2018年のベルギー映画『母親たち』のリメイク。
監督は『青いパパイヤの香り』などの撮影監督ブノワ・ドゥロームで、本作が初監督作。
主演は『魔女がいっぱい』のアン・ハサウェイと、『あの歌を憶えている』のジェシカ・チャステイン。
原題は「Mothers’ Instinct」。
物語
1960年代アメリカ、大都市郊外の隣同士の家に住む親友のセリーヌとアリス。同い年の一人息子を持ち、完璧な幸せな生活を送っていたふたりだが、セリーヌの息子が不幸な事故に遭ったことで関係は一変。喪失感や罪悪感に苦しむ中、互いの行動に疑問を持ち始める…。いったいどちらが嘘をついているのか?この不安は母性本能が感じ取った危機? それとも妄想? 高まっていくサスペンスの果てに、やがて事態は予想もつかない衝撃のクライマックスへ向かっていく…。
(公式サイトより抜粋)
どっちが怖い女?
隣人トラブルの話はよく聞くけれど、ニュースになったりするようなものは、頭のおかしな人がトラブルの元になっていて、明らかにそちらに非があるだろうと思えるものが多い気がする。
たとえば最近のNetflix作品では『パーフェクト・ネイバー: 正当防衛法はどこへ向かうのか』があったけれど、犯人の側は正当防衛を訴えたりはするけれど、誰がどう見てもその訴えが真っ当だとは思えないような事件だったのだ。
恐らく普通の隣人トラブルなんてものは、そんなケースがほとんどなんじゃないのだろうか。要はそんなヤバい人に接してしまったことが「運の尽き」というヤツで、被害者としては如何ともしがたいのだ。
『隣人たち』はアン・ハサウェイとジェシカ・チャステインのダブル主演となっていて、その二人が演じる女性たちの隣人トラブルが描かれる。普通の隣人トラブルと違うのは、この二人のどちらが被害者でどちらがヤバい人なのかという点がわからないまま展開していくところだろう。
邦題は「隣人たち」という曖昧なものになっている。原題は「Mothers’ Instinct」というもので「母性本能」といった意味になる。邦題も原題も、二人の女性のどちらにも当てはまるものになっていて、観客としては二人の女性のどちらを信じるべきかわからぬままに事態を見守ることになるのだ。

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悲しい出来事
冒頭では、アリス(ジェシカ・チャステイン)が隣の家のセリーヌ(アン・ハサウェイ)の様子を窺っている。そして、セリーヌが車で出かけると、アリスは鍵を使ってセリーヌの家にこっそりと忍び込み、キッチンからナイフを取り出して家の中に隠れることになる。
アリスこそがそのヤバい女のように見えるだろう。ところがセリーヌが家に戻ってくると、それはミスリードだったことが判明する。その日はセリーヌの誕生日で、隣人であり合鍵を持っているアリスが、そのサプライズパーティの準備をしていたというわけだ。二人は親友でもあり、気兼ねない関係だから合鍵も渡していたのだ。
その後にひとつの事件が発生する。セリーヌの息子マックスが2階から転落して亡くなってしまうのだ。マックスが2階のバルコニーで危険な状態にあった時、先に気づいたのは隣人のアリスだった。アリスはマックスを助けようと大声を上げるものの、掃除機を使っていたセリーヌに声は届かない。アリスは生け垣の穴を通ろうとしたものの果たせず、遠回りするうちにマックスは落ちてしまうのだ。
この出来事が二人の関係を変えてしまうことになる。この出来事の後、セリーヌはアリスを避けるようになる。何かしらのわだかまりをセリーヌが抱いているようにも見えてくる。息子を亡くしたわけでショックを受けるのは当然だが、それとアリスは何の関係もないはずなのだが……。

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膨らむ疑念
これ以降、二人は近づいたり離れたりを繰り返すわけだが、常に視点はアリスにある。アリスからのセリーヌに対する疑念が描かれていくことになるのだ。
セリーヌはアリスの息子テオ(イーモン・オコンネル)を預かるものの、彼女はなぜかテオをバルコニーで遊ばせる。アリスからすればこれはマックスの死を再現した場面のようにも見えてしまう。アリスは血相を変えて生け垣の穴を通り抜けてテオを助けることになる。
セリーヌはバルコニーで遊んでいたことに他意はないと言い訳するものの、アリスはセリーヌに試されたと感じてしまう。マックスの時は助けなかったのに、テオの時は助けたというわけだ。「マックスのことも助けられたのでは?」そんなことを言わんとしているようにもアリスには感じられてしまうのだ。
ほかにもアリスが疑念を抱く出来事が続く。家族が病気で亡くなったことや、テオがアナフィラキシーショックで病院に運ばれたのも、どこかでセリーヌの悪意があるのではないかとアリスは疑うことになる。
ただ、アリスの疑念は旦那のサイモン(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)によって否定されてしまう。そもそもアリスには神経質なところがあることは最初のほうにも描かれていたし、過去には精神的に不安定なものを抱えていたらしい。
サイモンはすべてはアリスの考えすぎであって、セリーヌがそんなことをするわけがないと一笑に付すばかりか、かえってアリスが騒ぎ立てることを非難することになるのだ。
観客としても、この段階では、すべてがアリスの妄想なのか、あるいはアリスの懸念が正しいのかはまったくわからないのだが……。
※ 以下、ネタバレあり!

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「完璧な幸せ」のもろさ
ところがある時点で突然、視点がセリーヌへと変わる。そこからは解答編とも言うべき段階で、セリーヌの企みがセリーヌの視点で描かれるのだ。
つまりは本作の場合、ヤバい女はセリーヌだったということになる。アリスの懸念は正しかったのだ。セリーヌは邪魔者たちを排除して、最終的にはアリスの息子テオを自分のものにすることになる。それこそが母性本能のなせる業ということなのだろうか。
郊外の瀟洒な一軒家に住む裕福な家族。これは公式サイト内の記載にもあるように絵に描いたような「完璧な幸せ」というものを示すものだ。そして、アリスとセリーヌは似たようなブルー系の衣装で登場する。どちらも似た者同士ということを示していたのだろう。ところが片方の子供が亡くなることで、その「完璧な幸せ」は一気に崩れてしまい、二人の関係も変わっていく。
本作の監督は『青いパパイヤの香り』などで撮影監督を務めていたブノワ・ドゥロームで、本作でも撮影もこなしている。『青いパパイヤの香り』もひとつひとつの描写が凝っていて、光溢れるベトナムの室内の描写がとても印象的に残っている。『隣人たち』も同様で郊外の邸宅内部を美しく切り取り、そこに住む女性たちのファッションにもこだわっている。これもやはり絵に描いたような「完璧な幸せ」ということなのだろう。
そうした描写は悪くなかったけれど、恐ろしい母性本能が最後に露わになるとしたら、もっとドロドロとしたものを見たかった気もする。特に悪役とも言えるセリーヌを演じたアン・ハサウェイは、最後までほとんど崩れることがなかったのだ。マックスを亡くした後は取り乱したものの、しばらく姿を消した後に戻ってくると、目的達成のために冷静に事を進めたということだろうか。
セリーヌはテオを自分のものにするために殺人まで犯すことになる。アリスには抵抗されたりもするものの、それも制して事を成し遂げるわけだけれど、それでもほとんど汗ひとつかいてないんじゃないかという感じでかなり嘘っぽいのだ。
セリーヌという役はキレイなままで終わらせたかったということなのかもしれないけれど、悪役ならアン・ハサウェイのもっと悪い顔を見たかった気もする。『魔女がいっぱい』の悪役は悪ノリだったけれど、本作はキレイすぎて何だか物足りないのだ。




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