『木挽町のあだ討ち』 事件が主役

日本映画

原作は永井紗耶子の同名小説。この小説は直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した。

監督・脚本は『大停電の夜に』源孝志

主演は『春画先生』柄本佑

物語

時は江戸時代。ある雪の降る夜、木挽町の芝居小屋「森田座」のすぐ近くで、美しい若衆・菊之助が父の仇討ちを見事に成し遂げた。その事件は多くの人々に目撃され、美談として語られることになる。1年半後、菊之助の縁者だという侍・総一郎が、仇討ちの顛末を知りたいと森田座を訪れる。菊之助に関わった人々から事件の経緯を聞くなかで徐々に事実が明らかになり、やがて仇討ちの裏に隠された「秘密」が浮かび上がる。

『映画.com』より抜粋)

時代劇ミステリー

同名の原作小説はとても評判がよかったようで、直木賞や山本周五郎賞などを獲得している。さらにはこの原作をもとにした新作歌舞伎も公演され話題になっていたのだとか。そして、今回の映画化ということになるわけで、もともとの原作の物語がとても魅力的ということなのだろう。

映画版の『木挽町のあだ討ち』は、そんな原作からは改変している部分もあるようだ。そのひとつが主人公が探偵みたいになって事件を探っていくところらしい。本作は、東映の京都撮影所で撮られた時代劇であるけれど、探偵が活躍するミステリーでもあるのだ。謎解きの面白さもあって飽きさせないし、人情噺で大いに泣かせる映画となっていて、エンターテインメントとしては文句なしの作品になっている。

冒頭に早速仇討あだうちが描かれる。真っ赤な振袖で女を装った菊之助(長尾謙杜)が、自分のかたきである作兵衛(北村一輝)という男を誘い、決闘の末に仇討ちを果たすことになるのだ。ただ、この仇討ちはどこか仕組まれているようなものを感じさせることになっている。

舞台が整いすぎているし、かなり芝居がかっているからだ。しかも首を斬り落とした瞬間は見物人から隠れたところで行われ、何となくあやしいものを感じさせるのだ。それでもその仇討ちを目撃した見物人は、見事な仇討ちを讃えることになり、江戸中で菊之助の仇討ちは噂の的になる。

ところが1年半後、木挽町にふらりと総一郎(柄本佑)という男が現れる。これが本作の主人公だ。彼が一種の探偵役ということになる(刑事コロンボを意識しているらしいけれど)。彼は菊之助の妹の許嫁ということなのだが、なぜか仇討ちの詳細を嗅ぎまわることになる。なぜそんなことをしているのか?

©2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会

武士のしきたり

「目には目を、歯には歯を」とは言うけれど、現在の社会でそんなふうに復讐することは許されない。親を殺された菊之助は、その仇を殺すことになったけれど、現在では個人が勝手にそんなことをすればもちろん犯罪として処罰されることになる。

ところが江戸時代の武士の世界は、そうではなかったらしい。仇討ちというのは江戸では武士の「しきたり」として認められていた。というよりも、武士であるならば、親の仇は必ず討ち取るべしということになっていたらしい。そうでなければ武士の「面目」が立たないということなのだろう。つまりは仇討ちは義務みたいなもので、それを成し遂げなければお国には帰れないということになっていたらしい。菊之助は武士であり、そんな「しきたり」とか「面目」とかいうよくわからないものに縛られていたということになる。

一方で森田座という歌舞伎の芝居小屋の人たちは自由だ。劇中では、芝居小屋のことをひとつの国として、「戯場国ぎじょうこく」などと呼ぶことがあると語られる。芝居小屋の中には何でもある。衣装も揃っているし、風呂もある。髪結いもいれば、大工もいる。すべては芝居をするために必要になるからなのだが、「戯場国」の中にすべてが揃っていてそこだけで生きていける。芝居小屋はひとつの国みたいなものであって、外の世界とは異なるルールがあるのだ。

そんな森田座の人たちからすれば、武士の「しきたり」なんてものは何の価値もないだろう。だから下らない「しきたり」に縛られている菊之助に同情したということなのか、森田座の人たちはみんなで大芝居を打って菊之助の仇討ちを見事に演出してみせたというのが事の顛末ということになる。

※ 以下、ネタバレもあり!

©2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会

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事件が主役

菊之助がなぜ仇討ちをしなければならなくなったかについては、観ればわかることなので省略するけれど、本作はその謎が劇的に示されるというよりは、中盤あたりで意外とあっさり示されているとも言える。それでもその後は、最初に演じられた仇討ちへと向って丁寧に謎解きの答え合わせをしていく形になっていて、誰にでもわかりやすいし、とてもスッキリする話になっている。

最初に見せ場を作るのは仇討ちを果たす菊之助ということになるだろうし、クセのある森田座の面々のキャラだって面白い。それでも一番美味しい役どころは作兵衛だろう。

作兵衛は江戸中で悪い評判となっている博徒として登場し、あっという間に首を斬られることになる。作兵衛は憎々しい仇役を演じ、その生首は仁王のような形相のまま果てることになる。実はこれは芝居だったというのはネタバレだが、芝居小屋には生首すらも用意されているのだ。歌舞伎では「首実検」の場面はひとつの見どころになっているからだが、この大芝居では丁寧に作兵衛用の生首を作り上げて見物人たちを騙すことになるのだ。

しかしそんな仇役の作兵衛こそが、最も武士の「しきたり」に縛られていた人物であったというところが泣かせどころだ。作兵衛は主君に忠義を尽くす家臣だからこそ、悪党を演じて殺されなければならなかったのだ。

作兵衛を演じた北村一輝は一番美味しいところをかっさらっていった。対照的な二つの顔を演じつつ、さらには変顔までサービスして盛り上げてくれるのだ。ラストでの作兵衛の表情なんかを見ていると、写楽が書いた浮世絵の歌舞伎役者そのままみたいに見えた。

©2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会

そんなわけで私自身も本作の人情噺に泣かされつつ存分に楽しんだのだけれど、同時に不満もなくはない。

主演の柄本佑はインタビューで、「事件が主役で、そこに関わる人たちが主役」と語っている。柄本佑が演じた総一郎は一種の狂言回しであって、飄々とした味わいで本作を謎を解き明かしていくけれど、あくまでも「事件が主役」となっているのだ。それはまさにその通りで、プロットの面白さでぐいぐいと観客を引っ張っていく。そこが本作の魅力でもあるけれど、そこがネックにもなっている気もした。

本作はエンターテインメント作品としては文句なしだし、観客の評判もすこぶるいい。しかしながら一度ネタを知ってしまったとしたらどうだろうか? ネタバレしつつも再び観たいと思えるような作品になっているのかどうか。

本作は歌舞伎を題材としている。同じく歌舞伎を題材として昨年大ヒットした『国宝』の余韻もあり、とてもタイムリーと言える。ただ、『国宝』の場合は何度も繰り返して観る観客も多かったと聞くけれど、本作の場合はどうだろうか? ネタバレした後に観る本作はさらに感動を深めるのかどうか。たとえばカイザー・ソゼの正体を知ってから観る『ユージュアル・サスペクツ』を面白いと感じられるのかどうか。そんなところがある気もしたのだ。

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