監督・脚本は『アンカット・ダイヤモンド』のジョシュ・サフディ。
主演は『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』のティモシー・シャラメ。
米アカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞など主要部門を含む計9部門にノミネートされている。
物語
女たらしで嘘つきで自己中。だけど卓球の腕前だけはピカ一のマーティ。NYの靴屋で働きながら、世界チャンピオンになって人生一発逆転を目指す。
そんな中、不倫相手のレイチェルが妊娠、卓球協会からは選手資格はく奪を言い渡される。万年金欠のマーティはありとあらゆる手を使って選手権への渡航費を稼ごうとするが—。
(公式サイトより抜粋)
口八丁手八丁のクズ男
予告編なんかを観ると結構いい話ふうにまとめているし、“スポ根もの”のように見えなくもないけれど、行き当たりばったりで生きているクズ男の話だ。そんなクズ男をティモシー・シャラメが活き活きと演じていて、アカデミー賞の主演男優賞ノミネートも納得の1作になっていたと思う。
ティモシー・シャラメは『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でボブ・ディランに成り切って、歌いつつギターの演奏もこなしてアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたけれど、本作でも卓球選手役としてその腕前を磨いて撮影に臨んだらしい。その成果もあって卓球シーンでは見事な腕前を披露している。
ただ、本作においては卓球はひとつの要素でしかない。主人公のマーティは口八丁手八丁で自分の人生を切り拓こうとする。マーティは口もうまいし、卓球もうまい。今はNYの叔父の靴屋で働いているけれど、彼には夢がある。卓球の世界チャンピオンになることだ。それによって一発逆転を目指しているのだ。
“スポ根もの”なら、チャンピオンになるために卓球の練習をしそうなものだけれど、本作にはほとんどそんな場面はない。マーティは何をやるかと言えば、金策に走り回るのだ。チャンピオンになるためには世界選手権に出なければならない。ところが彼には自分で蒔いた種とはいえ借金も抱えていたし、渡航費用も捻出しなければならなかったからだ。

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行き当たりばったりの展開
『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』は、テンポがよくて149分という長尺でも飽きさせない。しかしながら、テンポがよくてもゴールまで真っ直ぐに突き進んでいくわけではない。あちこちで迂回をすることになるし、ほとんど行き当たりばったりのような展開が観客の予想を裏切っていくのだ。
マーティのとりあえずの目的はハッキリしている。金を作ることだ。そのためには何でもする。働いている靴屋の金庫から金を盗むことから始まり、賭け卓球でカモから金を巻き上げたりもするし、やれることなら何でもする。
高級ホテルで引退した元女優ケイ(グウィネス・パルトロウ)に近づくことになったのは、マーティが単なる女好きということもあるのだろうし、何かしらの金の匂いを感じたからなのだろう。さらに彼はケイの旦那とも接触し、金づるとして利用しようとするのだ。
とにかくマーティは行き当たりばったりだ。特に犬のエピソードは予想外だった。バスタブが落下するという事故によって、マーティはその犬と出会うことになるわけだが、そうなるとマーティのターゲットが変わる。犬の飼い主(アベル・フェラーラ)がなぜか大金を所持していたから、次はそっちのほうへ話が移っていくのだ。
マーティにとっては金を作って夢を実現することが第一で、それ以外はどうでもいいのだろう。そのために周囲は散々な目に遭う。妊娠させてしまったレイチェル(オデッサ・アザイオン)に対しての扱いにもそれが表れている。マーティは自分には夢があるから、その実現のためには「犠牲も必要」などと言い張るのだ。妊娠させても知らんぷりというクズっぷりなのだ。

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脱線こそが味?
こうした行き当たりばったりの展開はジョシュ・サフディ監督の作品にはつきものなのだろう。本作の前に『グッド・タイム』と『アンカット・ダイヤモンド』という作品(この2作は弟のベニーとの共同監督)を観たけれど、どちらにもそういう部分があった。思わぬ脱線はジョシュ・サフディ監督の味みたいなものなのかもしれない。
本作で妙に印象に残るのが、アウシュビッツのエピソードだ。これは舞台になっているのが1950年代という時代で、マーティもジョシュ・サフディもユダヤ人だからでもあるのだろう。
アウシュビッツで爆弾の処理をして生き延びた男は、森の中で蜜蜂の巣を見つけるとハチミツを身体中に塗りたくって収容所にいる仲間たちに舐めさせたというのだ。本筋とはまったく関係のないエピソードが唐突に入り込んでくるあたりが、ジョシュ・サフディ監督の作劇の独自性なのかもしれない。
※ 以下、ネタバレあり!

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以下、ネタバレになるけれど、『グッド・タイム』と『アンカット・ダイヤモンド』では、どちらも主人公が破滅に陥ることになる。ところが本作では何となくハッピーエンドで終わることになる。これは主人公のマーティにはモデルになった実在の人物がいたからかもしれないし、ジョシュ・サフディ監督の心境の変化ということもあるのかもしれない。
行き当たりばったりの生き方に共通点を見出すことも可能だし、結末の差に変化を見出すこともできる。どちらとも言えるのだろう。マーティはクズだったけれど、最後に日本でのエキシビションで勝つことで何かしらの矜持は維持したのだろうし、何やら彼の本気度みたいなものは伝わってきて感動的ですらあった。
ラストではレイチェルと子どものところに戻ることになるけれど、彼女も自分が生きていくことに精一杯で、策を弄してマーティとの関係を維持しようとしていた。なりふり構わっていられないという点で二人は共通しているわけで、お似合いなのかもしれない。
それからこれは脱線だけれど、ハチミツのエピソードは仏教の話にもあった。阿闍世の母親が幽閉された王を助けるために、ハチミツらしきものを身体に塗って密かに王に与えたとされる。この場合は二人が夫婦の関係ということもあってエロチックなものを感じさせなくもないけれど、本作の場合は胸毛の濃い男性の身体にハチミツを塗りたくるわけで、余計に強烈なシーンとなっていた。
エンドロールの「Everybody Wants To Rule The World」は、その歌詞も本作とピッタリと合っている気がして心地いい終わり方だった。



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