『グッドワン』 何も起きない話 なんかじゃない

外国映画

監督・脚本はインディア・ドナルドソン。本作が長編デビュー作とのこと。

主演は映画初主演のリリー・コリアス

原題は「Good One」で、「いい子」ということ。

カンヌ国際映画祭ではカメラドール(新人監督賞)にノミネートされた。

物語

17歳の少女サムは、父クリスと彼の旧友マットとともに、ニューヨーク州キャッツキル山地へ2泊3日のキャンプに出かける。
二人の男たちは、旅路の間、長年のわだかまりをぶつけ合いながらも、ゆるやかにじゃれ合う。年齢以上に聡明なサムは、彼らの小競り合いに半ば呆れつつも、聞き役、世話役を全面的に引き受ける。しかし、男たちの行動によってサムの“大人への信頼”が裏切られたとき、サムと父は“親子の絆が揺らぐ瞬間”を迎えることになる。

(公式サイトより抜粋)

「いいこ なんかじゃない」

町山智浩曰く、キャッツキル山地は風光明媚ないい場所らしい。『グッドワン』において、2泊3日のキャンプの舞台となる場所だ。山登りとかアウトドアが好きな人にはたまらない場所なのかもしれない。「山ガール」なんて言葉もあるみたいだし、女性でも山登りが好きな人も多いのだろう。とはいえ、本作のシチュエーションはサム(リリー・コリアス)にとっては結構キツいものだったのかもしれない。

サムは17歳の女の子だが、おじさん二人とのキャンプに付き合う羽目になるのだ。もともと父親クリス(ジェームズ・レグロス)とサム、さらに父親の旧友マット(ダニー・マッカーシー)とその息子ディランが参加するはずだった。ところがディランは当日にドタキャンし、そんな妙な面子になってしまったのだ。

クリスは仕切り屋であれこれ周りに指示したりする。一方のマットはとてもガサツな印象だ。そんな二人の間をうまく取り持つ形になるのがサムなのだ。おじさん二人は酒を飲みながら山を楽しみ、サムはそのために色々と気を遣うことになる。

水を汲んで濾過するのも、食事の用意や後片付けまで全部がサムの担当だし、ある意味ではサムは都合よく使われていることになる。それでもサムは「いい子」だから、そんな役割を全うし続けることになるのだが……。

©2024 Hey Bear LLC.

役割分担なの?

人には与えられた役割というものがあるのだろうか? サムの家庭の詳しい状況は会話の中からだけではよくわからないけれど、父親クリスは離婚している。だからなのか、サムは父親の前では「いい子」でなければならない役割を与えられているようだ。

とはいえ、マットの家も離婚家庭で、その息子のディランは母親に味方し、父親マットには反抗的らしいから、そうした役割は家庭ごとに様々に変わってくることになるのだろう。

本作はキャッツキル山地の美しい風景が見どころではあるけれど、サムの視点から描かれるためあまり居心地がいいとは言えない。女子高生が何が楽しくておじさん二人と山登りをしなければならないのかというわけだ。

サムはこの時、たまたま生理中で体調は万全とは言えない。それでもサムはおじさんたちの世話にいそしむことになる。劇中では何度もサムがタンポンを換える場面があるけれど、鈍感なおじさん二人はそのことに気づかない。もしかするとサムも山登りを満喫していると無邪気に信じているかもしれない。おじさんに悪気はないだけに、余計に始末が悪いとも言える。

サムは離婚経験者のおじさん二人に対し、「相手の立場に立って考えること」を勧めたりするけれど、おじさんたちはそうした配慮に欠けているのだ。

一般論かもしれないけれど、男たちは何かしらにかまけて頭がいっぱいで、周囲の人との関係性には無頓着なのかもしれない。とはいえ、それは生きていくために必要な事柄でもあるわけで、そうしたことが女性たちに押しつけられているということなのかもしれない。

©2024 Hey Bear LLC.

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何も起きない話 なんかじゃない

本作は人によって感じ方が異なるのかもしれない。私は、サムを演じたリリー・コリアスの魅力もあって退屈はしなかったけれど、同時に、ほとんど「何も起きない話」とも感じた。キャンプが題材になっていて何も起きないという点では、ケリー・ライカート『オールド・ジョイ』とも似通ったものを感じた。

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もうすぐ父親になるマークは、ヒッピー的な生活を続ける旧友カートから久しぶりに電話を受ける。キャンプの誘い。カーラジオからはリベラルの自己満足と無力を憂う声が聞こえる。ゴーストタウンのような町を出て、二人は、ポートランドの外れ、どこかに温泉が...

しかしながら一方で、サムに感情移入して劇的なものを感じる人もいるのだろう。私は「何も起きない話」と記したけれど、そこにはサムの感情の揺らぎがあるのだ。そこを感じ入ることのできた人は、「何も起きない話」とは感じないのだろう。

本作はサムの感情の揺らぎを丁寧に描いていて、女性監督らしい繊細な映画なのだ。それを「何も起きない」と感じる人というのは、ガサツでデリカシーに欠けるおじさんたちの側に位置するということになるのだろう。

この繊細さに対する感性というものが欠けている人は、たとえば似たような題材を扱った『ジュリーは沈黙したままで』のような作品もうまく理解することができないのかもしれない。

町山智浩は『グッドワン』という作品を、世のおじさんたちにとっては啓蒙的な作品だという意味のことを語っているけれど、まさにそういうことだろう。ガサツな人は、知らず知らずのうちに周囲の人にとっての傍迷惑な存在になっているのかもしれないのだ。

©2024 Hey Bear LLC.

サムはこのキャンプで「いい子」であることをやめることになる。酒に酔っていたとはいえ、マットの失言は十分に気持ち悪いし、誰が見てもハラスメント以外の何ものでもないだろう。そして、その出来事を聞いたクリスの対応もサムの信頼を裏切るものだったのだ。

とはいえ、サムの反抗はそれほど激しいものではなく、かわいいものだったとも言える。もっとおじさんたちをとっちめてもよかったかもしれないけれど、何だかんだで「いい子」を捨てきれないサムは、そこまで徹底して意地悪にはなれないのだ。

監督のインディア・ドナルドソンは、父親との実体験をもとに本作を作り上げたとのこと。彼女の父親はロジャー・ドナルドソンという映画監督だ。ケビン・コスナー主演の『追いつめられて』などの監督として知られている(映画監督だから職業病的に仕切り屋になってしまうのだろう)。

監督のインディアは、本作で父親であり映画監督のロジャーを非難していることになる。それでもラストの石のやり取りには、インディア=サムの「いい子」ぶりが垣間見られた気もする。サムはクリスに意義申し立てをするけれど、一方でクリスも彼女の思いを受け取ったことを石を差し出すことで示すことになるからだ。最後に父親の側の歩み寄りを描くことで、父親のことも免罪しているわけで、そこにはやさしさが感じられるのだ。

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