原作は『オデッセイ』の原作者アンディ・ウィアーの同名小説。この小説は星雲賞海外長編部門の受賞作とのこと。
監督は『21ジャンプストリート』のフィル・ロード&クリス・ミラー。
主演は『フォールガイ』のライアン・ゴズリング。
物語
未知の原因によって太陽エネルギーが奪われ、数十年後に地球は氷河期に突入する。原因解明に向けて宇宙に送り込まれたグレースは、科学の知識だけを武器に80億人の命をかけた人類最後の賭けに挑むが、この危機を救おうとする小さな相棒と出会い、共に愛する故郷を救うため宇宙の超難題に挑む。
(公式サイトより抜粋)
「イチかバチか」計画の行方
タイトルの「ヘイル・メアリー」とは、「アヴェ・マリア」を英語で言い換えたものとのこと。ところが「ヘイル・メアリー」という言葉は、英語圏ではなぜか「神頼み」とか「イチかバチか」みたいな意味合いになるらしい。劇中の台詞では、アメリカン・フットボールでの一発逆転を狙ったラストパスと評していた。とにかく無理難題でイチかバチかの計画ということらしい。
同じ原作者の『オデッセイ』も火星に残された主人公が、どうやって生き延び、そして地球に戻ってくるというかなり無理筋の話だった。それでも原作者は科学に詳しい人らしいので、科学的な裏付けもあるということになっているのだろう。とはいえ、素人としては「そんなこと可能なの?」と目を丸くしてしまうようなアクロバティックなことを本作でもやりそうな気がするのだが……。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、地球を救うための作戦ということになる。劇中の世界では太陽が死にかけていて、そのままでは地球は氷河期に突入してしまう。80億人を救うための、「イチかバチか」の作戦としてこのプロジェクトはある。
主人公のグレース(ライアン・ゴズリング)は『オデッセイ』の主人公と同じで、宇宙でひとりぼっちだ。彼はなぜか記憶を喪っていて、気づいた時にはひとりで宇宙船に乗っていたのだ(同乗者もいたのだがすでに死んでいる)。ところが宇宙でひとりぼっちだったのはグレースだけではなかったというのが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のキモなのだろう。

© 2025 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.
グレースとロッキー
記憶を喪っていたグレースだが、次第に少しずつ過去を思い出していく。彼はもともとは中学の教師だったのだが、生物学の博士号も持っていて、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の仕事に引き抜かれたのだ。
グレースの仕事は宇宙船のエネルギーになる燃料を開発することだった。ところがなぜかいつの間にかに宇宙船に乗せられている。この計画では、ある星の秘密を探ることを目的としている。それは太陽が死にかけている中で、なぜか死にかけてない星があり、その理由を探るのだ。それがわかれば地球も救えるというわけだ。
ところがグレースが目的の場所に近づくと、そこには先客がいる。どう見ても知的生命体が作ったとしか思えない建造物である宇宙船がそこにいたのだ。そして、その宇宙船はグレースにコンタクトを求めてくる。本作はいわゆる第三種接近遭遇の話なのだ。
このことは原作においては驚愕のネタだったのかもしれないけれど、映画版ではすでに予告編でそのエイリアンの姿まで示されている。本作は、エイリアンとどんなふうにしてコミュニケーションをとるかというところがひとつの見せ場となっている。
それにしても本作のエイリアンはおよそ生物とは思えないような姿をしている。ほとんど“岩の塊”のように見えるから、グレースはそのエイリアンを“ロッキー”と名付けることになる。個人的にはタランチュラかカニのオバケのようにも見え、とても親しみを覚えるような見た目ではないのだが、それとも仲良くなってしまうところが本作の楽観的でいいところなのだろう。
『未知との遭遇』では音のやり取りでエイリアンとのコミュニケーションを図ることになるわけだが、本作もそれをオマージュしたりもしている。互いに最初はビックリするものの、少しずつ相手のことを知り、さらには言葉を覚え、宇宙の果てで互いに協力し合うバディになっていくのだ。

© 2025 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.
感動のクライマックス?
ただ、プロジェクトの目的はエイリアンとの交流ではない。どちらも自分たちの惑星を救うために、その星の秘密を探りに来ていたのだ。このクライマックスとも言うべきシークエンスがあまりノレなかった。前半のグレースとロッキーが近づいていく過程は楽しめたのだけれど……。
互いに危険を冒しても助け合うところが泣かせどころなのかもしれないけれど、やっていることが今ひとつピンとこなかったのかもしれない。科学的な説明でいくつもの用語が飛び交ったりはしていたけれど、アクションとしてはよくある感じだったし、あまりハラハラすることもなかったのだ。『オデッセイ』のほうが、主人公のやっていることがもっと単純で、誰にでもわかりやすかったし、もっとハラハラさせてくれた気がする。
怖いのはグレースが記憶を喪っている理由だ。これは彼をプロジェクトにスカウトしたストラット(ザンドラ・ヒュラー)の仕業だ。グレースは地球の危機に自ら立ち上がるといった正義漢とはほど遠い人物だ。そんなわけで宇宙船に乗るのを嫌がっていたグレースは、薬を盛られて記憶を消され、強制的に二度と戻れない旅に出されることになったのだ。
このエピソードは意外とあっさりと触れられるだけで終わる。ストラットという人物の怖さを示しているのか、あるいは大いなる正義のためなら犠牲も必要ということなのかは、その後の地球の姿がわからないため不明のままになる。ちなみにあのストラットの熱唱は何だったんだろうか?
そんな意味では、いきなり映画から入った私のような人にはわかりづらいところもあるのかもしれない。一応は色々あってハッピーエンド風にはなっているけれど、説明不足を感じなくもないわけで、気になって原作を買い求める人が出れば、それもラッキーというところなのだろうか。
それにしても、この原作者の話はかなり楽観的なものになっている。現実世界がきな臭いニュースばっかりだから、希望を込めてということなのかもしれないけれど……。



コメント