『教皇選挙』 進むべき方向

外国映画

原作は『ゴーストライター』などのロバート・ハリスの『Conclave』。

監督は『西部戦線異状なし』『ぼくらの家路』エドワード・ベルガー

脚本は『裏切りのサーカス』ピーター・ストローハン

米・アカデミー賞では作品賞、主演男優賞など計8部門でノミネートされ、脚色賞を受賞した。

原題は「Conclave」。

物語

全世界に14億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派、カトリック教会。その最高指導者にしてバチカン市国の元首であるローマ教皇が、死去した。悲しみに暮れる暇もなく、ローレンス枢機卿は新教皇を決める教皇選挙<コンクラーベ>を執り仕切ることに。
世界各国から100人を超える強力な候補者たちが集まり、システィーナ礼拝堂の扉の向こうで極秘の投票が始まった。票が割れるなか、水面下で蠢く陰謀、差別、スキャンダルの数々にローレンスの苦悩は深まっていく。そして新教皇誕生を目前に、厳戒態勢下のバチカンを揺るがす大事件が勃発するのだった……。

(公式サイトより抜粋)

謎に包まれたコンクラーベ

外部との連絡を断った密室の中で行われる、謎に包まれた教皇選挙<コンクラーベ>。その密室の内側に入れるのは枢機卿などのごく限られた人だけになる。本作は普通の人が立ち入ることのできないコンクラーベの内幕を描いていく。

公式サイトの記載によれば、このコンクラーベと呼ばれる選挙の仕組みは、秘密投票の互選となっていて、「定員120名のうち、規定の有効得票数(投票総数の2/3以上)を得る人物が出るまで繰り返される」ことになっている。たとえば『2人のローマ教皇』という作品でもコンクラーベを描いた箇所はあったけれど、それをメインで見せてくれるのが本作だ。

劇中、投票は何度も繰り返される。全体の3分の2以上を誰かが獲得するまで、同じメンツで繰り返し投票がなされることになる。ただ、投票と投票の合い間の時間もあるわけで、その間に枢機卿たちが集うシスティーナ礼拝堂や、宿泊施設となっている聖マルタの家は、様々な権謀術数が渦巻く闘争の場となっていくのだ。

『教皇選挙』はアカデミー賞で脚色賞を獲得している。誰が次の教皇になるのかという点で最後までハラハラさせるエンタメ的な要素もあり、さらには込められたメッセージもあり、とても真っ当で見応えのある作品になっていたと思う。

©2024 Conclave Distribution, LLC.

保守とリベラルの対立

主人公となるのはローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)だ。彼は首席枢機卿としてコンクラーベを取り仕切る役目を担っていく。

ローレンスの立場は、リベラル派だ。亡くなった前教皇もリベラル派だったようで、リベラル派としては次の候補者にベリーニ枢機卿(スタンリー・トゥッチ)を推している。ベリーニはローレンスの親友でもある。ただ、枢機卿団全体では、リベラル派の勢力は大きいというわけではなさそうだ。

保守側の有力候補者としては、伝統を重んじる強硬派と言ってもいいテデスコ枢機卿(セルジオ・カステリット)がいる。彼は差別主義を隠そうともしないような人物であり、彼が次の教皇に選ばれたとすると前教皇が推し進めてきた改革が後戻りすることになってしまう。リベラル派はそれを恐れている。

保守派にはもう一人穏健派のトランブレ枢機卿(ジョン・リスゴー)がいる。彼は前教皇が最後に面会した人物でもある。その際に、彼は前教皇から解任を言い渡されていたという話もあり、コンクラーベを取り仕切るローレンスは頭を悩ませることになる。

そんな中、前教皇が亡くなる前に秘密裡に任命していたという新任枢機卿であるベニステ(カルロス・ディエス)も登場する。最初の選挙の結果は、アデイエミ(ルシアン・ムサマティ)というアフリカ系の枢機卿が多くの票を獲得することになるのだが、3分の2以上の票を獲得する者はなく、さらにコンクラーベは続くことに……。

©2024 Conclave Distribution, LLC.

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宗教家ではなくて政治家?

描かれているのはコンクラーベという教皇を選ぶ選挙ということになるのだが、枢機卿たちのやり取りは政治家のそれとも見えてくる。政治というのは、ある人の説によれば、敵と味方を区別するものということになる。敵と味方を区別してどうするのかと言えば、自分たちの勢力をもっと拡大しようということになる。確かに劇中では、醜い足の引っ張り合いのようなやり取りもあるのだけれど、そこはコンクラーベというものだけに、単なる権力争いばかりでもないとも言える。

ベリーニなどのリベラル派からすれば、保守勢力に対抗するのは一種の使命のようなものになっている。特に次の教皇がテデスコになってしまえば、前教皇の歩みが無駄になってしまうという恐れもあり、どうしてもそれだけは避けたいという意識があるのだ。

有力候補者が脱落していく過程では、セックス・スキャンダル的なものも絡んでくるし、買収という違反行為も暴かれることになる。繰り返される投票の合い間に、ローレンスが一種の探偵の役割を果たし、それらを探っていくことになるのだ。

ただ、後半になるとリアリティがあるとは思えないような展開も見せることになる。システィーナ礼拝堂がテロの被害に遭い一部が破壊され、枢機卿たちも軽いケガを負ったりもする。さらにはラストで明らかにされるある人物の秘密も、本作が明らかにフィクションであるということを示しているようでもあった。

©2024 Conclave Distribution, LLC.

込められたメッセージ

もともと本作には原作があるようだ(邦訳はない)。原作者のロバート・ハリスは、『ゴーストライター』(ポランスキー監督がヒッチコック風サスペンスとして映画化)の原作者でもあるし、恐らく原作は、コンクラーベというものを舞台にしたサスペンスものになるのだろう。映画版がどこまで原作に忠実なのかはわからないけれど、明らかにフィクションであることを示すことで、カトリック教会の進むべき方向というものを描こうとしているようにも思えた。

ローレンスの投票前の演説が、問題の所在を明らかにする。ローレンスも最初は決まり切ったお題目を述べようとしていたものの、途中から自分の考えを詳らかにするのだ。確信だけがあって疑念というものがなければ、謎は存在しない。そうなると信仰も必要なくなってくる。そんなことをローレンスは語る。

ローレンスが一番懸念していたのは、確信というものが生む弊害ということだろう。確信はそれ以外のものを見えなくしてしまう。それによって凝り固まってしまえば、何を考えることもなくなってしまうからだろう。それはカトリックという組織の硬直化を招くものとなるだろうし、そこはますます閉ざされた場所になるだろう。だからこそ疑念というものが大事だと訴えるのだ。

このローレンスの考えは明らかにリベラル寄りのもので、彼はリベラル派のベリーニを推すためもあって、保守派に対する懸念を示してみせたということでもある。そして、次の教皇に選出されることになる人物も、このローレンスの考えに同意し、それを推し進めるような言葉を述べることになる。カトリックは凝り固まった伝統に固執することなく、もっと変化をし続け、前に進む必要がある。そんなことを本作は訴えているというわけだ。

カトリック教会に変化が必要とされているという認識では、実在の教皇をモデルとした作品である『2人のローマ教皇』とも共通しているだろう。それでも『2人のローマ教皇』では、「変化は妥協ではない」という言い方だった。それに対して『教皇選挙』は、もっと積極的に変化を求めなければということを言わんとしている。

伝統に固執して変化を恐れる人は、自分と異なる立場の人の話などは聞かないだろう。ローレンスは信仰に対する悩みを抱えてもいた。しかしながら、自分に対して疑念があるからこそ、異なる立場の人の話にも耳を傾けることができるということでもある。

本作においてシスター・アグネス(イザベラ・ロッセリーニ)が、ある場面で重要な役割を担うことになるのも、男ばかりの世界であるカトリックを批判するものであるのだろう。カトリックもさらに多様性を認める必要があるし、もっと外部に向けて開かれたものになっていく必要がある。ラストでローレンスが閉ざされた窓を開けて外の風を導いたのも、そんなことを示しているように思えた。

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