『ルイ・セロー:”マノスフィア”の深層にあるもの』 虚像と実像

外国映画

監督はエイドリアン・チョア

出演はルイ・セロー

Netflixオリジナル作品として、3月11日から独占配信中。

原題は「Louis Theroux: Inside the Manosphere」

物語

男性至上主義を掲げ広がりを見せるオンラインコミュニティと、その界隈で物議を醸すインフルエンサーを有名ドキュメンタリー作家が調査。普段はカメラが入らない領域にタブーを恐れず踏み込む。

(公式サイトより抜粋)

『アドレセンス』のキーワード

タイトルにも名前が挙がっているルイ・セローという人がどんな人なのかは知らないけれど、フィルマークスには「ルイ・セローが見た○○」というタイトルのドキュメンタリーがいくつも出ている。ほとんどがBBCが製作したドキュメンタリー番組のようだ。

Netflixの本作概要には、ルイ・セローは「有名ドキュメンタリー作家」と記されているけれど、作品の監督は別に存在しているらしい。とりあえずルイ・セローが番組の顔となって、取材対象に対してマイケル・ムーアのように突撃するドキュメンタリーということなのだろう。

『ルイ・セロー:”マノスフィア”の深層にあるもの』は、そのルイ・セローの初のNetflix作品ということ。このドキュメンタリーに興味を持ったのは、タイトルにある”マノスフィア“というものが気になったからだ。”マノスフィア”という言葉を初めて知ったのもつい最近のことで、それもやはりNetflixのドラマシリーズ『アドレセンス』を観たからだ。

『アドレセンス』という作品は、昨年とても評判になったドラマだ。エミー賞では作品賞を含む8部門を獲得したのだとか。その『アドレセンス』というドラマの中で、この”マノスフィア”というキーワードが出てきていたのだ(以下、『アドレセンス』に関するネタバレあり)。

『アドレセンス』は、少女がナイフで刺殺されたという事件がきっかけとなって始まる。そして、ある少年が逮捕される。この少年が殺人を犯したことは防犯カメラの映像で明らかなのだが、彼がなぜそんなことをしたのかという動機がわからない。刑事はそれを調べることになるのだが、少年が影響されていた考えとして語られるのが”マノスフィア”なのだ。

『アドレセンス』は、4話構成のドラマシリーズで、それぞれがワンカットで撮影されている。この撮影手法が話題にもなったし、とても考えられて撮られている。ただ、ドラマの手法的な縛りもあって会話劇が中心となっていて、”マノスフィア”というものがどんなものなのかを具体的に示してくれるわけではなかった。そんなわけで、おぼろげにしかわからなかった“マノスフィア”についてのドキュメンタリーということで、本作に興味を持ったのだ。

Netflixオリジナル作品 3/11より独占配信中

“マノスフィア”とは?

マノスフィア(Manosphere)」とは、「男性(man)」と「領域、世界(sphere)」という言葉をつなげた造語らしい。AIによる概要では「インターネット上で「男らしさ」の再定義や伝統的な性別役割分担を強く主張する、男性中心のオンライン・コミュニティや思想の総称」ということ。

『アドレセンス』の中でも語られていたけれど、マノスフィアという思想を唱える人たちは、レッドピルを飲むことで真実に目覚めたと考えているらしい。このレッドピルというのは、映画『マトリックス』に登場したアイテムだ。ブルーピルを飲めば今まで通り夢の中の世界で暮らしていけるけれど、レッドピルを飲めば真実の世界に目覚めることができる。レッドピルというアイテムはそんな効果をもたらすものだった。

マノスフィアの人たちは、フェミニズムによって男たちが生きにくい世界になっていると考え、それは不当だと主張しているわけだ。本作に登場するマノスフィアを先導する男たち(この場合、インフルエンサーと呼んだほうがいいのだろう)は、みんな筋骨隆々の身体で、うなるほど金を持っていて、魅力的な女性たちに囲まれている。そんな男らしい男に憧れる人が、彼らのフォロワーになる。

インフルエンサーはyou tubeやインスタグララムなどに動画を投稿し、それによってフォロワーを獲得する。さらにそこから先は会員制のもっとあやしいサイトに誘導するらしい。そこではいかがわしいポルノ動画があったり、手っ取り早く金を稼ぐための投資に関する情報があるらしい。インフルエンサーの側はそうしたフォロワーを食い物にする形で儲けているということなのだろう。ルイ・セローが投資のために500ポンドをつぎ込んでみたものの、結局はあっという間に元金はなくなったらしい。

Netflixオリジナル作品 3/11より独占配信中

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インフルエンサーとフォロワー

マノスフィアのインフルエンサーたちは、女性を罵倒したりすることもあるけれど、その一方で女性を崇めるような部分もある。何だかんだ女好きなのだ。彼らはフェミニズムのせいで世の中は変わってしまったと考え、その世界では男性は価値がないと考えているらしい。

男性は努力して自ら価値を生み出さなければならない。それに対して女性はそうではない。「美しい女性ならば」という限定付きなのだけれど、そういう女性はそれだけで価値があると彼らは考えるのだ。だから女性を崇拝しつつ、軽蔑するということになるらしい。

こうした考えが、一部の男性の希望になっているのだ。かつては男性の多くが、男性優位のシステムに助けられていた側面があったのだろう。ところがそういうシステムがおかしいとされ、男性も下駄を履くことができなくなってくると、辛い思いをする男性も増えてくる。それがいわゆるインセルと呼ばれる人になったりするということなのだろう。そういう人たちには、インフルエンサーの語ることが、彼らの真実を代弁していると思えるのかもしれない。

それを傍から見ていると、首を傾げざるを得ない部分がある。自分を価値あるものにするための努力が肉体の改造と、投資による金儲けということになるのが短絡的とも思えるからだ。ただ、フォロワーとしてはインフルエンサーをロールモデルとして前向きに生きていくことができるということらしい。

Netflixオリジナル作品 3/11より独占配信中

虚像と実像の差

しかしながら、本作ではそんなインフルエンサーにルイ・セローがのらりくらりと迫っていくことになる。そうすると色々とボロも見えてくる。インフルエンサーは一夫多妻制みたいなことをやっているけれど、それに関してツッコまれると、動画にアップされている姿はあやしいものにも思えてくる。

動画の中ではフォロワーを煽るために威勢のいいことばかりを言っているけれど、それが現実世界で通用するかどうかは別問題ということなのだろう。動画の中の姿と、現実の姿は別ものなのかもしれないのだ。虚像と実像には差があるのだろう。けれどもインフルエンサーを信奉する人は、そこの部分が見えていないということなのかもしれない。

『アドレセンス』の少年もそうしたインフルエンサーから悪影響を受けてしまったということだったのだろう。ただ、そうした影響関係が判明したとしても、彼らのことが理解できたとも思えない。

実は『アドレセンス』でも、若い世代と老いた世代の断絶みたいなものが描かれていた。刑事は少年の動機について探っていくけれど、どうにも空回りしている。それを見かねた刑事の息子がマノスフィアについて教えてくれるわけだけれど、どうにも若者のことは老いた者には感覚的によくわからないのだろう。

そんな意味では、本作を観ても”マノスフィア”の実情は何となく感じられたとしても、インフルエンサーのやっていることやそのフォロワーの心情はいまひとつピンと来ないかもしれない。

 

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