原作はスティーブン・キングの短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」。
監督・脚本は『ドクター・スリープ』のマイク・フラナガン。
主演は『アベンジャーズ』シリーズのトム・ヒドルストン。
原題は「The Life of Chuck」。
物語
大規模な自然災害と人災が次々と地球を襲い、世界は終わりを迎えつつあった。インターネットもSNSもつながらないなか、街頭やテレビ、ラジオに突如として、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が大量に現れる。高校教師マーティーが元妻フェリシアに会うため家を飛び出すと、誰もいない街はチャックの広告で埋め尽くされていた。無事に出会えたマーティーとフェリシアが星々を眺めながら終末の到来を感じ、手を握り合っていると、場面は一転して広告の人物・チャックの視点に切り替わり、彼の人生をさかのぼる物語が美しい映像で紡がれていく。
(『映画.com』より抜粋)
素直にいい作品
スティーブン・キングの原作というだけで余計な期待を抱いてしまうところはあるけれど、それを加味しても素直にとてもいい作品だったと思う。過剰にドラマチックではないし、涙なしには観られないといった作品ではないけれど、終わった後に時間をかけて心に沁み込んでくるような作品になっているのだ。
面白いのは本作が第3章から始まるところだろう。いきなり第3章から始まり、その後に第2章、第1章というように時を遡る形になっているのだ。
その第3章が「サンキュー、チャック」と題されている。この第3章では、世界は終末の危機に瀕している。最初はカリフォルニアあたりでの大きな地震のニュースから始まり、それは世界中に波及していく。ネットはつながらなくなり、普段の生活というものもままならなくなってくる。そうなると悲観した人々の中には自殺に走ったりもする人も出てくる。
第3章の主人公はマーティ(キウェテル・イジョフォー)だ。世界は終わりつつある。そんな不安な時、結婚と離婚でどっちが増えるのか? 答えは簡単で、離婚は時間がかかるから難しく、結婚なら1時間でできる。そんなわけで彼も別れた奥さんのフェリシア(カレン・ギラン)と連絡を取り合うことになる。
その頃、街中では妙な広告が登場する。「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」というものだ。このチャックなる人物について誰も知らない。何かのいたずらなのか、名前を売るためのパフォーマンスなのか。
そうこうしているうちに終末の時はやってくる。電気も消え、街が真っ暗になっても、なぜかチャックの広告だけは光っている。これは一体、どういうことなのか? そんな疑問を残したまま、満天の星空では次第に星々までもが消えていき……。

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大道芸人サイコー
第2章の「大道芸人サイコー」には、チャック(トム・ヒドルストン)が登場する。チャックについてナレーションでは、彼は自分がもうすぐ死ぬことを知らないなどと語る。何も知らないチャックは、たまたま通りかかった場所でドラムの音に合わせて踊り出すことになる。
このダンスのシーンが何と言っても素晴らしい。なぜ生きるかと言えば、踊るためだ。そんなふうに言っているかのようにも思えてくるのだ(ナレーションでもそれらしい言葉があったはず)。
ただドラムを叩いている女性がいる。そこに通りかかるのがチャックだ。そして、そのチャックの踊りに誘われる形になるのが、フラれたばかりの女の子ジャニスだ。チャックはまずひとりでドラムの音に合わせて踊り出し、それにノセられてジャニスも一緒にダンスをする。ジャニスはチャックと踊ることで救われるのだ。
周囲は突然始ったダンスに驚きつつも、それを見守ることになる。そして、ダンスは大きな盛り上がりを見せ、かなりの額の投げ銭を得てダンスは終わる。
踊った後にドラマーはチャックに訊ねる。なぜあそこで踊り出したのか。それに関してチャックは答えようとはするものの、うまく答えることができない。そして、その答えは次の章に引き継がれることになるのだ。

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ダンスの先生
第1章「私の中には無数の人が存在する」は、チャックの子ども時代の話だ。チャックは祖父母に育てられる。チャックの父と母は、生まれる前のチャックの妹と一緒に事故で亡くなってしまうのだ。しばらくは祖父母の家を暗い静寂が支配するものの、祖母(ミア・サラ)はそこから快復し、料理を作りながら音楽を楽しむようになっていく。そして、チャックは祖母からダンスを教わるのだ。
チャックはダンス部に入って背の高い女の子とダンスをして一時のスターになる。その時、その高揚した気持ちのままに満天の星空の下で踊っていて、フェンスで手を切ってしまう。その傷については奥さんには別の話を聞かせていた。
第2章のチャックが踊り始めた理由をうまく説明できないのと同じなのかもしれない。この世に生まれてきたことを祝福するような瞬間、そうしたことをほかの人にうまく説明することなどできないということなのかもしれない。チャックにとってそれはダンスだったわけで、第2章のダンスもそうした瞬間だったのだ。
※ 以下、ネタバレもあり!

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終わりを知りつつ生きる
この第1章ではもしかするとスティーブン・キングらしいのかもしれない恐怖も描かれる。
それがチャックの家の屋根裏部屋だ。祖父(マーク・ハミル)はその部屋に鍵をかけて、チャックには絶対に入らせないようにしていた。その不思議な部屋には幽霊がいるとか、床が抜けているとか言われていたけれど、実は人の死というものが見えてしまう部屋だったのだ。
祖父はその部屋で自分の奥さんの最期や、自分の最期まで知ってしまうことになる。それを知りつつ生きることは人によっては辛いと感じる人もあるだろう。「待つ時間が一番辛い」というのが祖父の言葉だったのだ。終わりを知りつつ、生きることの辛さだ。
チャックは祖父が亡くなった後、その部屋で自分の死の場面を見てしまうことになる。ただ、その死の床にいるチャックが何歳なのかはわからない。その時のチャックはまだ10歳程度で、死の床の自分が何歳なのかは謎なのだ。
映画はそこで終わりを迎える。結局、第3章に関する「ネタばらし」らしいものもなく終わってしまうのだ。

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世界の終わりとは?
しかし振り返って考えてみれば明らかだろう。第3章はチャックの脳内で構成された世界の終末というビジョンだったのだ。
第3章の登場人物であるマーティーは、第1章にもちょっとだけ登場する。ローラースケートを履いた女の子は第2章にちょっとだけ登場していた。チャックは自分の記憶の中、つまりは頭の中にいる多くの人たちで第3章を作ったと言える。
ここには第1章のタイトルにもなっているホイットマンの詩も関わってくるだろう。「私の中には無数の人が存在する」というものだ。この詩が意味するものは、チャックの先生が教えてくれた頭の中に宇宙があるという考えとも通じるものだろう。
世界の終わりというのは、つまるところは自分が死ぬことだ。自分が死ねば、世界は終わる。だから第3章の最後でちょっとだけ顔を出したチャックは死の床に居て、チャックの命と一緒に世界も終末を迎えることになる。
世界中に「サンキュー、チャック」という看板が現れるのも、その世界がチャックの脳内世界だからこそ可能な現象だということになる。
世界が終わる。それは人が死ぬ時、いつでも起こっていることなのだろう。チャックが見ていた世界はその時終わる。それでも素晴らしい人生があった。そんな感謝の気持ちがあの広告には表れている。
チャックは子どもの頃に自分が死ぬ場面を見ていた。それでも彼はその姿を恐れることもなく、日々を精一杯に生きていたのだろう。第2章でチャックが登場した時、ナレーションでは彼がこの半年後に死ぬことを知らないなどと言っていた。自分の最期を知りつつも、それを待ったりすることなく過ごすことができていたということなのだろう。だからこそチャックは人生の最期に自分のことを肯定することができたというわけだ。
第3章の最後は世界の終末の中で「サンキュー、チャック」という広告だけが不気味に光っている。その様子はちょっとしたホラーだったけれど、本作を最後まで観た後には別の意味を持って見えてくるのだ。もう一度観たらどんなふうに感じるだろうか? とにかくまた観たいと思える作品だったことは間違いないと思う。




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