『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメが主演を務めた2017年の作品。
『ムーンライト』などを製作した映画製作スタジオA24の作品。
監督・脚本はイライジャ・バイナム。映画製作の経験はないにも関わらず抜擢された人物とのこと。
物語
最愛の父を亡くしたばかりで茫然としていたダニエル・ミドルトン(ティモシー・シャラメ)は、その夏を叔母の家で過ごすためにマサチューセッツ州のケープコッドにやってくる。
そこには2種類の人たちがいる。美しい砂浜でのバカンスを求める金持ちの観光客たちは「夏鳥」と呼ばれ、もう一方は貧しいが長らくそこに住んでいる地元民。ダニエルはそのどちらにも入ることができずにいたのだが、地元民が「人を殺したことがあるらしい」と噂するハンター・ストロベリー(アレックス・ロー)と知り合う。ハンターはその町では大麻の売人としても知られていて、ダニエルは彼と一緒に売人の仕事を始めることになる。
アメリカの長い夏休みの風景
本作ではほとんど親の姿は感じられず、学生たちは自由にパーティ三昧の日々を送っているように見える。友達もいないダニエルは手持ち無沙汰で退屈な夏休みを過ごすはずが、ある人物の登場でそれは一変する。それがハンターだ。ハンターは35度を越す暑さのなかで革ジャンを着つつも、汗ひとつかいていなかったなどと言及される。
『君の名前で僕を呼んで』を観たあとだと、ダニエルはゲイでハンターに一目惚れしたのかとも思うようなシーンだが、単純に憧れの人物というだけだったらしい。それでもハンターはまだまだうぶなダニエルが惹かれてしまう危なっかしい匂いを持った男であったことは間違いない。
ダニエルにとっての一目惚れの相手はマッケイラ(マイカ・モンロー)で、彼女はその町で一番の美女で、男たちみんなの憧れの的だ。ただ、実はマッケイラはハンターの妹であり、ダニエルはハンターから「妹には近寄るな」と釘を刺されることになる。
90年代の青春
ドライブインシアターでは『T2』が上映されている91年の夏。その夏の終わりにはケープコッドを巨大なハリケーンが襲うことになる。しかしそんなことを知らない若者たちは青春の真っ只中を謳歌している。
劇中の音楽は90年代とは限らないようだが、David BowieにThe ZombiesやRoxetteなど懐かしさを感じさせる曲が揃っていて、楽しいばかりの夏休みが過ぎていく。ダニエルとマッケイラとのロリポップ(棒付きキャンディ)を巡るやりとりはわざとらしくてもエロかったし、二度と訪れないような輝くばかりの時間なのだが、一方で映画の冒頭からその結末がハッピーなものにならないことは予告されている。
ダニエルは大麻を売り始める前にも、逮捕されてシャワー室で犯される云々といったバッドエンドは予想されているのだ。町一番の美女マッケイラも家族関係で問題を抱えていて、兄のハンターとは口も利いておらず、時に思い悩むような瞬間もある。
マッケイラは昔はよく取っていた蛍を今では取らなくなったとダニエルに語る。蛍は捕獲してもすぐに死んでしまうからで、このエピソードはマッケイラが今の楽しい瞬間を留めておくことはできない、儚いものであることをどこかで本能的に感じ取っていたのかもしれない。
※ 以下、ネタバレもあり!
語り手は誰?
本作ではナレーションが物語を進めていく部分がある。しかし、それはダニエル自身の声ではない。もっと幼い声であり、それが一体誰なのか最後まで明らかにされない。実は語り手となっていたのは、同じ町でダニエルやハンターたちの姿を見ていた第三者である少年だ。この少年は脚本を書いたイライジャ・バイナムの姿なのだろう。
自分より少し年上の青年たちが、その夏に繰り広げたあれこれを傍から見ていて語っているという設定なのだ。冒頭でも「事件はだいたいこのように起こった。新聞や親の言うことなんて信じないでほしい」などと語るのだが、実際にその少年が見ていたのはマッケイラが町を出る前にバス停で佇んでいたところだけだったわけで、どこまで事件の全貌を把握していたのかは疑わしい。町での噂に自分の想像を付け加えて物語をつくっているのだろう。
だからだろうか、本作では麻薬売買という危険な橋を渡っていくにも関わらず、あまりに能天気すぎる。破滅が予想されているにも関わらず危機感はまったく感じられないのだ。
最初はハンターによって道を踏み外したかに思えたダニエルだが、いつの間にかハンターを振り回す立場になり、最後にはハンターがダニエルを守るような形で死んでいくことになる。そこにはハンターの家庭内の事情も絡んでくるわけだが、そこが説得力があるように描けているようには感じられなかった。それも語り手が第三者的な立場だからで、いまひとつ情感に訴えるものがなかったからだろうか。
ひと夏の想い出を描いた映画ということで、何となく思い出したのは『ペーパーボーイ 真夏の引力』。なぜかと言えばハンター役のアレックス・ローが、ザック・エフロンっぽかったから。語り手が客観的な位置から語っているところも似ている。
本作が今になって公開となったのは、ティモシー・シャラメが日本でも人気者になったからなのだろう。彼のファンならちょっとビターな青春映画として十分に楽しめる作品だろうし、彼とはタイプの異なる二枚目アレックス・ローも魅力的で、新たなスターを発掘した作品とは言えるかもしれない。
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