監督は『愛なのに』などの城定秀夫。
脚本には城定秀夫と、『ホムンクルス』などの内藤瑛亮の名前が挙がっている。
主演は『愛がなんだ』でも共演している深川麻衣と若葉竜也。
物語
田舎暮らしに憧れるイラストレーターの杏奈(深川麻衣)は、脱サラした夫・輝道(若葉竜也)と共に都会を離れ、麻宮村に移住する。麻宮村の村民たちは、自治会長の田久保(田口トモロヲ)のことを過剰なまでに信奉していた。
二人は、村民たちの度を越えたおせっかいに辟易しながらも新天地でのスローライフを満喫する。そんな生活のなかで杏奈は、麻宮村の村民のなかには田久保を畏怖する者たちがいる、と不信感を抱くようになっていく。
一方、輝道は田久保の仕事を手伝うことになり、麻宮村の隠された<掟>を知ってしまう。それでも村八分にされないように、家族のため<掟>に身を捧げることに……。
(公式サイトより抜粋)
スローライフに憧れる?
主人公の若い夫婦はスローライフに憧れる都会人という設定だ。イラストレーターをしている杏奈(深川麻衣)は、SNSで田舎暮らしの素晴らしさについて投稿しているし、夫の輝道(若葉竜也)は無農薬野菜を育てて暮らしていこうと考えている。麻宮村は二人にとって夢にまで見たような環境だったのだ。
ところが二人を待ち構えていたのは、かなりのお節介焼きのご近所さんだったということになる。輝道が畑を借りることになった自治会長の田久保(田口トモロヲ)は、畑仕事にもアレコレとアドバイスをくれる親切な人だ。しかしながら若夫婦のプライベートなことにまでクビを突っ込んでくるところもある。
「子どもはまだ?」なんてことを訊ねるのは、今では何らかのハラスメントとなるのだろうけれど、そうしたことを当たり前のこととしてズケズケと訊いてくる。田久保の奥さん(杉田かおる)も同じで、「カボチャは妊娠に効くから」などと言って杏奈が苦手なカボチャを無理やり勧めてくる。なかなか面倒なご近所さんなのだ。
麻宮村は昔ながらのコミュニティが残っている場所だ。そんな村の新参者である杏奈と輝道は、村に溶け込もうという努力もしている。手土産を持って引っ越しのあいさつにも回っているし、自治会の活動にも積極的に参加するようにしているのだ。
しかしながら二人は今風の若者でもあり、田舎の古臭い人たちとは感覚がズレているところもある。杏奈と輝道は結婚はしているけれど、夫婦別姓で通している。杏奈は仕事もしているから、そっちのほうが都合がいいのだ。それでも昔ながらのやり方に固執している田舎では格好の噂話を提供することになってしまう。本作はそんな今風の若者が因習ばかりの村にやってきたらどうなるか、という“田舎ホラー”ということになる。

©2024映画「嗤う蟲」製作委員会
「田舎怖い」の連チャン
『嗤う蟲』の設定は、前回取り上げた『おんどりの鳴く前に』とよく似ている。たまたま今週公開された新作ということで選んだだけなのだが、まるで同じ作品でも観ているのかと錯覚するほど似ている部分もあった。もしかしたら別の機会に観たならばそれなりに楽しめたのかもしれないけれど、連チャンでそんな作品に当たったものだからちょっと困惑しつつ、うんざりしてしまったというのが正直なところかもしれない。
『おんどり』の村は洪水の被害に遭っているという設定で、村長が川辺でこっそりと密輸をビジネスにし、その金を村の運営に使っていた。『嗤う蟲』の麻宮村もそれとそっくりな設定なのだ。
麻宮村はかつて酷い土砂崩れがあったらしく、その時に住民の多くが都会に転出していったらしい。山深い麻宮村は災害支援も後回しにされ、住民たちが困っていたところ田久保が積極的に行政と掛け合って村を復旧させたらしい。これがきっかけで田久保は麻宮村で誰も逆らえなくなるほどの力を持つようになったのだ。
そして、麻宮村の裏の産業となっているのは、大麻の栽培なのだ。一応は県からの許可を得ている栽培ということになっているのだが、一部は違法なものも扱っている。田久保たちは村の川辺であやしげな外国人と取引して金を儲け、その金を村の維持に活用しているのだ。だから田久保としては罪悪感みたいなものは一切ないわけで、すべては村のためにやっていることになり、だからこそ歯止めが効かなくなっているのだ。

©2024映画「嗤う蟲」製作委員会
村八分というやり方
ただ、『おんどり』と『嗤う蟲』では異なる部分もある。『おんどり』の場合は、村の描写は社会風刺的なものへとつながっていくわけだが、『嗤う蟲』はたとえば『ミッドサマー』あたりのよくある“田舎ホラー”というジャンル映画になっていく。
『おんどり』でも村長はかなり危なっかしい人物だったけれど、積極的に村のことを嗅ぎ回ったりしなければ放っておかれる部分もあっただろう。それに対して『嗤う蟲』の場合は、もっと陰湿だった気もする。田久保たちはもっと積極的に新参者に働きかけてくるのだ。
輝道が大麻栽培から抜けると言い出すと、杏奈が買い物に行っても何も売ってもらえないというあからさまなシカトに遭うことになる。田久保は表向きはとても丁寧な物腰だけれど、それでも彼に逆らうと途端に麻宮村では生きていけなくなってしまうのだ。この村八分というやり方はとても日本的なのかもしれない。
その一番の被害者が三橋(松浦祐也)という男で、彼は奥さん(片岡礼子)が子どもが産めなかったということで田久保から目をつけられることになったようだ。三橋と奥さんは村の中で爪はじきにされ、自滅していくことになってしまう。

©2024映画「嗤う蟲」製作委員会
日本の田舎の同調圧力の強さに関しては、『ヴィレッジ』(藤井道人監督)という作品でも取り上げられていた。本作のそれもかなりグロテスクだった。
杏奈が妊娠すると、その情報はあっという間に近所でも共有されるようになる。杏奈たちも最初は「田舎恐るべし」などと冗談めいて話す程度だったけれど、子どもが産まれるとさらにエスカレートするようで、二人の子どもは村のみんなの子どもとでも言うような扱いになっていく。子育てを手伝ってくれるというよりは、ほとんど村に幽閉されたようになっていくあたりはちょっと怖い。田舎だと現実でも似たようなことはありそうだからこそ余計に怖いのかもしれない。
とはいえ、よくある“田舎ホラー”という枠内ですべてが収まっている気もして、『ガンニバル』あたりと比べてしまうと物足りないかもしれない。田久保を怪演した田口トモロヲはちょっと面白ったけれど……。タイトルについては最後までピンと来なかった。
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