監督はロー・チェン。ブルックリンを拠点とする人で、初めての長編作品とのこと。
主演はジェリー・シュー。
原題は「Starring Jerry as Himself」。
物語
長年アメリカに住み、この地で成功することを夢見てきたジェリーは、いまや妻と離婚し、定年退職。3人の息子とも離れて、独りで暮らしていた。ある日、そんな彼のもとに中国警察から緊急の電話があり、国際的なマネーロンダリング事件の捜査で自身が第一容疑者になっていることを知らされる。ジェリーがフロリダに持つ銀行口座を通して128万ドルが違法に移動されているというのだ。逮捕の上、中国に強制送還すると告げられたジェリーは、中国警察のスパイとして事件の捜査に協力させられるはめに。その後、数週間、銀行を監視して写真を撮る、極秘の送金を行う、さらには隠しマイクを着けて窓口係を探るなど、国際的なマネーロンダリング事件に対する捜査を手伝うのだったが…。数カ月の間、この潜入捜査について隠していたものの、ジェリーはついに家族にすべてを打ち明ける。そして家族は、驚愕の選択をすることに――。
(公式サイトより抜粋)
あっと驚く実話?
予告編を見て何となく興味を持ってしまったのだが、どうやらうまくそれに騙されたのかもしれない。予告編はメタ・フィクションっぽい構成のように見えたり、「最後の数分で、衝撃的な結末を迎える」とか言っていて、面白そうだと思ってしまったのだ。
劇中冒頭でも、これはすべて「実話」だとしつこく言っているのだが、正直に言えば、よくある話であって、改めて「実話だ」と宣言するほどの驚愕の話ではないのだ。
主人公のジェリー(ジェリー・シュー)はある日、家族を全員集合させる。三人の息子たち(ジョシュ、ジェシー、ジョン)と、元妻キャシーも一緒だ。そこでジェリーは「話さなければならないことがある」と言いつつ、打ち明け話を始める。息子のひとりは病気を疑うのだが、そうではないらしく、ジェリーは「突然、電話がかかってきた」と語り出す。
この時点で大方の予想はついてしまうことになる。ジェリーは「特殊詐欺」というものに引っかかったのだ。本作はそれをジェリーさん本人が最初から再現してくれる作品となっている。テレビ番組の再現VTRとどこが異なるのかとも言える。実際さして違いはないかもしれない。そんな意味では、予告編にうまく騙されたような気にならないではないけれど……。

©2023 Forces Unseen, LLC.
「特殊詐欺」事案
ジェリーさんは台湾の出身で、1970年代にアメリカに渡ったらしい。それからエンジニアとして40年働き、三人の息子を育てた。今では奥様とは離婚し、独り暮らしとなっている。
そんなジェリーさんに突然電話がかかってくる。相手は中国の警察を名乗り、ジェリーさんが詐欺と資金洗浄の容疑者になっていると言い出す。ジェリーさんは何かの間違いだと否定するものの、確認するために警察に協力することを約束させられる。
最初の電話の時点で、大方の観客も「特殊詐欺」事案であることは理解するだろう。それでもジェリーさんはまったく気づかない。舞台となっているアメリカではあまり知られていないのか、あるいは単にジェリーさんが浅はかだったと言うべきなのか。
そもそも「特殊詐欺」(昔は「オレオレ詐欺」と言われていた)というものは、いつから始ったのだろうか? 調べてみると、Wikipediaの記載では、1999年~2002年くらいまでに「俺、俺」と身内を装って金を振り込ませた事件があり、2003年にその犯人が検挙された時、鳥取県警がこの手口を「オレオレ詐欺」と名付けたのだとか。
その後、日本ではそうした犯罪に対する啓発活動というものがかなり広がった経緯もあり、騙される人も少なくなったのかもしれない。それでも海外ではもしかするとあまり知られていないということなのだろうか。とにかくジェリーさんは何の疑いもなく、犯人たちの思う壺にハマっていってしまう。

©2023 Forces Unseen, LLC.
犯人たちが何者だったのかはわからない。それでもジェリーさんは電話の向こう側の相手を中国の警察だと考えている。劇中では電話の向こう側も描かれ、そこは中国の警察らしい場所になっている。もちろんこれはジェリーさんの心の中で見えていた風景ということになる。騙されやすい老人は、いとも簡単に相手の言葉を信用してしまい、事件にどんどん巻き込まれていくのだ。
中国の警察は「ジェリーさんの潔白を証明するために」などとうまく彼を言いくるめ、ジェリーさんに自分の口座から金を送金させる。その銀行の担当者は悪いヤツらの一味だと信用させ、ジェリーさんは中国警察のスパイとして、捜査に参加していると勘違いをさせられているのだ。
そうなってくると誰にも内緒で悪者を捕まえるための活動に参加していることが楽しくなってくるのかもしれない。ジェリーさんの心の中では、電話の向こう側の中国警察と友達にでもなったような感覚で、すぐ隣で一緒に過ごしているような気分にもなっているのだ。寂しい老人の心の隙間に入り込んでくるようなやり方をするのが、犯人たちのうまいところなのだろう。

©2023 Forces Unseen, LLC.
事件を自ら再現
結局、ジェリーさんの打ち明け話は、ジェリーさんが最終的には100万ドル近くを詐欺で奪われてしまったことが明らかになって終わる。家族としては頭を抱えるしかないことになる。ジェリーさんはそんなこともあって、バイトなどをしながら食いつないでいたようだが、最終的には故郷の台湾へと戻ったようだ。
そんな大金を奪い取られた人はどうなるか? 絶望して自殺してしまうかもしれない。元奥さんもちょっとは心配していたようだけれど、ジェリーさんは転んでもただでは起きなかったようだ。自分で脚本を書き、自分の体験をほかの人に知ってもらおうと動き出したわけだから。
もともとジェリーさんはホームビデオなんかで、お遊びの短編を作っていたりもしたようだ(昔のジェリーさんたちを収めたビデオが本作ではいくつも使われている)。それが本作の製作へとつながっているというわけだ。
ジェリーさんは本作の製作にあたり、それが再び家族と会ういい機会になっていることが嬉しかったようだ。ジェリーさんは大いに失敗したけれど、それによって家族が集まる口実ができたということでもあり、ジェリーさんにとっては映画製作自体が楽しみにもなっていたわけだ。大金を失うことにはなったけれど、その点ではすべてが悪いことではなかったとも言えるのだ。
事がすべて終わった後、息子たちは自分たちのことを反省していた。なぜ父親が騙されていることに気づかなかったのかということだ。三男はジェリーさんに食事を届けるなどをしていたけれど、ほかの二人は自分のことで精一杯で、父親のことに関してそれほど気を配っていなかった部分があったと言えなくはない。こういう点は詐欺に対する啓発とは別なのかもしれないけれど、家族がもっと密接だったなら、もしかしたら防げたかもしれないという反省を込めてのエピソードということなのだろう。
正直、ラストの驚愕とかはなかった気がするし、邦題が関連させようとしているヒッチコックの『ハリーの災難』ほど面白いわけではない。それでも本作が海外ではあまり知られていないのかもしれない詐欺撲滅の啓発につながるのなら、悪いことではないのだろうし、被害者であるジェリーさんに収益の一部でも還元されるのなら、予告編にうまく騙されたとは感じたとしても、まあ、許せる気もした。ジェリーさん本人も含めて、ジェリーさん一家はみんなおおらかで、それがどこかで救いになっている。
コメント