『エミリア・ペレス』 主役はどっち?

外国映画

監督・脚本は『天使が隣で眠る夜』『パリ13区』ジャック・オーディアール

主演はカルラ・ソフィア・ガスコン

米・アカデミー賞では12部門で13ノミネートを果たしたものの、受賞は助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)と主題歌賞のみに留まった。

物語

弁護士リタは、メキシコの麻薬カルテルのボス、マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタの完璧な計画により、マニタスは姿を消すことに成功。数年後、イギリスで新たな人生を歩むリタの前に現れたのは、新しい存在として生きるエミリア・ペレスだった…。過去と現在、罪と救済、愛と憎しみが交錯する中、彼女たちの人生が再び動き出す——。

(公式サイトより抜粋)

リタと麻薬王マニタス

最初はリタ(ゾーイ・サルダナ)の話から始まる。リタは会社の命令で悪人の弁護をやっているらしい。弁護士として殺人だったものを自殺と言い張ることになり、それが正義にもとる行為と思いつつも、与えられた仕事だけにやらざるを得ないということらしい。

その日も不本意ながらも見事に勝訴を勝ち取ったのだが、突然、仕事依頼の電話がある。そして、リタはほとんど誘拐されるような形で麻薬カルテルのボス・マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)と出会うことになるのだ。

マニタスの望みは、女の身体を手に入れることであり、そのための諸々の準備をリタに頼むというのだ。真っ当な手術のできる医師を探し、家族のための新たな家も用意する。そうしたすべてをやり遂げ、リタは大金を手に入れることになる。するとテレビではマニタスが死んだというニュースが報道され、リタは晴れて自由の身になったのだ。

ところがその4年後、リタの前にエミリア・ペレス(カルラ・ソフィア・ガスコンの二役)と名乗る女性が現われる。実はこのエミリアこそ、女に姿を変えたマニタスだったのだ。リタはそれが偶然とは思えず、エミリアが自分を殺すために彼女の前に現われたと震えることになる。しかし、エミリアはそれを否定する。ただ、リタに頼みたいことがあると言い出し、再びリタはエミリアと一緒に仕事をすることになるのだ。

©2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS – FRANCE 2 CINEMA

ミュージカル仕立て

『エミリア・ペレス』はミュージカルとなっている。麻薬カルテルのボスが女性の身体を手に入れるというかなり特殊な筋を持つ話ではあるけれど、その中で女性たちの闘う姿が描かれていく作品とも言える。女性たちの感情の吐露がそのまま歌になっていく形で、自然にミュージカルシーンに移行していくのだ。

エミリアが女の身体を手に入れたいと思ったのは、敵対組織につけ狙われるのを避けるためではなく、子どもの頃からの願いなのだという。それでも舞台となっているメキシコシティで生きていくためには、それを実現することは難しい。カルテルの頂点に登り詰めたからこそ、その願いを実現し、一度は本当の自分らしく生きてみたいと思ったのだ。

リタが依頼人マニタスの願望について医者に相談すると、医者は法的に女性になることを勧める。リタはそれに対して反論する。それだと社会の見方は変わらない。もし女の身体を手に入れれば、社会の見方が変わる。社会が変われば、心も変わる。だからこそ法的に女性になるだけではなく、実際に女性の身体を手に入れたいというのだ。

本作には3人の女性が登場する。エミリアとリタと、マニタスの妻であるジェシー(セレーナ・ゴメス)だ。さらにもうひとり付け加えるとすれば、エミリアと恋仲になるエピファニア(アドリアーナ・パス)もいるだろう。これらの女性たちのある種の闘う姿を歌で表現していくのが本作なのだ。

©2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS – FRANCE 2 CINEMA

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主役はどっち?

本作はリタから始まることになるし、ミュージカルシーンで圧倒的に存在感があるのはリタだろう。ゾーイ・サルダナの今までの印象としては、良くも悪くも『アバター』の青い肌のクリーチャーだったり、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズの緑の肌のガモーラだったりする。ほとんど素顔が見えないような役柄だったわけで、素顔のほうがかえって新鮮ですらあるのだが、本作では見事なダンスと歌を披露して気を吐いている。正直に言えば、リタこそが主役と言ってもいいほどなのだが、なぜか主役の扱いはエミリアとなっている。

確かに物語を牽引するのはエミリアだ。リタはそれに引き回されるばかりで、あまり主体性がないとも言える。一方でエミリアは自分の行動ですべてを切り拓いていき、さらに周囲を巻き込んでいく“何か”がある(かつての自分は捨てたはずなのに子どもを取り戻そうと画策したり、さらには贖罪なのか社会奉仕活動めいたことまで始めることになる)。

タイトルロールのエミリアはトランスジェンダーの女性であり、実際にエミリアを演じるカルラ・ソフィア・ガスコンもトランスジェンダーであることを公表している人物だ。トランスジェンダーの当事者が劇中でそれを演じるということが、本作の最大のセールスポイントなのだろう。だからこそ主役はエミリアでなければならないのだ。

カルラ・ソフィア・ガスコンは髭を生やしたいかにも男っぽいマニタスとして登場し、途中から女性に生まれ変わった姿となって観客を驚かせる。歌に関してはそれほどアピールするところがなくとも、そうした変身っぷりそのものが見どころになっているのだ。

©2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS – FRANCE 2 CINEMA

メキシコとトランスジェンダー

多分、『エミリア・ペレス』という作品は、そうした売り方が功を奏した形だったのだろう。カンヌ国際映画祭でも高評価だったし、米・アカデミー賞では最有力候補とされ、12部門で13ノミネートされるまでになった。ところが賞レースの最後で主演であるカルラ・ソフィア・ガスコンの差別発言などが影響して、作品自体もキャンセルされることになってしまい、作品賞などの主要賞は『ANORA アノーラ』に譲ることになってしまった。

作品自体は素晴らしいものの、主演女優の炎上によってすべてをダメにした。そんなイメージでそうした話題を聞いていたのだが、実際に『エミリア・ペレス』を観てみるとそこまで大絶賛するほどの作品とは思えなかった。

本作は舞台となったメキシコではかなり批判されているらしい。ひとつには本作がメキシコを舞台にしているのにも関わらず、メキシコ人の役者がほとんど出演していないということがある。さらには、セレーナ・ゴメスのスペイン語が酷すぎるという意見もあるらしい。とにかくメキシコの描写には結構いい加減なところがあるらしい(メキシコについて不案内な者としては何とも評価できないけれど)。

本作はフランス映画であり、監督・脚本のジャック・オーディアールはフランス人だ。メキシコのことをよく知りもしないフランス人が、メキシコを犯罪の温床のように描いているようなところがメキシコ人からすれば腹立たしいらしい。

©2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS – FRANCE 2 CINEMA

しかしながら、そういう批判にもかかわらず、本作は米・アカデミー賞では最有力候補だったわけで、今になってみると、騒動で作品そのものがキャンセルされたことよりも、逆に本作がそれほど持ち上げられていたことのほうが奇妙にも思える。ジャック・オーディアールのほかの作品と比べても、ミュージカルに新たに挑戦している点は評価できたとしても、それほど出来がいいとは思えなかったからだ。

ゾーイ・ソルダナのパフォーマンスは素晴らしかったけれど、リタという役が一体何と闘っているのかが私には今ひとつ掴めなかったのだ。結局、一番心に響いた歌は、エミリアの子どもが歌う「パパ」という曲だった気がする。

それでもハリウッドは『エミリア・ペレス』を推そうとしていたわけで、ここにはハリウッドの何かしらの思惑が関わっているのだろう。今年再び大統領に返り咲くことになったトランプ大統領は、性別は「男性と女性のみ」として、変更はできないという大統領令を出した。

リベラル寄りのハリウッドとしては、そうしたトランプ政権に対して反対を表明するためにも、トランスジェンダーが主人公となった『エミリア・ペレス』を推すことが戦略的に有効だと考えたのだろう。実際には予定外の炎上騒動があり、『エミリア・ペレス』を積極的に推すことができなくなったわけだけれど、結局は政治的なものが大きく影響しているということなんじゃないだろうか。

本作はトランスジェンダーのことを描いた作品であるわけだが、その“痛み”みたいなものはほとんど感じられない。マニタスが女性になりたかったのは確かなのだろうが、その気持ちを本作で代弁していたのはリタだった。

これは脚本・監督であるジャック・オーディアールがトランスジェンダーの当事者ではないからこそ、あえてリタに代弁させることで当事者の気持ちを理解しているかような描き方になるのを避けるためだったのだろうか。

もしそれほど慎重だったとしたら、「メキシコのことを知りもせずに」などという批判を受けるような描き方も避けるかもしれない。単にトランスジェンダーの“痛み”といったものにあまり興味がなかっただけなんだろうか。あるいは新しいトランスジェンダーの姿を描いたということだったのだろうか。そのあたりは何とも言い難いけれど、とりあえずは当事者じゃない立場の人が知らない世界のことを描く時は、よくよく注意が必要ということだろうか。

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