『ランニング・マン』 現代のコロッセオ

外国映画

原作はスティーブン・キングが“リチャード・バックマン”名義で書いた同名小説。

監督は『ラストナイト・イン・ソーホー』エドガー・ライト

主演は『恋するプリテンダー』グレン・パウエル

物語

職を失い、娘の治療費に困るベンは、巨額の賞金が得られるというリアリティショー「ランニング・マン」に参加する。
しかしその実態は、殺人ハンターの追跡に加え、全視聴者すら敵になる、捕まれば即死の30日間の”鬼ごっこ”、生存者ゼロの究極のデスゲームだった。

(公式サイトより抜粋)

「デス・ゲーム」ものの元祖

原作はいわゆる「デス・ゲーム」ものの元祖などと呼ばれることもあるらしい。『バトル・ロワイアル』『イカ・ゲーム』のような人気作品の源流となっている作品ということになる。そして、この原作はすでに映画化されている。アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『バトルランナー』だ。

80年代、シュワルツェネッガーが人気絶頂という時代の作品で、ド派手で煌びやかな感じがいかにも80年代といったかなり大味な作品だった。実は、この『バトルランナー』は原作からの改変が多く、今回の『ランニング・マン』のほうが原作に忠実に作られているらしい。

Amazon.co.jp: ランニング・マン (扶桑社ミステリー キ 1-11) : スティーヴン・キング(リチャード・バックマン名義), 酒井昭伸(訳): 本
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無実の罪を着せられたベン・リチャーズは、テレビ中継される殺人ゲームショーへの参加を余儀なくされる。

主人公が「ランニング・マン」というリアリティ・ショーに参加する点ではどちらも同じだが、大きく異なるのは『バトルランナー』の場合は、逃走範囲が限定されていたところだろう。逃げる場所があまりないから、主人公は闘わざる得ない状態になる(だから「バトルランナー」という邦題なのだろう)。一方で『ランニング・マン』の場合は、逃走範囲は無制限となっており、30日間逃げ続ければ勝利という設定になっている。

加えて『ランニング・マン』の場合、一般の視聴者が参加者を番組に売り飛ばすことで賞金を得られることになっている。視聴者がその参加者に味方するのか敵になるのかがポイントなのだ。視聴者を味方につければ参加者は楽になるけれど、敵とみなされればすぐに通報されてジ・エンドということになるのだ。視聴者参加型のショーとも言えるわけだ。

©2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

現代のコロッセオ

原作は近未来を舞台にしている設定だったのだが、その設定が2025年ということになっていて、現実のほうがすでに追いついてしまっている。劇中に登場するディープフェイクの技術などは原作当時は夢の技術だったけれど、今ではそれがすでに現実化してしまっているのだ。その点では『ランニング・マン』の世界は現実世界とさほど変わらないとも言え、近未来感には欠けるだろう。

主人公のベン(グレン・パウエル)は最初だけは赤色のボディスーツを着ているけれど、デス・ゲームがスタートしてからは変装したりするわけで、人混みに紛れるようなスタイルになる。以降の舞台もごく普通のアメリカの風景といった感じで、その点では金ラメの派手なボディスーツとか、敵側も電飾付きの輩が出てきたりと賑やかだった『バトルランナー』から比べるとビジュアル的には地味に見えるかもしれない。

『ランニング・マン』の劇中には「現代のコロッセオ」などと、そのデス・ゲームを称するところがある。Wikipediaの記載によれば、コロッセオは古代ローマ時代に「市民を懐柔するための娯楽施設」として建設されたとのこと。それと同様で、「ランニング・マン」というリアリティ・ショーも市民の目を逸らすためにある。

劇中の社会は一握りの富裕層と、多くの貧困層に分かれている。いわゆる格差社会で、これも原作の予言が的中してしまっているわけだ。ベンもそんな貧困層のひとりだ。ベンは娘の薬すら買うことができず、そうした状況に怒りを感じている。

ベンは娘のためにデス・ゲームに参加することになるわけだが、支配者層は「ランニング・マン」というエンターテインメントを貧困層に与えることで、そうした現実から目を背けさせようとしているというわけだ。

劇中では「アメリカーノ」というよくわからないリアリティ・ショーも登場する。どうやら富裕層のつまらない日常を描いているっぽいのだが、これも同じような役割を果たしているということなのかもしれない。お金持ちの生活は、それだけでエンターテインメントというところなのだろう。そんなふうに富裕層の姿を見ていても、自分たちが不当に搾取されているとは感じないようにコントロールされているということらしい。

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そんな簡単に革命が……

なかなか楽しい作品ではあったと思う。『ベイビー・ドライバー』などでもわかるように、エドガー・ライトは自分の作品にピッタリの音楽を選ぶのが上手い人で、本作の選曲もとてもカッコいい。

一番気分が上がったのは、ベンの協力者となるエルトン(マイケル・セラ)の家でのシークエンスだろう。ベンはいつの間にかハンターたちに取り囲まれてしまうのだが、その家はすべてがハンター対策用のトラップになっていたのだ。ローリング・ストーンズの「Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」をバックに、エルトンの仕掛けがバタバタとハンターをやっつけていく場面は何とも心地いいのだ。

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ただ、ラストは性急な面が否めない。「ランニング・マン」の参加者は、1日に一度自分の姿を録画してテレビ局へと送付しなければならないのだが、ベンはその時に「騙されていることに気づけ」というメッセージを視聴者に向けて発信する。とはいえ、それは発信前に検閲されるわけで、ヤバい部分はディープフェイクで修正されてしまうことになる。

そんな状態なのに、いつの間にかベンの存在が起爆剤となり、革命のようなことが生じてしまうことになるのだが、そこが性急すぎるし説得力に欠ける気がしたのだ。

タイトルにもあるようにベンはランニング・マンということになるのだが、走って逃げている場面が見どころになっているとは言えなかったと思う。主演のグレン・パウエルは、師匠とも言えるトム・クルーズから助言を得ていたようだが、やはり師匠の『ミッション:インポッシブル』シリーズのような走りっぷりまでには到達していなかったということだろうか。

とはいえ、グレン・パウエルにとっての見せ場もなくはない。わざわざ裸のところを襲われるというシーンでは自慢の筋肉をアピールしているし、『ヒットマン』同様に変装姿も見せてくれるし、敵とのやり取りの間抜けっぷりで笑わせてくれるあたりも悪くなかったと思う。それから『バトルランナー』へのオマージュとして、劇中の紙幣にシュワルツェネッガーの顔がデザインされているというのもシャレている。

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