監督・脚本は『マリッジ・ストーリー』のノア・バームバック。
主演は『ヘイル、シーザー!』のジョージ・クルーニー。
Netflixオリジナル作品として2025年12月5日から独占配信される予定だが、一部劇場でも先行公開されている。
物語
有名な映画俳優ジェイ・ケリーと、献身的なマネージャーのロン。2人は慌ただしくヨーロッパを巡る旅に出ることになり、それが思いがけずそれぞれの人生を振り返る奥深い旅路となっていく。道中で彼らは、自らが下してきた数々の決断や、大切な人々との関係、そして自分たちが残していく遺産と向き合うことになる。
(『映画.com』より抜粋)
映画スターの危機
「ジェイ・ケリー」というのが本作のタイトルでもあり、ジョージ・クルーニーが演じることになる映画スターの名前ということになる。劇中のジェイは、それこそ世界中で誰もが知っている映画スターで、“最後の映画スター”とも呼ばれている。
劇中で彼が意識しているスターとして挙がっているのは、たとえばケーリー・グラント、クラーク・ゲーブルなど往年のいかにも二枚目の大スターだ(毛色は異なるけれど、まだ現役のロバート・デ・ニーロの名前もあった)。劇中に出てくるジェイ・ケリーのモノクロスチールを見ると、まさに往年の映画スターといった趣きになっている。
ジョージ・クルーニーが有名になったのは90年代に入ってからで、その頃からすでにそれほど若くはなかったし、大物っぽい雰囲気を持っていた気もする。そんな意味ではジェイ・ケリーという映画スター役は、まさにはまり役だったと言えるのかもしれない。
ジョージ・クルーニー自体も世界中で誰もが知る映画スターだからだ。けれども本作はそんなジェイ・ケリーというスターの危機を描くことになるのだ。

Netflix作品 『ジェイ・ケリー』
12月05日(金)より独占配信
スターと取り巻き
スターには取り巻きがいる。忙しいスターの代わりに雑務を引き受けてくれる人たちということなのだろう。大スターであるジェイ・ケリーもそんな取り巻きが多い。
いつも隣にいるロン(アダム・サンドラー)はマネージャーだろうか。そのほかリズ(ローラ・ダーン)も似たような役割なのかいつも一緒にいるし、ヘア・メイクだとか用心棒らしき男とか、何だかよくわからない人たちが常にジェイの周りを取り巻いている。そのためジェイが移動する時には、大名行列のようにリムジンが4台も連なって動くことになる。
ジェイはせっかくの休みに次女のデイジー(グレイス・エドワーズ)と一緒に過ごすつもりだったものの、彼女は高校最後の夏を友人たちと過ごすつもりでフランスへと旅立ってしまう。寂しくなったジェイは、デイジーの友達のカード支払い情報を取り巻きに盗ませて、彼女の旅行について行こうと画策することになる。
ジェイの突然の思いつきに振り回されるのが取り巻きたちだ。ロンは家族サービス中だったところを呼び出され、ジェイの自家用ジェット機でフランスへと向かうことになる。さらに娘のストーカーをしていることが露骨になると具合が悪いわけで、ジェイは仕事の予定も変更する。イタリアの映画祭で賞を受賞することにして、娘と一緒の列車に乗り込んでフランスからイタリアへと向かうことになるのだ。
『ジェイ・ケリー』はこの列車での旅が多くを占めることになるのだが、この旅は一種の過去への旅の様相を呈してくることになる。というのは、ジェイには過去を振り返らざるを得ないような出来事があったからだ。

Netflix作品 『ジェイ・ケリー』
12月05日(金)より独占配信
過去への旅
そのきっかけのひとつには、恩師であるペーター(ジム・ブロードベント)の死があるだろう。ペーターは彼を映画界へと導いてくれた人なのだ。そして、そのペーターの葬式で、彼は昔の演劇学校時代の仲間であるティモシー(ビリー・クラダップ)と再会することになる。そこでジェイは、思いがけないことにティモシーから嫌われていることを知る。ティモシーはジェイがすべてを奪ったと感じていたらしい。そんなわけで二人はケンカになり、ジェイはティモシーの鼻を折ることになったのだ。
ジェイはトラブルの種を作ることになるが、それをもみ消すことになるのは取り巻きたちの仕事ということになる。ジェイはこれまでにもそんなトラブルがあったらしい。そして、いつもそれをうまくもみ消すのはロンたち裏方の役目というわけだ。
そうした取り巻きの働きもあり、ジェイというスターを維持している。ところがその中心にいるジェイは空虚を抱えている。俳優というものは役に成り切ることが仕事だ。しかしながら、大スターの場合、映画の役を終えたとしてもスターの役割は常につきまとってくる。ジェイは常に取り巻きに囲まれていて、常にスターでいなければならないのだ。
イタリアまでの列車の中に居ても、彼は常に大スター・ジェイというもの演じている。多くの人に愛される最後の映画スター・ジェイを、ジェイが演じているというわけだ。映画の役からは離れても、常にスターの役を演じなければならないわけだ。
そんなわけでジェイは、「本当の自分は一体どこにあるのか」といった不安に駆られる時があるらしい。そんな不安が次の仕事を降りるといったワガママにつながることになるわけだが、そうしたことが彼を支える取り巻きを疲弊させることにもなっていく。
そんなふうにして旅の合い間に取り巻きたちはひとりずつジェイの元を離れることになり、ジェイは次第に孤独になっていく。わざわざ飛行機で呼び寄せた父にもそっぽを向かれ、イタリアでの映画祭に参加してくれるのは、結局はロンだけになってしまうのだ。

Netflix作品 『ジェイ・ケリー』
12月05日(金)より独占配信
なぜイタリアなのか?
本作では、なぜイタリアのトスカーナ地方が最終的な目的地とされているのだろうか? 列車での旅で市井の人々との触れ合いが描かれたりもするものの、それはほかの場所だってよかったはずだ。本作はハリウッド映画なのだから、アメリカを舞台にしてもそれは可能だったはずだ。
恐らく、ノア・バームバックはダンテの『神曲』の冒頭の場面をやりたかったんじゃないだろうか。
人生の道の半ばで
正道を踏みはずした私が
目をさました時は暗い森の中にいた
有名な『神曲』の冒頭はこんなふうに始まる。本作では、この冒頭をそのまま映像化したような場面が用意されている。ちなみにダンテはトスカーナで生まれたとされていて、本作の森のシーンもトスカーナ地方ということになっている。『神曲』の冒頭を意識しているから、本作では目的地がトスカーナ地方でなければならかったということだろう。
どんな理由だったかは忘れたけれど、ジェイが無我夢中で走っていると、いつの間にかに霧に包まれた森の中に迷い込んでしまう。そこでジェイは長女のジェシカ(ライリー・キーオ)と遭遇することになる。これはもちろん幻想だが、ジェイはジェシカに対する態度を間違えてしまっていたと感じていたのだ。
ジェイは大スターだ。そして、スターになるためには多くのことを犠牲にしてきた。その一番の犠牲者が家族だったということになる。彼はようやく今になって犠牲にしたものの大きさに気づくことになったというわけだ。
付け加えておくと、ロンもジェイと似たようなところがある。ロンはジェイと二人三脚で成功を勝ち得たけれど、そのためにかつてリズとの結婚を不意にしたらしい。だからロンもジェイと一緒に自分のことを見つめ直すことになるのだ。
本作は列車の旅を舞台としながら、ジェイの過去への旅になっている。若かりし時代の回想への移行もごく自然に描かれていてうまかったし、その旅が行きつくところがダンテの『神曲』のように、どこかで道を間違ってしまっていたという“気づき”だったということになる。
リテイクは可能
ラストの映画祭では、ジェイの出演した作品の名場面が登場する。これはジョージ・クルーニーの出演作だったのだろうか? 『シン・レッド・ライン』のワンシーンがあった気もするけれど、わかりやすい『オーシャンズ11』みたいな映画はなかった気がする。
このシーンではラストに幼かった娘たち二人のプライベート・ムービーが登場する。これはジェイが心の中で観ている幻想ということだろう。
改めて自分が犠牲にしてきたものの大きさを感じているというわけだ。それでも、それと同時にやり直しを決意させるところが救いになっている。冒頭の映画撮影のシーンでも、ジェイは何度もリテイクを重ねていた。人生もそれと同じで、決してやり直しがきかないわけではないということだろう。
ノア・バームバックはたとえば『マリッジ・ストーリー』のように、プライベートなことを題材とする場合もあるようだが、本作はどうだったのだろうか? バームバック自身にも何らかの危機を感じることがあったのかどうか。
Netflixオリジナル作品は、一般的に劇場公開される作品とはちょっとルートが異なるからなのか、劇場公開と同時に監督インタビューなんかが宣伝を狙って盛んにアップされることはないから、そのあたりはよくわからないけれど……。前作の『ホワイト・ノイズ』はわかりやすい作品ではなかったし、本作も結構地味な作品とは言えるかもしれない。それでもどこかで沁みてくるものがあった気がした。
世界中のみんなに愛されているのに、家族からの愛に飢えているジェイ・ケリー。世界的なスターという点ではそっくりだけれど、ジョージ・クルーニーはプライベートでも色々な活動をしていて空虚とは縁がないかもしれない。それでも中年(あるいは老年)の悲哀みたいなものを感じさせるところがよかったと思う。
ロン役のアダム・サンドラーは、バームバック作品の『ヤング・アダルト・ニューヨーク』にも出ていたと勘違いしていたのだが、そっちはベン・スティラーだった。どうもこの二人はイメージが似ているのか、『マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)』では兄弟役を演じている。
ノア・バームバックの奥様であるグレタ・ガーウィグもロンの奥様役で顔を出しているし、イタリアが舞台ということでアルバ・ロルヴァケルもゲスト的に出演している。回想シーンの中に登場するダフネ(ジェイの元妻?)を演じていたのはイブ・ヒューソンという人。初めて見た人だと思うけれど、この人はU2のボノの娘さんなのだとか。そんなわけで多彩な出演陣も楽しめた。




コメント