監督は『アブラハム渓谷』などのマノエル・ド・オリヴェイラ。
原題は「Visita ou Memorias e Confissoes」。
オリヴェイラの遺言?
2015年に106歳という年齢で亡くなったマノエル・ド・オリヴェイラ。その生前から、『訪問、あるいは記憶、そして告白』という作品の名前自体は知られていたものの、「死後に公開するべし」という監督自身の意向もあって、噂だけが一人歩きしていた作品だ。死後に公開するという発表の仕方から、「遺言のような作品になっているのでは?」などと言われていたわけで、何となく気になっていた作品だ。
ただ、本作が製作されたのは1982年だというから、オリヴェイラ監督自身は70代半ばくらいということになる。オリヴェイラはそれから30年以上も生きることになった。というよりも、それ以降に撮った作品のほうが断然多いようだし、遺言を残すには早すぎる時期だったのかもしれない。
実際に本作を観ると、確かにオリヴェイラが自分の人生を振り返っていく側面はあるし、遺言と言えなくもないのかもしれないけれど、きっかけとなっているのは自分の家を手放すことになった出来事らしい。
本作はオリヴェイラが40年以上に渡って住んでいたポルトの立派な邸宅が舞台となっている。この邸宅を手に入れた経緯なども語られるのだが、それをなぜ手放すことになったのかは忘れてしまった。本作は上映時間は68分と短いけれど、オリヴェイラがずっとしゃべり続けているわけで、情報量は結構なものだからだ。とにかくその邸宅を手放すことになり、それを懐かしむような形で本作は撮られているのだ。

©Cineastas Associados, Instituto Portuges de Cinema
二人の幽霊?
本作は、カメラがゆっくりと慈しむようにその邸宅を捉えていくことになる。まずは庭にある大きな木からスタートする。その木は「門番」などと呼ばれているらしい。カメラというかその視点は、その後、邸宅内部へと足を進める。とはいうものの、カメラは視点人物そのものを映すわけではないため、その人物がどんな姿なのかはわからない。ただ、声と足音だけは聞こえてくるのだ。
その声はオリヴェイラ自身と、彼を長年支えてきた奥様らしい。二人の声はその邸宅を懐かしみ、そこで起きた色々な出来事を語ったりもするのだが、最後まで姿を見せることはない。そして、邸宅内部には誰もおらず、あちこちを見回るような形でその視点は歩き回ることになる。
このシークエンスを観ていると、その視点が邸宅に囚われた幽霊が歩き回っている姿に見えなくもない(というか姿は見えないのだが)。ちょっと前に観た『プレゼンス 存在』の地縛霊みたいなものを感じなくもないのだ。
実際には、手放すことになった邸宅の映像を見ながら、オリヴェイラと奥様が語り合っているだけとも言える。しかしそれが、邸宅に囚われてしまった二人の幽霊の視点のように感じられてくるところが面白いところだろう。
ただ、このシークエンスは長くは続かない。というのは、それから唐突にオリヴェイラ本人が登場するからだ。このオリヴェイラはそれまでの視点の主とは別人物ということなのか、その辺は曖昧なまま、オリヴェイラはカメラに向って「私はマノエル・ド・オリヴェイラ。シネマトグラフの映画監督だ。」と自己紹介してくれる。
そんなふうにして監督自身がカメラの前に登場し、その邸宅で子どもたちと過ごした時間のことや、彼自身の人生を振り返るような“自分語り”が展開していくことになる。

©Cineastas Associados, Instituto Portuges de Cinema
なぜ死後に?
本作はオリヴェイラが“自分語り”をしている部分はドキュメンタリーなのだろう。しかし、それにもきちんと脚本があり、『アブラハム渓谷』の原作者でもある作家が台詞を書いているのだとか。ドキュメンタリーではあるけれど、フィクション的な部分もあるということなのだろうか。
気になったのは、本作が「なぜ死後に公開されなければならなかったのか」というところだ。後半になると、オリヴェイラ本人が逮捕されたエピソードが語られる。色々と嫌な思いもしたらしいのだが、なぜ逮捕されることになったのかを、日本のぼんくらな映画ファンにかみ砕いて教えてくれるわけでもない。当時の政権との関係がよくなかったということが推測されるけれど、詳細については語られない。もしかするとポルトガルの歴史に詳しい人ならば、当たり前のことなのかもしれないけれど……。
本作を生前に公開することを避けたのは、こうした政治絡みのことが影響しているのだろうか? ポルトガルという国は、政府批判をしたりすると面倒に巻き込まれるような国なのだろうか? そのあたりも映画本編を観ただけでは何とも言えず、非常にぼんやりとしたままになっている。
観る前は、「あのオリヴェイラだし」と、褒める気持ち満々だったのだが、正直に言えば、ピンと来なかった。ブログでレビューを書いたのは『アンジェリカの微笑み』だけだけれど、それ以前に観た『アブラハム渓谷』も素晴らしかったと思うし、本作も期待していたのだけれど……。
本作は基本的にはオリヴェイラ監督の“自分語り”ということになるわけだけれど、肝心のそのオリヴェイラのことをよく知らないということも問題なのかもしれない。最低でもまだ観てない作品、今回のル・シネマのラインナップで言えば、『カニバイシュ』と『絶望の日』をクリアしてから臨めばよかったのかもしれない。
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