『私にふさわしいホテル』 昨日の敵は……

日本映画

原作は『伊藤くん A to E』などの柚木麻子の同名小説。

監督は『TRICK』『十二人の死にたい子どもたち』などの堤幸彦

主演は『さかなのこ』などののん

物語

新人賞を受賞したものの大物作家・東十条宗典から酷評され、華々しいデビューを飾るどころか小説を発表する場すら得られなかった新人作家・加代子。憧れの「山の上ホテル」に宿泊した彼女は、憎き東十条が上階に泊まっていることを知る。加代子は大学時代の先輩でもある担当編集者・遠藤の手引きによって東十条の執筆を邪魔し、締切日に文芸誌の原稿を落とさせることに成功。しかし加代子にとって、ここからが本当の試練の始まりだった。文壇への返り咲きを狙う加代子と彼女に原稿を落とされたことを恨む東十条の因縁の対決は、予測不能な方向へと突き進んでいく。

『映画.com』より抜粋)

“のん”ありきの企画?

冒頭から「山の上ホテル」について解説めいたナレーションが入るのだが、『私にふさわしいホテル』は多くの文豪に愛された「山の上ホテル」で実際に撮影された作品だ。

「山の上ホテル」は出版社が多かった神田・神保町近くにあり、作家が「カンヅメ」状態で執筆するために重宝される場所だったようだ。その「山の上ホテル」自体は、現在は老朽化もあって休業中ということらしいのだが、本作は文壇を舞台としたコメディ作品となっている。

主人公の中島加代子(のん)は一応は小説家らしいのだが、未だに単行本も出せていないという不遇な目に遭っている。それでも文豪を気取りたいのか、自費で「山の上ホテル」に泊まって作品を書こうとしているという酔狂な人でもある。何としてでも作家として成功しようという強い意志の表れなのかもしれない。

加代子のやっていることはかなり無茶苦茶だ。デビュー作を酷評されたことを逆恨みし、その批評を書いた大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)をあの手この手で困らせることになる。東十条の原稿を落とさせるために、原稿用紙にシャンパンをぶちまけるという最初のエピソードからしてあり得ない仕打ちとも言える。それでもそんなキャラクターを許せてしまうのは、加代子を演じているのがのんだからということなのだろう。

原作者の柚木麻子ですら「加代子を演じても嫌われない俳優さんが日本にいるのかな?」と懸念していたというのだから、その無茶苦茶ぶりがよくわかるというものだろう。そんなキャラクター設定でも、のんが演じることで何とか成立させてしまっている。ほかの人がこの役柄を演じても薄ら寒いものになりそうだけれど、のんという人ならばなぜか許せてしまうのだ。

ジャンル的には男女の軽妙なやり取りが展開するスクリューボール・コメディということなのかもしれないけれど、加代子がトナカイの衣装でサンタ姿の東十条と共闘するあたりなんかを見ていると、コントめいてもいる。それでものんがとても魅力的だったし、思い切りのいい弾けっぷりを見せてくれるので、それだけでとても楽しい作品になっている。

©2012柚木麻子/新潮社 ©2024「私にふさわしいホテル」製作委員会

古き良き時代への郷愁

時代としては1980年代からスタートする。文豪と言われた人たちも存命だった時代ということなのかもしれない。この時代の作家は原稿用紙に万年筆で作品を書き上げることになるのだ。

加代子と東十条の闘いは、最初の「山の上ホテル」から始まって何度も場所を変えて繰り返される。しかも加代子はその度に別人を装うことになる(もちろんバレバレなのだが加代子はすっとぼける)。

ペンネームも相田大樹から始まり、白鳥氷に変わり、最終的には有森樹李という名前で再デビューして成功を収めることになる。その度に加代子の衣装も様変わりすることになり、和服姿なんかもあって着せ替え人形的にのんが様々な姿を見せてくれるのだ。

途中でカリスマ書店員という役柄の橋本愛が登場することになるのだが、80年代にそんな人がいたのかなと疑問に思っていたら、実は時が流れていたということらしい。本作は最終的には2024年の現代まで時が進むことになるわけで、そうなると何十年も経過していることになるのだが、そういうことは潔いくらいにあっさりと無視している。

最後まで加代子は若いままで、いつの間にかに文壇での成功者へと成り上がることになる。加代子は最後まで原稿用紙と万年筆を使っていたけれど、舞台となった「山の上ホテル」と同様に古き良き時代への郷愁に満ちた作品なのだ。

©2012柚木麻子/新潮社 ©2024「私にふさわしいホテル」製作委員会

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昨日の敵は今日の味方か?

加代子の不倶戴天の敵という存在の東十条だが、その関係は単なる敵とも言い切れないようなものになっている。敵対のきっかけは東十条が加代子のデビュー作をこき下ろしたことから始まり、加代子は東十条のことを「男尊女卑クソ爺」と呼んで毛嫌いしているように見える。しかし、実は加代子は東十条の作品をすべて読んでいるようで、何度も東十条をとっちめようとしているにも関わらず、作家としては尊敬している部分もあるらしい。

東十条としても創作活動に対する意欲などはとうに失われていたところを、加代子との関係が刺激になっている側面もあり、一時休戦して編集者の遠藤(田中圭)のことを敵とみなして共闘したりもすることになる。

©2012柚木麻子/新潮社 ©2024「私にふさわしいホテル」製作委員会

加代子と編集者・遠藤との関係も一筋縄ではいかないものだ。遠藤と加代子は大学のサークルの先輩と後輩という間柄だ。二人の関係は先輩である編集者が、若い作家を教え導くという形だが、その一方で加代子は遠藤に対して含む所がある。

そもそも遠藤はどこかで加代子のことを操っている部分もあるらしい。東十条との闘いも、遠藤がそれを誘発しているところもあるのだ。加代子はそれに気づきつつ、反感を覚えながらもそのレールに乗っていたらしい。ある意味では共犯者ということになる。

作家と編集者との関係がみんなそんなに複雑なものなのかはわからない。大概は作家の「あとがき」には編集者に対する感謝の念なんかが書かれていたりもするけれど、実際には複雑な想いを抱えているということなんだろうか? そんな加代子を巡る二人の男の不思議な関係がなかなか面白かった。

本作はエンドロール後にオマケが付いてくる。『早乙女カナコの場合は』という作品の予告編だ。主演は本作にもゲスト的に顔を出している橋本愛だ。『早乙女』も原作者が本作と同じ柚木麻子ということで、柚木麻子ユニバース的な作品となるということなのだろう。のんは『早乙女』にもゲスト的に顔を出すことになるようで、そちらもちょっと楽しみ。

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