監督・脚本は『アブラハム渓谷』や『訪問、あるいは記憶、そして告白』などのマノエル・ド・オリヴェイラ。
原題は「Os Canibais」で、「人食い人種」といった意味。
物語
アヴェレダ子爵はマルガリーダとの婚礼の夜に、自分が人間ではないことを打ち明ける。それを聞いたマルガリーダは錯乱し、貴族たちが集まる晩餐会は驚くべき事態に陥っていく。
(『映画.com』より抜粋)
人を喰ったような作品?
『ボヴァリー夫人』を翻案したという『アブラハム渓谷』(製作は1993年)は、極めて真っ当な文芸作品という風格を備えていた。神話的な場所とされるドウロ渓谷がとても美しく撮られていたのが印象に残っている。『アンジェリカの微笑み』(2010年)はもっとかわいらしい小品とはいえ、とてもクラシカルな趣きで、その年の「ベスト10」の1本として選んだ作品でもあった。
そんな正統派のイメージばかりだったマノエル・ド・オリヴェイラなのだが、『カニバイシュ』(1988年)はまったくもって人を喰ったような作品になっている。オリヴェイラという監督の作品には、こんなヘンテコな作品があったのかと改めて驚かされた。『訪問、あるいは記憶、そして告白』の時にも記したけれど、この監督については知らないことばかりなのかもしれない。
本作は「人を喰ったような」というか、タイトルにも示されているように、一種のカニバリズムを描いた作品なのだ。まさに「人を喰う」話ではあるのだが、作品全体の3分の2はそんなものは微塵も感じさせない高尚な貴族たちの姿が描かれることになる。
舞台となるのはある晩餐会で、そこには貴族たちが集うことになる。晩餐会に出席できるのは貴族たちだけで、その会場の外では貴族たちが登場するのを拍手で迎える一般の人たちがいる。本作はそんな普通の人が入れないような高貴な人たちの世界を垣間見せてくれるのだ。
マノエル・ド・オリヴェイラという人が貴族なのかどうかはよく知らないけれど、名前に“ド”という言葉が付くと、素人目には高貴な人っぽく見えなくもない。マルキ・ド・サドとか、シャルル・ド・ゴールみたいに。とりあえずは先日観たドキュメンタリー作品『訪問、あるいは記憶、そして告白』を参照すると、それなりに裕福な家系だったようだし、高貴な人たちとのつながりはあるのかもしれない。
『カニバイシュ』はそんな貴族たちが集まる晩餐会をオペラの形式で描いていく。そして、語り部らしき男と、その従者のようなバイオリニストが登場し、歌いながら状況を説明してくれたりもする。貴族の「秘かな愉しみ」みたいなものを、われわれ一般人にも紹介してくれるというわけだ。

© Filmargem, La Sept, Gemini Films
高貴な人たちの恋物語
晩餐会では女性たちの話題の中心になっている男性がいる。それがアヴェレダ子爵(ルイス・ミゲル・シントラ)だ。そして、主人公とも言えるマルガリーダ(レオノール・シルヴェイラ)も、子爵のことが気になっている。マルガリーダは率直にそのことを子爵に伝えたりもする。
子爵自身もマルガリーダのことを思ってもいるようだ。しかしながら、なぜか彼女のことを受け入れることはできないのだという。そこには理由があり、子爵は何かしらの秘密を抱えているのだ。ただ、子爵の言っていることは曖昧模糊としていて要領を得ない。そんなわけでマルガリーダはますます思い悩むことになる。
さらにそこへドン・ジュアン(ディオゴ・ドリア)という男も関わってくる。彼はマルガリーダのことを思っているのだ。しかし彼女の気持ちは子爵へ向っており、ドン・ジュアンはどうにかしてマルガリーダの気持ちを自分のほうへと向けさせたいと思っている。
そんな三角関係のアレコレが歌によって表現されることになる。晩餐会の舞台は見事なシャンデリアが輝く場所で、夜の光がとても美しい。しかしながら、そんな場所で暇を持て余した貴族たちは、まどろっこしい恋の空騒ぎを演じることになる。
日本の『源氏物語』も貴族の話だった。貴族たちは風流を重んじて、自分の思いを和歌にして詠うことになる。本作の貴族のやり取りもそんなイメージなのかもしれない。一般の感覚からすれば「好き同士ならば何を躊躇している?」ということになるけれど、彼ら彼女らの貴族たちはそれらの悩みさえも高尚な歌として高らかに歌い上げることになるのだ。
マルガリーダとしては子爵が結婚に躊躇していたのは、過去に何らかの罪を犯したからなのだろうと考える。そして、マルガリーダはその罪を子爵と一緒に償う覚悟で、一生添い遂げるつもりで結婚することになるのだが……。
※ 以下、ネタバレもあり!

© Filmargem, La Sept, Gemini Films
子爵の秘密とは?
ここまでは一種の長い前フリみたいなものだったのかもしれない。それまでの高尚さから一転し、そこからとんでもないドタバタ劇が始まるのだ。
子爵はマルガリーダに曖昧なことばかり言っていた。“生ける屍”みたいなことを言ったりもする。ところがゾンビ以上に予想外だったのは、婚礼の夜に子爵がそのガウンを脱いで裸になった瞬間だ。
子爵は四肢がないダルマのような姿だったのだ。かつて『ボクシング・ヘレナ』という作品があったけれど、あれみたいなものだ。それでも子爵は機械の力を借りて、普通の人のように振舞っていたということになる。
マルガリーダは子爵の秘密を知り、自分がした約束もかなぐり捨てて遁走することになり、死んでしまうことになる。そして、それを知った子爵も自ら死を選ぶことになる。
描かれていることは悲劇なのかもしれないけれど、そこから先の展開は本作を喜劇にしてしまう。前半でまどっころしいオペラとして描かれた恋模様は貴族に対する皮肉だったのだろう。ラストでは貴族たちは豚と犬に化かされ、それが貴族たちの真の姿であるとでも言うようだ。とにかく呆気にとられるラストで、最後は亡くなった者たちさえも蘇り、大団円を迎えることになる。
オリヴェイラが本作を撮ったのは、自身が80歳になろうとしていた頃だ。それ以降も精力的に活動し、代表作と言われる作品はその後に生み出されることになる。80歳だというのに老成とは正反対の何とも若々しい作品になっている。こういう人だから100歳を越えても新作を作り続けられたということなのだろう。
最後に付け加えておけば、本作がデビュー作となり、オリヴェイラ作品の常連となったらしいレオノール・シルヴェイラがとても美しい。『アブラハム渓谷』の憂いを含んだ表情もとても素晴らしかったけれど、本作の初夜の時の姿は単純に眼福だった。『アブラハム渓谷 完全版』も初公開ということで久しぶりに観たいけれど、なかなかの長尺だけに……。
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