原作はチャーリー・ヒューストンによる同名小説。
監督は『ザ・ホエール』のダーレン・アロノフスキー。
主演は『エルヴィス』のオースティン・バトラー。
原題は「Caught Stealing」。
物語
1998年、ニューヨーク。メジャーリーグのドラフト候補になるほど将来有望だったものの、運命のいたずらによって夢破れた若者・ハンク(オースティン・バトラー)。バーテンダーとして働きながら、恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)と平和に暮らしていたある日、変わり者の隣人・ラス(マット・スミス)から突然ネコの世話を頼まれる。親切心から引き受けたのもつかの間、街中のマフィアたちが代わる代わる彼の家へ殴り込んでは暴力に任せて脅迫してくる悪夢のようなの日々が始まった! やがてハンクは、自身が裏社会の大金絡みの事件に巻き込まれてしまったことを知る──が、時すでに遅し!
警察に助けを求めながら戦々恐々と逃げ続けていたある日、ついに大きな悲劇が起こる。理不尽な人生に堪忍袋の緒がブチギレたハンクは、一念発起して自分を巻き込んだ隣人やマフィアたちにリベンジすることを決意する──!
(公式サイトより抜粋)
予想外のエンタメ?
『コート・スティーリング』は、ダーレン・アロノフスキー監督という名前を見て予想していたものからすると意外な感もあるエンターテインメント作品になっていた。エンドロールにも遊び心があったりして、ダーレン・アロノフスキーがいつもより楽しんで作っている感じが伝わってくる気もした。
物語としては、隣人の猫を預かったために大きなトラブルに巻き込まれるというもの。いわゆる“巻き込まれ型”の主人公ハンク(オースティン・バトラー)を中心に、彼をつけ狙うことになる悪党たちのキャラがなかなか賑やかで楽しい。
ロシアン・マフィアにそれとつながる悪徳警官、さらにはユダヤ系最凶兄弟。そんな物騒な連中が次々と現れてはハンクを痛めつける。しかしハンクは一体何が起きているのかわからない。実は預かった猫のトイレに鍵が隠されていて、悪党たちはそれを探しているわけだが、ハンクは何も知らないから、わけもわからず散々な目に遭わされることになるのだ。

© 2025 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.
ニューヨークとユダヤ系
なぜダーレン・アロノフスキーが本作を撮りたいと思ったのか意外だったのだが、彼はもともとニューヨーク生まれということもあり、原作に対して親近感があったということなのかもしれない。
本作では90年代のニューヨークが舞台になっている。まだツインタワーがそびえ立っていた頃で、その時代のニューヨークが再現されているのだ。
劇中にはちょっと前にドキュメンタリー作品『キムズビデオ』でも取り上げられた、ニューヨークの有名なレンタル・ビデオショップの姿が出てくるし、悪徳警官はニューヨーク名物の白黒クッキー(英語だとBlack and White Cookieらしい)の美味しさについて熱弁をふるうことになる。ニューヨークをよく知っている人だからこそのネタが選ばれているのだろう。
それからユダヤ系最凶兄弟の描き方が凝っている。ダーレン・アロノフスキーはユダヤ系で、ユダヤ教の聖典である旧約聖書の映画化である『ノア 約束の舟』を撮ったりもしているわけで、ユダヤ系の人々の習慣には当然ながら詳しいのだろう。
劇中では「ミツバ」と呼ばれる善行が話題にされ、よくわからないホワイトシチューのようなものをなぜか音を立ててすすりながら食べるという不思議な描写がある。単に行儀が悪いだけなのか、ユダヤ系独自の習慣みたいなものなのかはわからないけれど、ほかのマフィアたちと比べると妙に描写がリアルなのは、やはりダーレン・アロノフスキーがユダヤ系だからということなのだろう。

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失敗した男の大逆転
先ほどはダーレン・アロノフスキーの名前からすると「本作は意外」とも書いたけれど、一方でほかの作品との共通点もある。『ザ・ホエール』の時にも書いたけれど、ダーレン・アロノフスキーは『レクイエム・フォー・ドリーム』は「現実逃避の映画」だと自身で解説している。現実逃避という点では、ハンクという主人公も共通しているだろう。
ハンクは元野球選手でメジャーリーグでも有望株だったのだが、交通事故によって未来を自ら潰してしまうことになる。タイトルの「コート・スティーリング」という言葉は、野球用語で「盗塁失敗」のことを指し、さらに転じて「チャンスをつかもうとして失敗すること」を意味するらしい。
ハンクは夢を目前にして失敗してしまった人なのだ。今ではバーテンダーとして働きながら、恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)という存在もあるものの、どこかでその失敗を未だに引きずっているのだ。
ハンクがイヴォンヌと真剣に向き合えないのもそれが影響しているのだろう。ハンクは失敗した人間だ。だから何だかんだ今の自分の生活も、自分の周囲もクソだと思っている。そして、そう思いつつも現実には目を向けず、酒に逃げるばかりというのがハンクの現状なのだ。
ハンクはヒーローではない。公式サイトには「リベンジすることを決意する」などともあるけれど、そんなカッコ良さはない。大金を目の前にしても、自らの保身と母親の安全ばかりが優先で、金を独り占めしようといった強い欲望も感じられないのだ。たまたま行き当たりばったりのやり方が功を奏することにはなるけれど……。
それでも今回の騒動は、ハンクが逃げていたことと向き合うきっかけを与え、さらにトラウマとなっている交通事故を一発逆転の機会に変えたことで、ハンクはこの先ちょっとはマシな生き方が出来るのかもしれない。
とはいえ、恋人のイヴォンヌも殺され、彼の傍には猫だけになってしまったところにはほろ苦さもある。イヴォンヌは登場の仕方からしてとても素敵だった。そんな魅力的なイヴォンヌを呆気なく殺してしまうところはもったいない。モヒカンの隣人ラス(マット・スミス)はすべての元凶とはいえ、なぜかあまり憎めない。それでもラスもあっさりと死んでしまう。実は結構凄惨な話だけれど、それをあまり感じさせないのは、猫のバドが癒やしになっているからだろうか。



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