『死に損なった男』 しるこに塩を

日本映画

監督・脚本は『メランコリック』田中征爾

主演は、お笑いコンビ「空気階段」の水川かたまり

今年2月から劇場公開され、今月になってソフト化された。

物語

構成作家の関谷一平は、お笑いの道に憧れ、夢が叶った半ば、殺伐とした社会と報われない日々に疲弊していた。駅のホームから飛び降りることを決意するが、隣の駅で人身事故が発生。
タイミング悪く死に損なった一平の前に男の幽霊が現れ、とんでもない依頼をする。
「娘に付きまとってる男を殺してくれないか?」
男を殺すまで取り憑くという幽霊の脅迫に、一平がとった選択とは?
死に損なった男が辿る数奇な運命とは――

(公式サイトより抜粋)

自殺未遂者と幽霊

幽霊というものには、遭遇したことも見たこともないけれど、世の中にはそんなものを感じられる能力のある人もいるようで、物語の中にはしょっちゅう幽霊が顔を出す。

本作では主人公の関谷一平(水川かたまり)が、おじさんの幽霊に取り憑かれることになる。この世に化けて出てくる幽霊は何らかの未練があるのだろう。本作の幽霊である森口友宏(正名僕蔵)もそうだ。森口は娘の綾(唐田えりか)のことを心配して成仏できないらしい。

しかしながら、本作の幽霊は人には見えないし、たとえば『プレゼンス 存在』の地縛霊みたいに自分の存在を人にアピールすることもできないらしい。だから、自分だけで現世に介入することは難しい。ところが例外があって、森口のことを見える人間がいる。それが本作の主人公である関谷一平だ。

関谷は、ある夜、駅のホームから飛び降りようと試みる。ところがその瞬間に隣駅での人身事故の知らせがあり、関谷は死に損なってしまう。その人身事故で亡くなったのが森口で、森口の死によって生かされることになったため、関谷には森口のことが見えてしまうのだ。

森口は、関谷だけには人と同じように存在を意識してもらえるし、普通に会話まで可能になる。そんなわけで、関谷に取り憑いた森口は、関谷を通して現世に介入しようとするのだ。森口は娘をストーカーしている元夫を「殺せ」と関谷を脅すことに……。

©2024 映画「死に損なった男」製作委員会

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バカバカしくて

本作の監督は『メランコリック』田中征爾だ。脚本も田中征爾が担当しており、『メランコリック』のテイストを引き継いだようなコメディとなっている。

本作の劇場公開と同時期にNetflixで配信された『Demon City 鬼ゴロシ』は、漫画原作ということもあって、田中征爾のテイストがうまく出てなかった気がした。田中征爾の良さが出るのは、やはりユルい感じのコメディなのだろう。その意味で、本作は『メランコリック』ほどではなくとも、なかなか楽しい作品になっている。

本作は神経質そうな自殺未遂者の関谷と、居丈高に彼に無理難題を吹っかける森口という幽霊のやり取りが中心になっている。そもそもの設定からして、かなり強引だ。そんな頼みは幽霊からの依頼でなくとも普通は受け入れられない。それでも関谷と森口のやり取りを見ていると、バカバカしくて何だか許せてしまうところがあるのだ。

「おい、関谷一平よ」、森口はいつもそんなふうに彼に呼びかける。それでも言うことはいつも同じで、娘のために「元夫の若松を殺せ」というばかり。それに対して、関谷は逃げ回るばかり。森口が「殺せ」と怒鳴れば、関谷は「嫌だ、消えてくれ」と泣き喚く。そんなおかしなやり取りが続くことになる。

ところが森口は、その後なぜか構成作家である関谷の手伝いを始め、漫才のネタを提供することに。仕事に行き詰まりを感じていた関谷もそれは願ったり叶ったりというところで、ふたりのコンビは面白いネタを生み出すことになる。

©2024 映画「死に損なった男」製作委員会

しるこに塩を

おしるこにちょっとだけ塩を加えると、より甘味というものが引き立つという。田中監督はそういう塩梅が上手いのだろう。関谷と森口のバカバカしいやり取りの合い間には、結構深刻で重苦しい主題も垣間見られる。それがいい塩梅に、しるこに入れる塩の如く機能しているのだ。

関谷は冒頭で自殺を試みている。幽霊の森口がズケズケとその理由を訊ねると、「夢が叶った先に何もなかったから」と語る。なかなか深刻な話なのだ。実はほかの登場人物もそんな悩みを抱えていることが明らかになり、それによって誰にでも起こり得る衝動であるとも仄めかされるのだが、あくまでもサラリと触れられるだけで、基本的にはコメディを維持している。

森口が関谷と作り上げたネタは、実は森口の実体験だったようだ。そして、それを披露するのは娘の綾がやってくるコンテストだった。この場面は、描き方によっては幽霊になって娘を見守っている森口の存在が、綾にも伝わる感動的なシーンにだってなりそうなものだ。しかしながら、そこまでやってしまうと別ジャンルになってしまうからか、曖昧な形で済ましつつも、全体的にはいい話にまとめている。

しるこの甘さを引き立たせるために塩を入れるように、バカバカしいやり取りの合い間にちょっとだけ深刻な話や感動話を加えているのだ。メリハリが効いているし、その微妙な塩梅がよかったと思う。

それから本作の主要なキャラの二人、関谷と森口は、正直、華があるとは言えないだろう。しかし、それを補うかのように、本作では脇役キャラとして唐田えりか堀未央奈という華がある女性たちを配置している。なぜか関谷は両方とちょっとだけいい関係になるのだが、これも全体的なバランスを考えてのことかもしれない。

ちなみに唐田えりかのビンタは『極悪女王』でプロレスラー役として鍛えた後だったからか、なかなかの迫力で元夫の若松(喜矢武豊)の目を覚まさせることになった一撃になっていた。

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