Netflixで9月19日より配信中のドラマシリーズ(全5話)。
総監督は『碁盤斬り』などの白石和彌。ほかの監督としては『ひとよ』などの白石組で助監督を務めている茂木克仁の名前も挙がっている。
主演はお笑いタレントのゆりやんレトリィバァ。
物語
80年代に一世を風靡したクラッシュ・ギャルズ。その敵役として登場したのが、ダンプ松本率いる極悪同盟だった。
全日本女子プロレスに入門した松本香は、同期の中でも落ちこぼれで、長与千種とライオネス飛鳥という同期の二人がクラッシュ・ギャルズを結成し、かつてない人気を獲得していくのを横目で見ているしかなかった。松本香はいかにしてダンプ松本となったのか?
女子プロレスの全盛期?
クラッシュ・ギャルズと極悪同盟の抗争は、私も当時テレビで見ていた。さすがに幼かったのでそれほど明確な記憶はないけれど、このドラマでも一つのクライマックスとなっている“髪切りデスマッチ”のことはよく覚えている。結末は意外なものだったし、“髪切り”が凄惨なイメージだったからだろうか。
実はこの放送が問題となってテレビ放送は打ち切りとなっていたらしい。特別にその試合だけが強烈に記憶に残っていたわけで、それだけインパクトがある番組だったということだろう。放送打ち切りの件は、このドラマで初めて知ったけれど、今なら当然放送できないであろうヤバい内容だったのだ。
最近はプロレス自体をあまり見なくなってしまったけれど、当時はクラッシュがブレイクする前にはタイガーマスクがいたりして、これまた子どもたちに大人気だった。だから女子プロレスも同じような感覚で見ていて、クラッシュを応援していたような気がする。
クラッシュ解散後の1990年代には長与千種の映画『リング・リング・リング 涙のチャンピオンベルト』が公開され、それも映画館で観る程度には女子プロレスにハマっていたのだ。だからこのドラマシリーズは物語どうこうよりも、懐かしさがいっぱいだった。
『極悪女王』の主役はダンプ松本だ。いわゆるヒールと呼ばれる悪役だ。それでもダンプは人気者で、バラエティー番組なんかにもよく顔を出していたし、一時はCMなんかでも見かけたりした。プロレスファン以外にも知られるような存在だったのだ。
このドラマは松本香という女の子がいかにしてダンプ松本になったのかを描き、どんな大暴れをしていたのかということを再現してくれることになる。
松本香からダンプへ
全5話はあっという間だ。当時の女子プロレスを知っている人なら、そのスター選手や試合がどんなふうに再現されているかということが気になるし、テレビでは見えてこない内幕の話も盛りだくさんだ。
全日本女子プロレス(全女)は松永兄弟による家族経営だったようだ。松永兄弟という名前はプロレス雑誌なんかで知っていたけれど、その兄弟を村上淳、黒田大輔、斎藤工の三人が演じている。全女を裏で仕切っていたのが、この松永兄弟だったのだ。
その中のひとり黒田大輔が演じた国松は、レフェリーのジミー加山として試合にも登場していた。ライオネス飛鳥の得意技であるジャイアントスイングの際には、邪魔にならないようにコーナー上に避難するのがテレビでもお馴染みの光景だった。
それから後に極悪同盟専属のレフェリーを務める阿部四郎(音尾琢真)は、実はプロモーターだったらしい。テレビにも悪徳レフェリーとして顔を出していた阿部四郎は、当時を知る人には懐かしい名前で、そんな女子プロレスの内幕物としてのネタもおもしろかった。
『極悪女王』は特に後半が盛り上がる。前半が弱いのは、まだ松本香(ゆりやんレトリィバァ)が自分の本当にやりたいことをやれていなかったからだろう。後半になり、ダンプ松本として大暴れすることになると観ている側としても何だかスッキリするような気持ちにもなる。というのは、このドラマは「好きなように生きたほうが勝ち」ということを煽るような作品になっているからだろう。
松本香の家は貧乏で、彼女は妹とビールの空き瓶を集めて小銭を稼いだりしている。その貧乏の原因は父親(野中隆光)だ。この父親は普段はあまり家に寄り付かないけれど、金がなくなると子供たちの給食費にまで手を出すクズだ。香はそんな父親を殺してやりたいとまで憎むようになる。
一方で香が憧れていたのはビューティー・ペアのジャッキー佐藤(鴨志田媛夢)だ。香は彼女のようになりたくてプロレスをやりたいと思うようになる。そうしてプロレスの世界に足を踏み入れることになった香だが、彼女に与えられた役割はジャッキー佐藤のようなベビーフェイス(善玉)ではなくてヒール(悪役)だ。
同期の長与千種(唐田えりか)とライオネス飛鳥(剛力彩芽)がベビーフェイスとして人気になっていくのを横目に、香は同期の中でも落ちぶれていくことになる。そんな状況の中で、香は家族の問題とクラッシュへの嫉妬から闇落ちし、ほとんどやけくそ気味でダンプ松本として覚醒するのだ。
“ブレーキの壊れたダンプカー”というのはスタン・ハンセンのキャッチフレーズだが、ダンプ松本もそれと同じく手のつけられない暴れっぷりを見せることになる。ダンプは凶器攻撃も反則も当たり前のやりたい邦題でクラッシュ・ギャルズをいじめ抜くことになり、それがファンの興奮を煽ることになっていくのだ。
やりたいことを好き勝手に
クラッシュというベビーフェイスが輝くには、強烈なヒールが必要だ。テレビ局側は全女のプロレス中継がゴールデンに返り咲くには、そうした派手な抗争相手が必要だと感じていた。
ダンプ松本の極悪同盟はそんなヒール役としてピッタリハマったということだろう。ダンプがクラッシュをいじめればいじめるほど、客はクラッシュを応援して盛り上がることになっていったからだ。
ダンプはかなりの嫌われ者だった。家族まで迷惑を被るほど、世間から嫌われていたらしい。それでもダンプがあちこちで引っ張りだこだったのは、何ものにも縛られることもなく大暴れしている姿が爽快だったということなのかもしれない。
クラッシュ・ギャルズでも長与千種は、空手を取り入れた彼女なりのプロレスをやることで人気を獲得していった。一方で、相方のライオネス飛鳥はプロレスセンスでは長与を上回るものの、長与の人気の影に隠れる形になってしまう。飛鳥の場合は、昔ながらのオーソドックスなスタイルをやりたいと感じていて、それが時代にハマらなかったのかもしれない。
長与千種はこのドラマでも前田日明の名前を出しているように、後にUWFにつながるような格闘技志向だったのだろう。それが時代にマッチしていたということもあるのかもしれない。とにかく好き勝手にやっている人は輝いて見えるということなのだ。
『極悪女王』の一つのキーワードとして出てくるのが“ブック”という言葉だ。これはプロレスの世界における台本みたいなことを指すようだ。実際のプロレスにそんなものがあるかどうかはよく知らない。全女には“ブック”なんてものはなく、全部が“ガチンコ”だったという話もあるようだし、このドラマはもちろんフィクションの部分も多いのだろう。
それでもわざわざ“ブック”という言葉を出し、ダンプにも長与にも“ブック破り”をさせているのは、彼女たちが好き勝手にやっているということを強調するためだったのだろう。壮絶な“髪切りデスマッチ”も見事だったけれど、ラストの同期対決は全員が輝いて見え、感動的ですらあった。
魅力的な役者陣
役者陣はみんな素晴らしかった。体重を増やしてダンプ松本に成り切ったゆりやんを筆頭に、みんなその本気度が伝わってくる熱演だった。
ゆりやんは体重を40キロも増やしダンプの身体を作り出していた。特に“髪切りデスマッチ”の自信に満ちた表情は憎々しいほどで、歩き方や立ち振る舞いやマイクの持ち方までダンプに似せていて本人かと思うくらいにハマっていた。
長与千種を演じた唐田えりかは色々あって干された形になっていたのはご存知の通り。最近は『ナミビアの砂漠』でも印象的に登場していたけれど、『極悪女王』ではほとんどダブル主演とも言えなくもない役柄を熱演している。唐田は長与が丸坊主にされたのと同じく、実際にドラマ内で丸坊主になっている。余程の覚悟がなければ、長与役はできないだろうし、それを見事にやってみせただけでも株は上がっただろう。
「スターは勝手に光り出してくる」という台詞もあったけれど、長与千種はそういう存在だった。そして、そんな長与を演じた唐田えりかも違和感はなかった。さすがに当時の長与千種と比べれば線は細いのだが、それは改めてyou tubeで過去の映像を確認してみたからそう思うだけで、記憶の中の長与の印象とそれほど変わるものではなかったのだ。
ライオネス飛鳥を演じた剛力彩芽も、非力な人には難しいジャイアントスイングまで披露して頑張っている。アイドルとしてのクラッシュのダンスもノリノリだったし、試合中の啖呵の切り方が威勢がよくて気持ちよかった。
そのほかの脇役たちもみんな個性を発揮していて魅力的だった。なかでもデビル雅美を演じた根矢涼香が良かった。デビルはヒールとして狂気の目付きを見せることがあるけれど、根矢涼香の目付きはデビルそのものに見えた。デビル雅美には、スーパーヒールデビル雅美という別キャラもいたなんてことを、今さらながらに思い出したりした。
『極悪女王』は全女が一番賑やかだった時代に焦点を絞っているけれど、全女にはまだまだスター選手はいるわけで、全5話だけではもったいないような気もした。
個人的には女子プロレスラーの中で一番のお気に入りは“ブル様”ことブル中野なので、このドラマではダンプの一番弟子というところで終わってしまったので、そこは残念だった。クラッシュやダンプが抜けた後の全女で気を吐いたのがブル中野だったのだ。何だったら『プロレススーパースター列伝』の女子プロレス版みたいなヤツで、ほかのスターたちも取り上げてくれたらさらに楽しそう。
コメント