『ヒットマン』 なりたい自分になれ!

外国映画

監督・脚本は『バーナデット ママは行方不明』などのリチャード・リンクレイター

主演は『恋するプリテンダー』などのグレン・パウエル。グレン・パウエルは脚本やプロデュースのほうにも名前を連ねている。

物語

ニューオーリンズで2匹の猫と静かに暮らすゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)は、大学で心理学と哲学を教える傍ら、地元警察に技術スタッフとして協力していた。ある日、おとり捜査で殺し屋役となるはずの警官が職務停止となり、ゲイリーが急遽代わりを務めることに。これをきっかけに、殺人の依頼者を捕まえるためにさまざまな姿や人格に変身する才能を発揮し、有罪判決を勝ち取るための証拠を引き出し、次々と逮捕へ導いていく。
ところが、支配的な夫との生活に追い詰められた女性・マディソン(アドリア・アルホナ)が、夫の殺害を依頼してきたことで、ゲイリーはモラルに反する領域に足を踏み入れてしまう。 セクシーな殺し屋ロンに扮して彼女に接触。事情を聞くうちに、逮捕するはずの相手に対し「この金で家を出て新しい人生を手に入れろ」と見逃してしまう……!恋に落ちてしまったふたりは、やがてリスクの連鎖を引き起こしていくことに――。

(公式サイトより抜粋)

グレン・パウエル主演作

『恋するプリテンダー』『ツイスターズ』など、グレン・パウエルの主演作が立て続けに公開されている。『トップガン マーヴェリック』以来、その人気に火が付いたらしい。『ヒットマン』では、グレン・パウエル自身も脚本やプロデュースにまで参加しているということで、その人気もあって発言権が増したということなのだろう。

本作の監督と脚本は『6才のボクが、大人になるまで。』などのリチャード・リンクレイターで、グレン・パウエルは2016年のリンクレイター作品『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』にも重要な役で出演していた。キャストの中では三番目に名前が挙げられている、主人公の先輩だったらしい。すでに二人は旧知の間柄だったということで、二人のコンビでの本作が誕生したということなのだろう。

『ヒットマン』は、大学で教鞭に立っているゲイリー(グレン・パウエル)という主人公が、警察のおとり捜査に参加してという作品なのだが、ちょっと驚くことにこれは実話をもとにしている。一応は「やや本当な話」とか遠慮していて、確かに途中からかなりフィクションが混じり込んでくるけれど、民間人がおとり捜査に参加するなんてことがアメリカではあるらしいのだ。

ゲイリーは警察の技術スタッフだ。盗聴器を仕掛ける時のお手伝いのようなことをやっていたのだ。ところがおとり捜査の殺し屋役の警官ジャスパー(オースティン・アメリオ)が職務停止になってしまったことから、急遽お役目が回ってくることになる。

最初は嫌がっていたものの、やってみるとなぜかハマってしまう。コツは相手の求めている殺し屋になることだ。うまくそれに成り切ることができれば、おとり捜査は成功し、殺人の依頼者は逮捕されることになる。それによって殺人を防ぐことができるわけで、一種の社会貢献にもなっているということになる。そんなわけで本作はグレン・パウエルの七変化が楽しめる作品となっているのだ。

©2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

実はラブストーリー?

予告編なんかを観ると、本作はラブコメ風になっていて、それは間違いではないのだが、それほどコメディ寄りではない。個性豊かなヒットマンへの七変化はそれなりに楽しいけれど、言ってみれば“出オチ”みたいなもので、それほど笑えるわけではない(ファンにとっては堪らないのかもしれないけれど)。

さらには「ヒットマン」というタイトルではあるけれど、ゲイリーはヒットマンのフリをしているだけの民間人だから、ヒットマンらしいアクションなんかも一切ないことになる。そんなわけで、どちらかと言えば風変りなラブストーリーという印象だ。

ゲイリーはうまくおとり捜査をこなしていたのだが、ある女性に関わったことが運の尽き(?)ということになる。それがマディソン(アドリア・アルホナ)という女性だ。彼女は当然、殺人の依頼者ということになる。しかもターゲットは夫だ。

ゲイリーはロンという殺し屋として彼女と向かい合うことになる。ところが彼女の魅力に参ってしまったのか、ゲイリーは殺しの依頼を受け入れて彼女を逮捕させることが惜しくなってくる。ゲイリーは「その金で人生をやり直せ」と説教して別れることになるのだが、それが後になって問題となってくる。というのは、その後にマディソンの夫が殺されることになったからだ。

ゲイリーがロンというヒットマンを演じるために誰を参考にしたのかはわからないけれど、劇中のワンシーンはトム・クルーズ主演の『ナイト&デイ』にそっくりの場面が用意されている。『ナイト&デイ』では、トム・クルーズがキャメロン・ディアスを守るナイト(騎士)ということになるわけだが、ロンもマディソンを守るナイトみたいな役割になっていくのだ。

グレン・パウエルは『トップガン マーヴェリック』のハングマン役で人気者になったわけで、ロンのキャラはそのトム・クルーズに敬意を表してというネタだったのかもしれない。

※ 以下、ネタバレもあり!

トム・クルーズ主演作『ナイト&デイ』

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好きな自分になれ!

ゲイリーは大学で哲学や心理学を教えている。フロイトが好きなのか、愛猫はイドとエゴという名前になっている。そんなゲイリーは授業の中で、ニーチェの言葉を引用しつつ、「自分の殻を破れ」みたいなことを学生たちに説いたりすることになるのだが、ゲイリー自身はその言葉からはかけ離れた退屈な人物に見えている。

そして、本作は「人は変われるのか否か」ということが何度も話題になっている(たとえばゲイリーと元妻との会話の中で)。ところがおとり捜査で別人に化けることをしていると、ゲイリーのほうが化けたキャラクターに影響されてくることになっていく。

ゲイリーはロンとして、マディソンを助けたことで、マディソンの前ではロンを演じ続けることになる。マディソンが求めていたのは冴えない民間人のゲイリーではなく、危険な香りのするロンというヒットマンだからだ。

それが続くとゲイリーはロンのキャラに影響され、次第にゲイリーの時にもロンのような危険な男の雰囲気が醸し出されることになるのだ。最初にゲイリーが学生たちを煽っていたように、ゲイリーは好きな自分に変わるということを実践していくことになるというわけだ。

これはグレン・パウエルの主演作『恋するプリテンダー』ともよく似ているかもしれない。『恋するプリテンダー』は、恋人のフリをすることでその嘘が本当になってしまうという作品だったからだ。

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ブラックな終わり方

ただ、二つの作品では異なる部分もある。『恋するプリテンダー』は単なるラブコメだけれど、『ヒットマン』の場合は演じるのがヒットマンということもあって、厄介なことになっていくからだ。途中からはゲイリーはすべてをマディソンに打ち明け、その後はどうやって警察の目をうまく誤魔化すかということにシフトしていく。

というのはマディソンはもともと夫を殺そうとしていた危ない女性だったわけで、一度はゲイリーがさとして回避したものの、結局は夫を殺してしまうことになるからだ。しかも保険金の額まで吊り上げていることも明らかになり、ますますヤバい女だということが判明するのだ。そんな意味で、ラストはかなりブラックなテイストだった。

それでも一応は“言い訳”はなされている。ゲイリーと元妻との会話の中で、元妻は「自己が構築されたものなら人は役を演じている。人間は変われる?」などと語る。この台詞はどこかで「構築主義」という考え方を思わせる(「構築主義」という言葉自体が出てきたような気もするけれど気のせいかも)。「構築主義」とは、たとえばこんなふうに説明される。

ある事柄や実践が、変更不可能な性質を有しているとする立場を本質主義、社会的に作られたものであり、その性質は変更可能だとみなす立場を構築主義と呼ぶ。

『時事用語事典 – イミダス』より

ゲイリーの授業の中では、罪人に与えられる罰というものも、時代によって変わっていくということが論じられていた。つまりは現代では多くの国で死刑は許されないことになっているけれど、かつてはそうじゃなかったということになる。

社会的に有害な人物がいて、周囲の人たちも困っている。それでも今の世の中では様々な制約があって、それを排除することがなかなか難しい。だとするならば、昔のやり方でやったとしてもいいんじゃないのか。そんなふうに考えているということになる。これを「構築主義」と結びつけていいのかどうかはわからないけれど、かなり危なっかしい考えということは確かだろう。

まあ、マディソンは中村アンにも似たとても魅力的ないい女と言えるわけで、ゲイリーの気持ちもわからなくはないけれど……。

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