『ペンギン・レッスン』 理想と現実

外国映画

原作は、世界22カ国で刊行されたというベストセラーノンフィクション『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』

監督は『フル・モンティ』ピーター・カッタネオ

主演は『ロスト・キング 500年越しの運命』スティーブ・クーガン

物語

1976年、軍事政権下のアルゼンチン。夢を見失い、人生に希望を見いだせずにいた英国人の英語教師・トムは、名門寄宿学校に赴任する。混乱する社会と手強い生徒たちに直面する中、旅先で出会った女性と共に、重油まみれの瀕死のペンギンを救うことに。女性にはふられ、残されたのはペンギンだけ。海に戻そうとしても不思議と彼の元に戻ってくる。こうして始まった奇妙な同居生活。「サルバトール」と名付けたそのペンギンと、不器用ながらも少しずつ心を通わせていき、本当に大切なもの ─人生の意味と、生きる喜び─ を取り戻していく。

(公式サイトより抜粋)

独裁政権とペンギン

意外な組み合わせというものがあるもので、『ペンギン・レッスン』では独裁政権下のアルゼンチンを舞台に、ペンギンとイギリス人の奇妙な関係が描かれる。独裁政権とペンギンは何も関係ないけれど、これは実際にあった話だから仕方がない。実話をもとにした話なのだ。

主人公のトム(スティーブ・クーガン)はどこか冷め切ったイギリス人英語教師だ。アルゼンチンの名門寄宿学校へとやってきたものの、あまりやる気は感じられない。トムはアメリカに渡り、それからブラジルやウルグアイを経て、アルゼンチンにやってきたらしい。地図で見れば「下ってきた」という言い方をしていたけれど、堕ちるところまで堕ちてきたみたいな自虐的な気持ちなのかもしれない。これがなぜなのかはのちに明らかになる。

トムは仕事の休みに隣国ウルグアイに遊びに出かける。素敵な女性との出会いを求めてだ。トムはそこで魅力的な女性と出会い、飲み明かして朝まで過ごすことになる。朝焼けの中の海辺を歩きながらいい雰囲気になったものの、そこで二人は重油まみれのペンギンを発見してしまう。その中の一羽はまだ生きていて、トムは女性に好かれたいという一心で、そのペンギンを助けてやることになる。

ペンギンが重油まみれになって息も絶え絶え。そんな状況に遭遇すれば、誰だって助けてやりたいと思うかもしれない。しかしながら、実際にそれを実行する人は稀かもしれない。トムもそんな面倒には関わりたくない人だろう。

しかし隣にいい関係になりつつある女性がいたこともあって、行きがかり上ペンギンを助ける羽目になる。ところが本来の目的だった女性はあっさりと去り、ペンギンだけがトムの手元に残ってしまったのだ。それがトムとペンギンとの出会いだ。

© 2024 NOSTROMO PRODUCTION STUDIOS S.L; NOSTROMO PICTURES CANARIAS S.L; PENGUIN LESSONS, LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

我関せずのイギリス人

トムはそもそもアルゼンチンという国の状況には興味はなさそうだし、仕事に対する熱意もあまり感じられない。彼の態度は「我関せず」といったもので、クールなものだ。しかしながらペンギンはそんなことは関係ない。

ファン・サルバドールと名付けられたペンギンは、助けてもらったトムになついてしまい、いつも一緒にいることになる。そうなるとトムは、すっかりサルバドールのペースに巻き込まれていくことになってしまう。

トムはどちらかと言えば取っつきにくいところもあるのかもしれないけれど、サルバドールが間に入ることで彼は周囲とも打ち解けていくことになる。

トムが学校の清掃を担当しているマリア(ビビアン・エル・ジャバー)と、その孫娘のソフィア(アルフォンシーナ・カロッチオ)と親しくなるのもサルバドールが関わっているし、生徒たちに自分の授業に対して関心を抱かせるアイテムとなったのもサルバドールだったのだ。

サルバドールがきっかけでトムの人生に変化が起きることになるのだ。ちなみにサルバドールというのは、「救世主」といった意味なのだそうで、トムは自分が助けたサルバドールに助けられる形になっているとも言える。

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「汚い戦争」の時代

舞台となる1976年のアルゼンチンは、学校の近くで爆弾が爆発してもさほど驚かないほど、きな臭い状況だ。この時代、アルゼンチンでは独裁政権が幅を利かせ、反体制勢力を厳しく取り締まっていた。これは「汚い戦争」などとも呼ばれるらしい。政権側に不都合な人は片っ端から逮捕されてしまうような時代で、Wikipediaの記載によれば、この時期に3万人が死亡したり行方不明になったとされる。

同じ頃のブラジルを舞台にした『アイム・スティル・ヒア』も、似たような軍事独裁政権が背景となっていた。『アイム・スティル・ヒア』は、ある一家の視点から描かれるのだが、一家の家長はある日突然連れ去られ、二度と帰ることがなかった。独裁政権下ではそんなことが当たり前のように起きてしまうのだ。

本作のアルゼンチンも似たような状況だ。若くて理想に燃えるソフィアは、独裁政権打倒を狙う連中とつながりがあるらしく、それがどこかでバレたのか、ソフィアは街中でトムと会話を交わした後に逮捕されてしまうことになる。

トムはその現場に居合わせることになる。ソフィアはトムに助けを求めるものの、トムは何もできずにソフィアを見殺しにした形になってしまう。トムは改めて自らの無力さを思い知ることになるのだ。

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理想と現実

独裁政権が褒められたものでないことは言うまでもない。しかしトムはアルゼンチンでは外国人であり、彼の勤める学校は富裕層の子息たちが通うところであり、体制側に属している。そんな中では政治的な言動は憚られることになるし、彼自身も我関せずを決め込んでいた。

それでもトムは心情的には独裁政権打倒を目指す側を推したい気持ちもあったのか、自分も若い時には理想主義だったと語るところがある。ソフィアの理想を目指した行動に刺激されたのだろう。

若い頃は誰もが多くのことが可能であるような気がしている。しかし、そんな理想主義は、現実の前に脆くも敗れ去る時がある。

トムの場合は、それは娘の死だろう。トムの娘は酔っ払いの運転する車に轢かれて亡くなったのだとか。そのことが彼をイギリスから離れさせ、遠い異国の地へと放浪させることになったのだ。トムの冷めた態度は、元理想主義者の成れの果てだったということになる。

ところがトムはソフィアに出会い、彼女に亡くなった娘を重ねることになる。ソフィアは斜に構えたようなトムを非難するものの、トムにはそうした議論が心地よかったのだ。というのは、それは亡くなった娘からの叱咤激励のように響いたからかもしれない。

それまでのトムはアルゼンチンの政治には我関せずという態度だった。しかしソフィアのことがあって、トムは変わることになる。ここで幾分強引にペンギンのサルバドールを絡めて言えば、トムが気持ちを整理する相手役をサルバドールが務めたことになるかもしれない。

もちろんペンギンは人語を解さない。しかし、だからこそサルバドールだけには語れることがあるのだろう。トムだけではなく、同僚のタピオ(ビョルン・グスタフソン)や校長(ジョナサン・プライス)まで、サルバドールに打ち明け話をしているのはそういうことだろう。

サルバドールがプールで泳ぐシーンは、それまでのヨチヨチ歩きとは打って変わった見事な泳ぎを見せてくれてとても心地よい。トムは「時にはペンギンをプールに入れろ」と言う。もちろんこれは比喩表現だ。サルバドールは水の中で自由を得たかのように泳いで見せた。同じようにトムも、アルゼンチンで少しは自由になったのだろう。

自分の可能性を狭めていたトムは、改めて自分にもできることがあると反省し、ソフィアを助けるために行動することになるからだ。トムはそのことで逮捕され殴られもしたけれど、気分がいいとも語っている。トムは自分が前よりも自由になったと感じたのだろう。

本作はペンギンのかわいさが売りでもあるし、実際にヨチヨチ歩きのサルバドールはとてもかわいい。それでも本作は相手役のトムが動物愛護の精神に欠けているところが面白い。トムは何度もサルバドールを海に返して厄介払いしようとするし、臭いからと言ってバスルームに閉じ込めてみたりもする。そんなトムが最後にはサルバドールのことを友人として扱い、その呆気ない死には独りで涙することになるのだ。トムのそんな姿には、観客としても涙を禁じ得なかった。

冷めた顔でトムを演じたスティーブ・クーガンが好演している。この人はコメディアンとして出発したようだが、今ではあちこちの脇役で顔を見る気がする。しかも『あなたを抱きしめる日まで』では、本作の脚本家のジェフ・ポープと一緒に脚本を書いていたりする才人でもあるらしい。

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