『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』 彼はなぜモンスターに?

外国映画

監督は『ボーダー 二つの世界』などのアリ・アッバシ

脚本は政治ジャーナリストとして活躍していたガブリエル・シャーマン

主演は『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』などのセバスチャン・スタン

原題は「The Apprentice」。

物語

20代のドナルド・トランプは危機に瀕していた。不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ、破産寸前まで追い込まれていたのだ。そんな中、トランプは政財界の実力者が集まる高級クラブで、悪名高き辣腕弁護士ロイ・コーンと出会う。大統領を含む大物顧客を抱え、勝つためには人の道に外れた手段を平気で選ぶ冷酷な男だ。そんなコーンが“ナイーブなお坊ちゃん”だったトランプを気に入り、〈勝つための3つのルール〉を伝授し洗練された人物へと仕立てあげる。やがてトランプは数々の大事業を成功させ、コーンさえ思いもよらない怪物へと変貌していく……。

(公式サイトより抜粋)

トランプの修業時代

間もなくアメリカの次の大統領に就任することが決まっているドナルド・トランプ。日本でニュースなどを見ていると、どうしても眉をひそめめたくなるような人に思えるこの人物は、再びアメリカの大統領の座に返り咲くことになったわけだが、『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』はそんなトランプという人の若かりし頃を描くことになる。

原題の「The Apprentice」というのは、「見習い」とか「弟子」という意味で、ドナルド・トランプの修業時代を描くのが本作だ。このタイトルは、かつてトランプがホスト役を務めて人気を博していたテレビのリアリティ番組から採られたものとのこと。

本作の最初に登場するトランプ(セバスチャン・スタン)はまだうぶな若造だ。そんな彼がなぜモンスターと呼ばれるような存在となったのか? 本作では、その秘密の一端が明らかにされる。

この時代のトランプは父親の不動産会社で働いていたが、経営する団地の住民から家賃を取り立てる仕事などをしているだけだ。住民からも邪険に扱われる程度の大物感がまるでない若造でしかない。それでいてコモドアホテルを買い取って最高級のホテルに改装するという夢を語るものの、それを実現するほどの力は持っていなかったのだ。

しかも彼の会社は当時国から訴えられていた。契約の際に住民を選別しているとみなされたらしい。そんなトランプの苦境を救ってくれたのがロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)という人物だ。この人物はアメリカではテレビドラマにもなるほど悪名高い人物らしい。このロイ・コーンという人物が、われわれが知るドナルド・トランプというモンスターを生み出すことになるのだ。

©2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

スポンサーリンク

 

勝つための3つのルール

ロイ・コーンはトランプという若造を気に入り、彼に勝利のための秘密を伝授する。それが3つのルールだ。

ルール1:攻撃、攻撃、攻撃
ルール2:非を絶対に認めるな
ルール3:勝利を主張し続けろ

ロイ・コーンにとっては勝利がすべてで、そのためには何でもする。トランプの会社が黒人に対する差別で訴えられていた時、裁判の情勢は圧倒的に不利になり、トランプ側の負けが決定的と思われたものの、ロイはそこから逆転することになる。後年のトランプが大統領選で負けた時、その負けを認めなかったのも、あくまでもロイの教えに忠実だったということになるのだろう。

ロイの勝ち方は汚いものだ。ロイは司法省の有力者を裏で脅すことになるのだ(ロイ自身はゲイであるにも関わらず、有力者を脅したネタも同性愛に関してだった)。彼は有力者の弱味をいくつも握っていて、それによって相手を脅し、裁判の結果をひっくり返すことになる。トランプはそんなロイの手腕に魅せられることになり、彼から勝つ方法を学んでいくことになるのだ。

そもそもこのロイ・コーンという人物は、元は赤狩りの時代にマッカーシー上院議員の右腕だった人物だ。ロイが名を上げることになったのは「ローゼンバーグ事件」というもので、スパイとされたローゼンバーグ夫妻をなかば強引に死刑にしたのがロイということになる。ロイ自身もそのことを生涯の誇りとしていたらしい。愛国者であるロイとしては、アメリカに不利益なことをする彼らが許せず、死刑は当然の結果だと考えているのだ。

トランプもロイの強引なやり口には最初は驚いたようだ。明らかに違法なやり口だったからだ。それでもロイは勝つためには何でもする。彼にとっては違法かどうかなんてことは些末なことになる。なぜかと言えば、それがアメリカという国のためになると信じているからなのだろう。

©2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

アメリカを体現する?

トランプにしてもロイ・コーンという人物にしても、一般的な価値基準からすれば褒められるような人物ではないだろう。本作が公開されたのはアメリカ大統領選が行われる直前だったようで、だとすれば本作自体がネガティブキャンペーンとして意図されていたものとも思えたのだが、意外にもそんなふうにはなっていない。もちろんトランプにとっては掘り返されたくないであろう事実もあからさまに描かれることにはなるけれど、それと同時に人間トランプも描かれていくのだ。

トランプは本作の上映を阻止しようと動いたようだが、実際に本作を観た人からは意外な反応が多かったらしい。トランプの支持者からも好評だったし、民主党の指示層にもトランプという人に共感する部分があると感じる人も多かったらしい。私自身も眉を顰めざるを得ないその後のトランプ像からすると、本作の若くてうぶなトランプを微笑ましい気持ちで見ている瞬間もあったのだ。

トランプという人は相手を打ち負かすためなら平気で嘘を吐く。その姿は最初の奥さんとなったイヴァナ(マリア・バカローヴァ)が言う通り「恥知らず」と言っていいだろう。本作ではトランプの恥知らずな側面はいくつも描かれることになる。本作が単なるネガティブキャンペーンとしてあるならば、そうしたエピソードだけを連ね続ければいいことになるわけだけれど、本作がそうなってはいないのは、単なる政治的なプロパガンダとしてではなくひとりの興味深い人間を描こうという意図だろうか。

トランプは兄のフレディが亡くなると涙を流すことになるし、ロイがエイズで身体を壊すことになった時にはそれまでの無礼を詫びるかのように彼に同情的に振舞うことになる。トランプは生まれながらのモンスターではないということでもあるし、トランプというモンスターを生み出したのはアメリカという国ということでもあるのだろう。

トランプの自伝本を書こうとしていたインタビュアーは、彼の3つのルール(元はロイ・コーンのルール)は、アメリカがこの30年の間にやってきた外交政策に似ていると評する。アメリカが世界に対してやっていることと、トランプがやっていることは同じということなのだろう。良くも悪くもアメリカを体現する人物がトランプということになる。

©2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

トランプという題材はなかなか興味深いものがあったという気はするけれど、事前にNetflixのドキュメンタリー『トランプ:アメリカン・ドリーム』を観ていたこともあって、それほど目新しさはなかったかもしれない。それでもドナルド・トランプに成り切ったセバスチャン・スタンと、ロイ・コーンの不気味さを演じきったジェレミー・ストロングの好演もあって、ドキュメンタリーとそれと比べても違和感のない再現度になっていたとも言える。

本作の監督がイラン出身のアリ・アッバシに回ってきたのは、やはり次期大統領という権力者に盾突くことはアメリカ人監督としては厄介だということなのだろう。大統領として大きな権力を手に入れる人から睨まれたくないというのは理解できる。あんな人に睨まれたらロクなことにはなりそうもないのだから……。今後スタートするトランプ政権の二期目は一体どんなものになるのだろうか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました