監督・脚本は『わたしは最悪。』のヨアキム・トリアー。
共同脚本は『わたしは最悪。』のエスキル・フォクト。
主演は『わたしは最悪。』のレナーテ・レインスヴェ。
カンヌ国際映画祭ではグランプリを獲得し、米・アカデミー賞では作品賞をはじめ8部門で計9ノミネートされた。
物語
オスロで俳優として活躍するノーラと、家庭を選び息子と夫と穏やかに暮らす妹アグネス。そこへ幼い頃に家族を捨てて以来、長らく音信不通だった映画監督の父・グスタヴが現れる。自身15年ぶりの復帰作となる新作映画の主演をノーラに依頼するためだった。怒りと失望をいまだ抱えるノーラは、その申し出をきっぱりと拒絶する。ほどなくして、代役にはアメリカの人気若手スター、レイチェルが抜擢。さらに撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の実家であることを知り、ノーラの心に再び抑えきれない感情が芽生えていく──。
(公式サイトより抜粋)
愛着のあるもの
タイトルの「センチメンタル・バリュー」とは、「愛着のあるもの」といった意味になるらしい。劇中では主人公のノーラ(レナーテ・レインスヴェ)は、子どもの頃に住んでいた家から赤い花瓶を持ち帰ることになるけれど、人によって「愛着のあるもの」は様々だろう。それでもやはり長らく住んでいた家そのものというのは、一番愛着ある対象になりやすいんじゃないだろうか。本作は、そんな家を巡る物語でもある。
小学生だったノーラは、家を擬人化して作文を書いたと語られる。ノーラが子どもの頃の家では、両親がケンカばかりし、それは騒音となって家の中に響き渡る。家はそうしたすべてを見守っている。そして、父親が家を出ていき、家を騒音から静寂が支配するようになると、「家が騒音より嫌ったのは静寂だった」と語る。ノーラは家を主語にして、自分の気持ちを語っているわけだ。要は、ノーラは父のことが恋しかったということになる。
『センチメンタル・バリュー』はそんなノーラと、その父親グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)の関係が中心にある。物語は、その家の住人だったノーラの母親が亡くなったことから動き出す。
映画監督であるグスタヴはその家に久しぶりに帰ってきて、舞台女優であるノーラに次の映画に出演することを依頼する。しかも撮影現場は自分たちが住んでいたその家なのだという。グスタヴはノーラに対して、「これはお前の映画だ」という口説き文句も用意して、主演として次回作への出演を依頼するのだが、ノーラはそれを断ることになる。自分たちを捨てて家を出ていったのに、今さら関わらないでということらしいのだが……。

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舌戦よりも無視?
本作をベルイマンの映画と比較して語る人も多いようだ。『センチメンタル・バリュー』はノルウェー映画だが、ベルイマンの故国スウェーデンはお隣だから、言葉の音の響きもよく似ている。前作では特段ベルイマンっぽさはなかったけれど、本作ではあからさまに『仮面/ペルソナ』を意識したようなシーンもあるから比較したくなるのも当然なのだろう。
しかしながら、ベルイマンもよく描いていた家族のいざこざでも、『ある結婚の風景』や『秋のソナタ』でやったような激しい舌戦みたいなものは本作ではほとんどない。というのもノーラはそれほど父グスタヴに対して拒否感があるのか、ほとんど聞く耳を持たないからでもある。
最初のほうでノーラは次回作への出演を断ると、それ以降、二人の接触はほとんどない。グスタヴが孫のエリック(妹アグネスの息子)の誕生会にやってきた時には、グスタヴが二人の娘に対して「お前たちは最高の宝だ」と打ち明けるのに対し、ノーラは「じゃあ、なぜ捨てたの?」と素っ気ない対応をするだけだ。結局、二人はずっと距離を保っていて、それはラストまで続くのだ。
それでも本作は父と娘の和解の話となっていく。ちなみにヨアキム・トリアーの前作『わたしは最悪。』は、レナーテ・レインスヴェがとても魅力的で、彼女が演じる主人公を視点として、ほとんどひとりで作品を引っ張っていた。本作も前作に引き続いてレナーテ・レインスヴェが主演ということなのだが、その扱いは変わっている。もちろんレナーテ・レインスヴェは主演であって、話はノーラとグスタヴの関係を中心に展開していくことになるのだが、その中心を直接には描かずに、その周囲を描くことで穴の空いた中心がおぼろげに見えてくるようなスタイルになっているのだ。

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周囲にいる二人
その周囲にいるのがハリウッドの人気女優レイチェル・ケンプ(エル・ファニング)と、ノーラの妹のアグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)だ。ノーラはグスタヴのことを拒否しているけれど、レイチェルとアグネスという二人が描かれることで、ノーラとグスタヴの関係も見えてくるというわけだ。
グスタヴはノーラに出演を断られ、ハリウッドの人気女優レイチェルにその役を依頼するのだが、これはグスタヴの希望というよりはレイチェルの積極的なアピールによるものだ。しかし撮影前の脚本の読み合わせの段階で、二人は躓く。
レイチェルは脚本をじっくり読んでいくうちに、その役が自分がやるべきものとは違うと感じ始めるのだ。それはもちろん、その脚本はグスタヴがノーラに当てて書いたものだからだろう。レイチェルは次第にその役はノーラがやるべきものと理解し、グスタヴもそれを改めて感じることになるのだ。
それからノーラの妹アグネスの役割も重要だ。アグネスは歴史の研究者で、映画の中で描かれるグスタヴの母カーリン(つまりはノーラたちにとっての祖母)の過去を調べることになる。第二次世界大戦中、ノルウェーはナチスの支配下にあり、そんな中でカーリンは反対運動に参加したことで拷問を受けることになったらしい。しかしカーリンはそのことについては何も語らずに、グスタヴが幼い頃に自死することになる。映画のラストシーンは、この自死のシーンなのだ。
しかしグスタヴは、映画の中のその女性は「母親がモデルではない」ともレイチェルに語っている。グスタヴは母親カーリンと娘のノーラ、その二人を重ね合わせる形でその映画の主人公にしたのだ。グスタヴはノーラにそうしたことを説明する余裕も与えられなかったわけだが、レイチェルとアグネスの二人を通して間接的にそれはノーラに伝わるのだ。

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あなたの愛着のある映画は?
ノーラには不安定なところがある。ある劇では主役の重圧からか、直前になって逃げ出そうとして大騒ぎになる。舞台が始まってしまえば天才的な演技を見せるものの、どこか精神的に参っている部分があり、カウンセリングを勧められたりしているのだ。
妹のアグネスが妙にノーラのことを気にかけていたのは、ノーラが一度自殺未遂をしたことがあったかららしい。そのことを知っているのはアグネスだけだ。しかし、なぜかグスタヴはそんなノーラを自分の母親と重ねている。自死して亡くなった母親と、自分の娘ノーラの不安定なところを重ねているのだ。
グスタヴは遠く離れていたけれど、それでもノーラのことをよくわかっていたのだ。ノーラが孤独で、居場所が欲しいと感じていることを、その脚本は見事に表現していたのだ。グスタヴが書いた脚本は、彼が一度は捨てた娘ともう一度向き合うためのものだったのだろう。グスタヴは映画を作ることでしか、生きることができないという厄介な人間なのだ。グスタヴはエリックの誕生日プレゼントとして、ハネケの『ピアニスト』とノエの『アレックス』を選択していたけれど、映画のことしか考えてないからそんな選択になってしまうというわけだ。
ラスト、レイチェルと読み合わせをしていたラストシーンが再び演じられる。その主人公を演じているのはノーラだ。ノーラはグスタヴと和解し、彼の最新作に出演することになったのだ。しかし本作はその和解のシーンを描くことはない。撮影が終わった現場で二人が微笑みを交わすだけで、意外にもあっさりと終わる。
そのラストでは、実は撮影がセットで行われていることも明らかになる。そして、あの家は改装されてしまっている。もしかすると売りに出されたということなのかもしれない。それでもノーラにとってもグスタヴにとっても、「愛着のあるもの」は家ではなく、その最新作になったということを示しているのかもしれない。
抑制された筆致で描かれた作品で、過剰に盛り上がるわけではないのだが、じんわりと沁みるものがあった。4人の登場人物がそれぞれに重要な役割を担っていて、4人のアンサンブルが見どころだろう。
今回初めて知ったアグネス役のインガ・イブスドッテル・リッレオースは、ネームバリューのあるほかの3人にも負けない存在感があった。本作はノーラとグスタヴの和解に向って展開していくけれど、一番感情を揺さぶられたのはノーラとアグネスの関係だったりもする。サブプロットだけに横道に逸れた感じもしてちょっと惜しい気もするけれど……。



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