罪者でもない。しかし自分がそんな立場に追い込まれるかもしれないという不安はある。もちろん悪事を働くつもりはないけれど、いつどこでドツボにハマるかは誰もわからないのだ。

今ある生活が明日もあるのか。そんなことは普段は考えないけれど、確かにあるとは言えないだろう。昨今はSNSの発信などであっという間に炎上し、身を滅ぼすことになる場合もある。予想もつかないようなことが起こり得るのだ。

ライリーは自分とは縁遠い人にも思えるけれど、彼が抱えた不安というものに関してはあまり変わらないんじゃないのだろうか。だからライリーがドツボにハマっていくのを見ていると、普段は目を逸らしている自分の不安も呼び覚まされるようでもあった。そんな意味で本作は身につまされる話と思えたのだ。

煌びやかなマカオの街も印象的だけれど、ダンスホールの撮り方が決まっていた(暗いダンスホールにティルダ・スウィントンが入ってくる場面)。ティルダ・スウィントンとコリン・ファレルとのダンスシーンがおまけのように入っているエンドロールもシャレている。

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