『ハムネット』 感動する話を

外国映画

原作はマギー・オファーレルの同名小説。

監督は『ノマドランド』クロエ・ジャオ

主演は『ザ・ブライド!』ジェシー・バックリー

米アカデミー賞では作品賞ほか計8部門にノミネートされ、主演女優賞を獲得した。

物語

1580年イギリスの小さな村。貧しいラテン語教師ウィリアム・シェイクスピアは、森を愛する自由奔放なアグネスと出会う。2人は互いに惹かれ合い、情熱的な恋愛の末に結婚して3人の子供を授かるが、ウィリアムが遠く離れたロンドンで演劇のキャリアを模索する一方、アグネスは独りで子どもたちを守り家庭を支えていた。そんななか一家に大きな不幸が訪れ、かつて揺るぎなかった夫婦の絆が試されることになる――。

(公式サイトより抜粋)

感動する話を

毎週のように新作映画を観て何かしらを書くことを習慣としているけれど、最近は心を動かされることが少ない気もする。歳のせいで何かが鈍ってきているのかとも思わなくもないけれど、『ハムネット』は久しぶりに涙なしには観られない作品だったと思う。

そもそもなぜ人はフィクションを必要とするのだろうか? 本作はそんな問いに対しても答えをくれる。要は単純なのだ。主人公のアグネス(ジェシー・バックリー)が最初に要望するのは「感動する話をして」というものだった。それに対して、のちにウィリアム・シェイクスピア(ポール・メスカル)という有名劇作家となる名もなき男が語ったのが、オルフェウスの物語だった。

この男は口下手で、物語を語ることでしか自分を表現できないところがあるのだ。そして、そんな彼が本作の最後に提示するのが『ハムレット』の物語なのだ。

シェイクスピアの傑作として名高い『ハムレット』。何度も映画化されていて繰り返し観た作品のはずだったけれど、本作を観るとまた違ったものとして見えてくることになる。

『ハムネット』には原作があるのだそうで、日本語にも翻訳されているらしい。実はウィリアム・シェイクスピアという人についてはよくわかっていない部分が多いのだそうで、この原作はそうした謎の部分をフィクションで補う形になっているらしい。そして、この原作ではシェイクスピアの戯曲の中でも傑作として評判が高い『ハムレット』の創作秘話をフィクションとして描いているのだ。

本作の冒頭では、当時は「ハムネット(Hamnet)」と「ハムレット(Hamlet)」は代用可能な名前で、同じものとして感じられていたということが字幕で示される。そして、このハムネットというのはシェイクスピアの息子の名前だったのだ。

ところがこのハムネットは11歳という年齢で亡くなってしまう。当時のペストの流行が原因らしい。そして、その3年後に『ハムレット』という戯曲が誕生するというのが史実だ。ハムネットが亡くなり、『ハムレット』が誕生する。実際にはどういう経緯で『ハムレット』が誕生したのかはわかっていない。しかしここに関連性を見出し、「感動する話」を作り出そうとしたのがこの原作ということなのだろう。

©2025 FOCUS FEATURES LLC.

対照的な二人

史実ではウィリアム・シェイクスピアは18歳でアン・ハサウェイという26歳の女性と結婚したことになっている。ただ、このアン(=アグネス)という人物についてもよくわかっていないらしい。アンは悪妻だったという話もあるようだが、本作のアグネスはウィリアムを支える妻として描かれている。

本作の主人公はこのアグネスだ。冒頭はアグネスが森の緑の中で横たわっている場面だ。『ウィッチ』という作品でも、共同体から追放された人たちが森の近くで住むことになっていたように、森というのは魔女が住まう場所とされていた時代なのだ。アグネスはそんな森で鷹匠のようにタカと戯れ、薬草を探して森の中を彷徨っている。このアグネスの姿は、自然の中で生きることの素晴らしさが描かれたクロエ・ジャオの出世作『ノマドランド』にも通じるところがあるだろう。

一方のウィリアム・シェイクスピアはラテン語教師で、アグネスが住む家の子どもたちのところへ彼が通うことになり、二人は出会い惹かれ合うことになる。

クロエ・ジャオは二人に関してこんなふうに解説している。「アグネスは自然と深く繋がり、自身の直感を大切にする人物です。一方でウィルは、想像力によって新しいものを生み出し、言葉や知性を通じて世界に意味を見つけようとする人物です。」と。

対照的な二人だが、互いのことを理解している。ウィリアムは皮製品を作る職人の息子として、家業を継ぐことを求められていた。しかしウィリアムは物語を語ることが好きで、彼はアグネスの後押しがあったからこそロンドンで出て演劇の世界へと入ることができたのだ。ところが息子ハムネットの死が二人の間に隙間風を吹かせることになる。

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死神を騙して身代わりに

二人の間には3人の子どもが誕生する。そのうち2人は双子だ。それがハムネット(ジャコビ・ジュープ)とジュディス(オリビア・ライン)だ。

ジュディスは誕生した時から身体があまり強くはなかったようで、最初にペストにかかったのもジュディスだった。ところがハムネットはその身代わりとなる。死神を騙してジュディスの代わりにハムネットが死ぬことになるのだ。これは父親ウィリアムとの約束でハムネットが「家族を守る」ことを誓っていたからでもある。

幼い子どもが死んでしまう。これは当時はそれほど珍しいことではなかったようだ。ウィリアムの母親メアリー(エミリー・ワトソン)も3人の子どもを亡くしているらしい。とはいえ、そうした事実がそう簡単に済むものでないことも言うまでもない。

ハムネットが亡くなってしまうと夫婦関係も変わり、アグネスはウィリアムがハムネットの傍にいなかったことを責めることになる。子どもを喪った夫婦が辿るであろう、ごく一般的な姿なのだろう。

ウィリアムはそれに対して何も言うことができずにまたロンドンへと戻っていく。そして3年後にようやく『ハムレット』が初演になる。その間、ウィリアムは息子が死んだことに関してアグネスに慰めの言葉もかけてやれずにいたわけだが、『ハムレット』という演劇自体がその代わりとなるような役目を果たすことになるのだ。

©2025 FOCUS FEATURES LLC.

涙を禁じ得ないラスト

本作のラストでは『ハムレット』が演じられることになるわけだが、その噂を聞きつけたアグネスは最前列でその劇を見守ることになる。最初は、劇中の男が自分の息子の名前を勝手に名乗っていることに苛立ちを隠せないわけだが、ある瞬間から様子が変わる。

実は『ハムレット』には、ハムレットと呼ばれる人物は二人登場する。それは殺されたハムレット王と、その息子のハムレット王子だ。これに関してアグネスはちょっとした勘違いをしていて、ハムレット王子の代わりに王が殺されたなどと語るのだが、これはハムネットがジュディスの身代わりになったことと混同しているのだ。

ただ、このハムレット王子の登場がアグネスに変化をもたらす。というのも、ハムレット王子を演じているのがノア・ジュープで、ハムネットを演じていたジャコビ・ジュープの本当の兄だからだ。見た目からして似ているところがあるのだ。アグネスは常にハムネットの姿を捜してしまっているとウィリアムに打ち明けていたわけで、その時、その捜していたハムネットの姿を劇の中のハムレット王子に見出すことになるのだ。

そして、そのハムレット王子は舞台狭しと立ち回り、剣戟を演じてみたりするわけで、アグネスとしては幼きハムネットが将来の夢として語っていたことを、まさにその演劇で実現しているようにも見えてくるわけで、アグネスは一気にその物語に入り込んでいくことになるのだ。

演劇冒頭近くでは亡霊となったハムレット王が登場し、王子に対して「さらば、さらば、わたしを忘れるな」と言い残して去っていく。そして、最後にはハムレット王子が「わたしの話を伝えてほしい」と言い残して死んでいく。もちろんこれらの言葉はハムレットのものだが、それはアグネスにとってハムネットの言葉としても響いてくる。それらの言葉が彼女にとって何よりも救いになったことは、ラストの表情が示しているだろう。それこそがフィクションというものの持つ力ということだ。アグネスの薬草は身体を癒すことになっていたけれど、ウィリアムの戯曲は心を癒すことにもなっているというわけだ。

そして、この演劇によって、ハムレット=ハムネットという名前は後世にも残ることになった。ミッシング・リンクを埋める物語として、これほど見事に決まった作品もないんじゃないかと思うし、素直に感動を禁じ得なかった。

奇を衒うことはない作品で、定番と言えば定番だけれど、心動かされる作品になっていたことは間違いないと思う。本作に関しては、まずは『ハムレット』を予習してから臨むことがいいのかもしれない。私はローレンス・オリヴィエが監督・主演した1948年の『ハムレット』を観てから臨んだのだが、聞き覚えのある台詞も、別の背景を持って新たな意味を帯びてくるという点がとてもスリリングでもあったのだ。

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