原案はスピッツの名曲「楓」。
脚本は『雨降って、ジ・エンド。』の髙橋泉。
監督は『リボルバー・リリー』の行定勲。
主演は『江ノ島プリズム』の福士蒼汰と、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の福原遥。
物語
須永恵(福士蒼汰)と恋人の木下亜子(福原遥)は、共通の趣味の天文の本や望遠鏡に囲まれながら、幸せに暮らしていた。しかし朝、亜子を見送ると、恵は眼鏡を外し、髪を崩す。実は、彼は双子の弟のフリをした、兄・須永涼だった。
1ヶ月前、ニュージーランドで事故に遭い、恵はこの世を去る。ショックで混乱した亜子は、目の前に現れた涼を恵だと思い込んでしまうが、涼は本当のことを言えずにいた。
幼馴染の梶野(宮沢氷魚)だけが真実を知り涼を見守っていたが、涼を慕う後輩の日和(石井杏奈)、亜子の行きつけの店の店長・雄介(宮近海斗)が、違和感を抱き始める。
二重の生活に戸惑いながらも、明るく真っ直ぐな亜子に惹かれていく涼。いつしか彼にとって、亜子は一番大事な人になっていた。一方、亜子にもまた、打ち明けられない秘密があったー。
(公式サイトより抜粋)
双子の入れ替わり
本作は予告編でもすでに大方のことは明らかになっているし、上にも引用した公式サイトのストーリー欄にはさらに細かいことが記されている。要は双子の話であり、事故で亡くなった恵(福士蒼汰)の代わりを、兄の涼(福士蒼汰の二役)がしているということになる。
これには理由があって、恋人だった恵を亡くしたショックで混乱した亜子(福原遥)は、双子の兄である涼のことを恵だと思い込んでしまうのだ。そして、涼も亜子の間違いを指摘できずに、そのまま恵のフリを続けることになってしまう。
双子の話で恋人を共有しているという設定は、たとえば『戦慄の絆』とか『2重螺旋の恋人』などにもあった。しかしこの二作品の登場人物はあまり普通の人たちとは言えないから比べられないかもしれない。本作がそれらの作品と異なるのは、登場人物が極めて真っ当な人たちということだろうか。恵のフリをしてしまうことになる涼は、ショックを受けている亜子のためにやむを得ずその役割を引き受けることになるからだ。
涼は亜子と一緒にいる家では恵のフリをしている。しかし外では涼に戻る。朝、コインロッカーで服を着替え、恵から涼へと戻るのだ。二人は双子とはいえ、雰囲気は異なり、ファッションセンスも違うからそんなことが必要になる。
涼の仕事はカメラマンだ。一方で恵は、幼なじみの梶野(宮沢氷魚)のところで天体に関する仕事をしていたらしい。その梶野はすべての事情を知りつつも、二人のことを見守っている。だから恵は未だに恵は梶野のところで働いていることになっているのだ。
しかし、そんな生活が長続きするはずもないだろう。いつかは真実を打ち明けなければならない日がやってくるわけで、その時、涼と亜子はどうするのだろうか?

©2025 映画「楓」製作委員会
すでにネタバレ?
最初からかなりの秘密が明らかにされている。冒頭、恵と亜子はニュージーランドへ星を見に行き、二人で事故に遭遇する。それから場面は変わり日本での生活が描かれる。しかし、亜子と一緒にいるのが恵のフリをした涼であることはすぐに示されることになる。
そんなわけで本作の秘密はほとんど残されてなさそうな気もする。あとは涼がいつ真実を明らかにするのか。そして、亜子はそれを知った時どうするのか? そのあたりが観客が興味を抱くところだろうか。
すぐに周囲でも涼が恵のフリをしていることがバレてくる。涼のカメラマンの後輩・日和(石井杏奈)は、涼のことを慕っていて、涼の変化に敏感だ。さらに亜子の行きつけのバーの店長・雄介(宮近海斗)も、恵のフリをした涼と出会い、どこかおかしいことに気づくことになる。
そんなわけで双子の入れ替わりに気づいた日和と雄介は、ニュージーランドでの事故のニュースにたどり着き、恵が亡くなっていることを知る。それによって遂に真実が明らかにされる時が来るのだが……。
※ 以下、ネタバレもあり!

©2025 映画「楓」製作委員会
慮ること
日和に涼のことを追求された亜子は、涙を流しながら事情を明かす。亜子は涼が恵のフリをしていることを知っていたのだ。それでも恵を喪ったショックから、涼のことを必要としていた。
亜子は自分が涼に酷く迷惑をかけていることを理解している(涼は恵に成り切るために様々な努力をしている)。だから亜子は事故の後遺症で複視(物が二重に見えること)になっていることを打ち明けることができない。亜子は独りでその治療を受けようとするのだ。
『楓』では「慮る」という言葉が何度も使われる。これは劇中の台詞によれば、「相手の事情などを考えて」といった意味だとされる。亜子が独りで治療を受けようとしたのも、涼にさらに負担をかけたくなかったからだ。本作はそんな優しさについての映画なのだ。
先ほどは本作の最初の段階からかなりの秘密が明らかにされていると記した。亜子が涼のことを恵と思い込んでしまうという部分は、最初から不自然な部分があったから、亜子がそれを知っていたとしてもそれほど驚きはない。しかし、もうひとつ本作では秘密とされていることがある。この秘密が泣かせどころでもある。
それについてはネタバレになるから伏せておくことにするけれど、ここにもやはり「慮る」ということがあるのだろう。恵がニュージーランドで亜子に告白しようとしていたことは、その秘密に関わることだが、それはやはり涼のことを慮ったからかもしれない。
そして、涼が恵のフリをしたことは亜子を慮ってのことだろうし、最後の秘密を誰にも明かさなかったのは恵のことを慮ってのことになるかもしれない。そんなわけで本作は相手のことを思いやるという優しさに満ちた作品だった。

©2025 映画「楓」製作委員会
本作の企画はスピッツの「楓」を原案に、折り目正しい恋愛映画を作るということからスタートしたということだろうか。この曲はもちろん聴いたことはあったけれど、歌詞をきちんと読んだことはなかった。しかし、実際にこの曲の歌詞をじっくり読んでみても、あまりに抽象的で具体的な物語というものは浮かんでこない(ちなみに楓そのものも歌詞には登場しない)。だからこそスピッツの曲は人によって様々な解釈があるということらしい。
劇中では何度も「楓」が流れる。合唱も含めれば異なるバージョンで三度流れ、エンドロールではオリジナルバージョンが使われている。この曲では「さよなら 君の声を抱いて歩いていく。ああ 僕のままで どこまで届くのだろう」というリフレインが印象的だが、このあたりが双子設定に結びついたのだろうか(脚本は髙橋泉)。恵のフリをしていた涼は、最後には涼という自分に戻ることになる。そして「僕のままで」亜子と向き合うことになるわけだが、その後の二人は一体どうなるのだろうか?
不思議だったのは、あのおまじないのフレーズだ。頭に手をやって「バターが溶けて、流れ込んでいく」と唱えるのだが、かなり意味不明だが一体どこから湧いて出てきたんだろうか?




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