監督はお笑い芸人のゆりやんレトリィバァ。
脚本は『嗤う蟲』の内藤瑛亮。
主演は『万事快調〈オール・グリーンズ〉』の南沙良。
映画監督になりたい
本作で映画監督デビューしたゆりやんレトリィバァ。芸人としての彼女についてはあまり知らないけれど、テレビでよく見かける顔ではあるし、Netflixドラマの『極悪女王』で見事にダンプ松本になり切っていたのが印象に残っている。今回の映画監督デビューは彼女のテレビでの発言からスタートしているとのこと。
「映画監督になりたい」、ゆりやんがそんなふうにテレビで公言したら、すぐにプロデューサーがやってきて企画がスタートしたらしい。名前が売れている人は、その望みを口にするだけで夢が実現してしまうらしい。
Wikipediaの記載によれば、ゆりやんは芸人としてスタートしたものの、今ではアメリカに進出したり、歌手をやったりと様々なことにチャレンジしている。映画監督もそうしたチャレンジのひとつということなのかもしれない。
とはいえ、普通はそんな簡単に映画監督になれるものではないと思うけれど、ゆりやんはすでにネームバリューがあるからお声がかかったということなのだろう。『禍禍女』で、周囲を固めているのはこれまでも色々な映画に携わってきたプロたちだ。たとえば脚本を担当している内藤瑛亮は『嗤う蟲』や『ホムンクルス』などでも脚本を書いてきた人だ。
そんなわけで映画の作り方をよくわかっている人たちが周りでサポートしているため、それらしいホラー映画になっているとも言える。けれども中盤あたりから定番の展開を大きく逸脱していくところがあり、かなり風変りで個性的なホラー映画になっていたと思う。

©2026 K2 Pictures
ホラー映画からの逸脱
『禍禍女』は基本的にはホラー映画で、禍禍女が一種のモンスターということになるのだろう。本作では禍禍女によって何人もの男が犠牲になる。劇中では「好きになられたら終わり」などと説明されているわけだが、禍禍女は好きになったら最後、その相手の男の目玉を吸い尽くして殺してしまうのだ。
ホラー映画にモンスターが登場すれば、それに対抗するような主人公が必要だろう。本作ではそれが早苗(南沙良)という女性だ。早苗は禍禍女に殺されることになる宏(前田旺志郎)という男のことを慕っている。ところが宏には別に好きな女の子がいる。早苗は勝手に宏に対して横恋慕しているだけの女の子ということになる。
そして、その早苗は宏を殺されたことに恨みを抱いたのか、禍禍女に対して復讐を企てることになる。禍禍女はその後もあちこちで男を犠牲にしていくのだが、早苗はしつこくそれを追いかけていくのだ。

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壊れた愛?
面白いのは、禍禍女も早苗もやっていることは似たようなものだということだろう。宏を殺したのは禍禍女だったけれど、彼をストーカーしている点では早苗も負けていない。というか、早苗のほうがもっと狂っているかもしれない。
宏には好きな女の子・瑠美(アオイヤマダ)がいたにもかかわらず、早苗はひとりよがりに瑠美が二人の間に入り込んできたと感じているらしい。さらに宏が亡くなってからも、瑠美に対して嫉妬して手を上げるほど危険な人物でもある。
そして、中盤では早苗の狂気ぶりに焦点が移行する。この逸脱っぷりは典型的なホラー映画とは一線を画すもので、このあたりに監督であるゆりやんレトリィバァの個性が出ているのだろう(オブジェだらけの早苗の部屋の造形がいい)。
早苗を演じているのが最近の『万事快調〈オール・グリーンズ〉』でも主演だった南沙良だ。『オール・グリーンズ』の南沙良の役柄はやさぐれたラッパーで、基本的にはクールなイメージだったのだが、本作の早苗は完全に壊れてしまっている。宏が大好きなあまり、「好き好き大好き」と歌いながらカメラに向って満面の笑みを見せるわけだが、『オール・グリーンズ』の時のクールさが印象的だったために、余計に怖いことになっている。この早苗の壊れっぷりが見どころと言えるけれど、その妄想の異次元っぷりにはドン引きする人もいるかもしれない。
本作の禍禍女のキャラ造形は、いわゆる「Jホラー」と呼ばれるものにありがちな感じもしたし、怖がらせ方も典型的な気もしたけれど、この早苗の妄想の部分は奇妙にぶっ飛んでいて面白かった。そして、早苗の妄想はゆりやん監督の妄想でもあるのだろう。

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本作では何人もの男性が禍禍女の犠牲になる。禍禍女と早苗もどこかやっていることは似ていたけれど、本作では女の怒りが男を滅ぼすことになっているようでもある。髙石あかりもある男にキレることになるし、田中麗奈も旦那を禍禍女に売り渡すことになるわけで、男に対しての恨みつらみが表れているようにも感じなくもない。一体、早苗は宏とどんな未来を思い描いていたのだろうか? そこがまったく想像がつかないところが、ゆりやん監督の怖いところなのかもしれない。
斎藤工もそんな男性被害者のひとりだったけれど、祝詞の言葉が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だったのには、ちょっとだけ笑ってしまった。どんな効果をもたらす言葉なんだろうか? それからどこかで聴いたような懐かしい曲をちょっとだけ変形したような音楽の使い方もよかった。



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